十二着目 ドドミンコミケに立つ!そして通常の三倍の速さでへたれる。
西屋上エリアに向かう階段を上っている最中も、土留は浮かない顔であった。
「よし、ここら辺にするか」
「……はい」
駐車場の端で足を止め俺はそう言うと、そこで陣取ることにした。
時刻は12時5分、西屋上エリアが解放されてまだ5分しか経っていないのでコスプレイヤーはまばらであるが、これくらいの方が土留にとってはやり易いだろう。
荷物を広げて準備を始める土留。とは言ってもそんなに装備はないので、メイクのちょっとした手直しと、あとSNSIDと名前を書いたスケブを出すくらいだ。
「準備はいいか土留?」
「……わかり……ません」
「なんだよわからないって」
「……先輩」
しゃがみ込んで手鏡を覗き込んだまま土留は小さな声で言う。
「わたしに……できるでしょうか? わたしに、華音さんや、他のコスプレイヤー達のように上手くできるでしょうか?」
「どうだろうな」
「わたし……怖いんです。自信ないんです。わたしなんかがこんなこと、笑われるんじゃないかな? 馬鹿にされるんじゃないかな? そんな風に思うと怖くてやっぱりわたし……」
帽子で顔を隠し震える土留の背中を俺は力強く手の平で叩いた。
「俺は笑わないっ! 俺は馬鹿にしないっ! 俺は知っているからな。土留が最高のダイヤの原石だってことを。ダイヤってのはな。職人がカットして磨いて、初めてあの美しい輝きを放つんだぜ? 初めから美しいものなんてないんだ」
「先輩……」
「いいじゃねえか、恥かいたって。俺はそんな経験も人気レイヤーになる為のかけがえのない経験になると思うぜ?」
そうだ。黒裂さんだって、麗奈さんだって、他の七巨頭の人達も、いいや、すべてのレイヤーがそうやって成長してきたんだと思う。
「だからさ。今日は楽しもうぜ。思いっきり恥ずかしい思いして、いろんな人達に土留を……いや、俺達のコスプレを見てもらおうぜっ!」
「……先輩。どうしてそんな……そんな、こっ恥ずかしい台詞を真顔で言えるんですか? 聞いているこっちが恥ずかしくなります」
「ふっ……恥多き人生を歩んで参りました故」
「絶対読んだことないですよね太宰……ふふっ、なんだか悩んでいるのが馬鹿らしくなってきました」
そう言うと土留はゆっくりと立ち上がり顔を上げる。
「やりましょう先輩っ! わたし達のコミケコスプレデビューですっ!」
「よしっ、その意気だドドミンっ! と言うわけで、俺は遠くで見守っているからがんばれよ」
「な? なんでですかああああああっ?」
手を振りその場を立ち去ろうとする俺に縋り付いてくる土留。
「今さっき俺達のって! わたし達のって言ったばかりじゃないですかあああ! なんでほったらかしにしようとしてんですかあああっ?」
「だってしょうがないだろ。考えてもみろ、男連れのレイヤーが人気なんて出ると思うか? お友達同士でってんならわかるけど、男同伴でコスプレやっててもヘイトを集めるだけだぞ、特に俺がっ!」
「べつにわたしと先輩はそんな関係じゃないじゃないですかああああっ!」
「そんなことは周りの人には関係ないんだよっ!」
泣きながらしがみつく土留を俺は引き剥がそうとするのだがなかなかに手強い、そんなに一人になるのが嫌なのか、おまえは子供かっ!
