七着目 奴は四天王の中でも最弱。
そうしてとりあえず、その店でみぐみんの衣装を購入。帽子と指ぬきグローブもセットになって¥12000と大変お買い得であった。
もちろん支払いは俺。
靴とソックスはそれらしい物を土留が持っているらしいので、あとは杖などの小道具をなんとしなければならないが、それはもう作るしかないだろう。
たった一日で素人の俺がどうにかできるだろうか? とりあえず帰りにホームセンターにでも行ってみるか。
それから俺達は、アキバのマックで明日からのスケジュールを組む為に、作戦会議をしていた。
コミケ七巨頭と呼ばれるコスプレイヤー達がいる。
彼女達はコミックマーケットをメインに活動するレイヤー達で、それぞれが「地」「水」「火」「風」「空」の五(フィフス)大元素(エレメント)に「闇」と「光」を加えた七つの属性を備えたキャラであるらしい。
その一人、闇のエレメントを属性とした七巨頭の一角を担うのが、堕天の旋律こと、堕天使†黒裂華音†である。
「それがあの人のレイヤー設定だ」
「うわぁ……なんかもうごちゃごちゃしていてよくわかりませんね」
俺の説明に土留は渋い顔をしている。
「まあでも、あの人が遊び半分でコスプレをやっているのではないと言う証左でもあると思う。あの言葉はあの人の本心だよ」
「コスに命を懸けている……ってやつですか……」
「まあ、あんまり気負わずに行こうぜ。とりあえず、カラコンとウィッグそして初心者レイヤーの指南書も買ったし、必要な物は大体揃ったな。そして俺の財布の中身もすっからかんだーはっはっはー」
「なんだか投げやりな笑いですね」
そりゃそうだ。新しいレンズを買おうと思って貯めていた貯金が、おまえの為に全部溶けそうなんだからな。
「あぁぁぁぁ……本当にやるんですかぁ? 見てください、あの駄目天使。さっそくわたしのことフォローして逃げられないようにしてますよぉ。数馬先輩のID教える振りしてわたしのID盗み見てたんですぅぅ」
駄目天使じゃなくて堕天使ですよ土留さん。そしてあんたらあの時、そんな恐ろしいやりとりをしていたんですか。終わったな……俺。
俺の対面で頭を抱えて項垂れる土留。そんなにコスプレしたくないのだろうか?
「な、なあ土留?」
「なんですかぁぁぁ……」
「そ、そんなに嫌ならやらなくてもいいんだぞ?」
「