「嫌ですぅぅぅぅううっ! 一人は嫌ですぅぅうううううっ! 置いて行かないでくださいせんぱああああああいっ!」
なんとか引っぺがして俺は土留を置き去りにしてその場を去るのだが、背後から聞こえる土留の叫び声。
くそったれめ。おまえ、違う意味で有名になるぞ? コスプレエリアで一人にしないでくれと泣き叫ぶ、みぐみんの恰好をしたレイヤーで有名になっちゃうよ。
そんなこんなで俺はちょっと離れたベンチに腰掛けながら土留の様子を窺う。
本当は俺も他のレイヤーさんを撮りに行きたいのだが今回は我慢しよう。
それにしても……。
なんだかソワソワ、キョロキョロと落ち着きのない奴だなあいつは。もうちょっとどっしり構えて待つことはできないのか。不安気に右を見たり左を見たり、完全に挙動不審である。
するとカメコが一人土留の方へ少しずつ近づいて行く。
よし、いいぞっ! おまえの初体験はその男が! いや、この表現はおかしい。なんだか物凄く背徳感のある表現だがゾワゾワするからやめる。
しかしそのカメコは撮影せずに土留の前を通り過ぎて、隣のレイヤーさんの撮影を始めてしまった。
なんだよ、まったく見る眼のないカメコだ。土留の方が絶対に可愛いのにわかってないな。
おや? また声を掛けて貰えるチャンス到来。が、ダメ。
あのヤロウ……。
俺は土留の所まで近寄って行くと縋るような目で見つめてくるのだが、頭を引っぱたいてやった。
「いっ! 痛ああああっ! いきなりなにするんですか先輩っ!」
「なにするんですかじゃねえっ! おまえなんでカメコさんが近寄ってきたら目逸らしてちょっと離れるんだよっ!」
「えぇぇぇぇ、だってあの人達なんだかじろじろと人のこと見ててキモいんですもん」
こ……このやろうぉぉぉぉぉ。カメコはそういうもんなんだよっ! キモいとか言うんじゃねえちきしょう。
「笑顔の一つでも見せないと撮影してもらえねえぞ?」
「そんな知らない人に媚びるような愛想笑いなんてしたくないですよぉ」
「しろよぉぉぉぉぉおおお、媚びろよぉぉぉぉおおお、おまえは何様だぁぁぁぁぁぁ、営業スマイルは大事だぞばかやろぉぉぉぉおおおおお」
こいつは昨日一日黒裂さんになにを教わっていたんだ。まったくもって前途多難なスタートであった。
屋上展示場、西四階屋外にあるコスプレエリア、それが西屋上コスプレエリアである。
一日目は企業ブースの待機列で埋め尽くされて一日中ほぼ動きがないのだが、二日目以降は企業も落ち着くのでコスプレエリアとして開放される場所だ。
地上の西駐車場スペースがあった頃には、それほど人の集まらない場所だったが、今はエントランスに次いで、人の集中する場所でもある。
人が多いと言うことは、撮影されるチャンスも多い筈なのだが、開始一時間で土留のことを撮影してくれたカメコは二人だけだった。
そもそも人気アニメの人気キャラをやっているのだ。土留は贔屓目を抜きにしても顔立ちはかわいらしい方なんだから、放っておいても撮影させてほしいと言ってくるカメコは多いはず。
じゃあなんでこんなことになっているのかと言うと、こいつの撮られたくないオーラが半端ないのだ。
カメコが撮らせて欲しそうな素振りを敏感に察知すると、目を逸らして今は駄目ですオーラを醸し出す所為で皆離れていってしまう。
これでは埒が明かない。
こうなったら一番人の多いエントランスに連れて行って、強引にでも撮影されるしかないだろう。
あんだけカメコの居るエントランス、ましてやコスカメコではない、一般参加の人も居るから、土留のそんなオーラにも物怖じせず撮らせろと強引に攻めてくる者もいるだろう。
くっくっく……覚悟しろよ土留。エントランスは甘くはないからな。
人混みは嫌だとごねる土留を、半ば強引にエントランスエリアに引き摺って行くと、すぐにカメコに声を掛けられた。
いいぞドドミン! 断るなよ、勇気を出せ!
土留は恥ずかしそうにもじもじしながらもポーズを取る。
カメコが別のポーズを、と催促するのだが、土留は素人に毛が生えたも同然の初心者レイヤーだ。アドリブがきかない。
どうしていいのかわからずにオドオドしているとカメコは「あ、じゃあいいです。ありがとうございました」と去ってしまった。
土留は少ししょんぼりした様子を見せるのだが落ち込んでいる暇はない。
またすぐに声をかけられる。今度はカメコと言うよりは記念に一枚と言う感じの学生がスマホを構えていた。
なにも一眼レフカメラを持ったガチカメコじゃないといけないと言うわけではない、かえって身構えなくていいし気も楽だろうと思うのだが……。
写真を2~3枚撮るとその学生は2ショットを土留にお願いしている様子。
土留は少し怯えた様子で首をぶるぶると横に振ると、学生は不満げな様子で去って行ってしまった。
なんだあいつは、2ショットがNGのレイヤーさんだっているんだ。
断られたくらいでそんな不愉快な顔をしなくたっていいじゃないか、別にサービスでそんなことをやっているわけではないんだぞ。
そんなことを思いながら見守る俺。
まだだ、まだフォローに入るときじゃない。ちょっと嫌なことがあったからってすぐに慰めに行ってしまっては土留の成長を見込めない。
可哀相ではあるがここは心を鬼にして俺はおまえを見守るぞドドミンっ!
それから何人かのカメコに声を掛けられて撮影される土留であったが、その表情は浮かない様子であった。
端からから見ていてもつまらなそうな、嫌そうな雰囲気がヒシヒシと伝わってくる。
そして、遂にその気持ちが爆発する事柄が起きる。
「なに? ポーズリクエストも受けてくれないの?」
半笑いでカメコが土留に詰め寄っている。それに対して土留は迷惑そうな顔をしながら小さな声で答えた。
「……そういうのやってないので」
「あっそ、なにしにここに来てるんだか」
少し強めの口調で土留に言い放ったカメコはその場を立ち去っていく。
なんて奴なんだ。レイヤーに向かってそんなことを言うなんて何様だあいつ!
ああ言う奴に限って、写真を撮ってやって有名にしてやっているのは俺なんだとか思ってる勘違い野郎なんだ。
あんな豚出禁にしろっ! ここは人間の来る場所だっ!
俺が心の中で憤慨していると、土留は俯き下唇を噛んで両手でスカートの裾を強く握りしめる。
そしてそのまま駆け出して行ってしまった。
俺は慌てて土留の後を追いかけた。
くっそ、あいつ足早えなっ! なんでこの人混みの中あんな速度で移動できるんだよ? 通常の人の三倍くらいの速さだぞっ!
俺はなんとか見失わないように後を追うのだが、建物の影に来ると土留は壁の方を向きながらしゃがみこんでいた。
背後からゆっくりと近づき声をかける。
「あのー……お写真いいですかぁ?」
「……」
返事はない、ただの屍のようだ。
「あのー? コスプレイヤーさんですよね?」
「……先輩、つまらないからやめてくださいそれ」
「ぐぬぬ……そいつはすいませんねえ、で? どうしたんだ? もう嫌になったのか?」
ちょっと嫌味っぽく言ってみるのだが黙り込む土留。
「ドドミン?」
「……もう」
「ん?」
「もう……嫌です。やりたくないです」
やっぱりそうか、さっきので完全に心が折れたなこりゃ。
普段人見知りの土留にとって、あの糞カメコのような態度を取られればそりゃ凹みもするか。
いや、その前から何回か、土留の醸し出すそこはかとない暗い雰囲気に、不満気なカメコは何人か居た。
だからってあからさまにあんな態度を取らなくたっていいじゃないか、流石に土留には辛かっただろうな。
「もうやりたくないです……なんであんなこと言われなくちゃいけないんですか? わたしが何かしたんですか? 嫌なんです。あっち向いてくれ、こっち向いてくれって何回も言われて、ポーズの仕方も言ってくれないのにちゃんとやらないと不満そうにするし、かと言ってポーズの説明はしてくれるけど思った通りにできないとそれはそれで不満そうにするし、あの人達なんなんですかっ? わたしはあの人達のお人形じゃないんですっ!」
仰る通りでございます。
俺は駆け出しカメコだからレイヤーさんにポーズ指示なんて恐れ多いことは出来ないけれども、こういうポーズをして欲しいと言わずに、ただレイヤーさんに漠然となんかいいポーズをと要求するカメコも、それはそれでやはり失礼ってもんだ。
「ドドミン……」
「その呼び方もやめてくださいっ! もうやめます。先輩の嘘つき……全然楽しくないですよ……コスプレなんて嫌な思いしかしないじゃないですかっ!」
叫びながら土留が振り向くと大粒の涙を流していた。
そして……
「おまえ、めっちゃ鼻水垂れてるぞ」
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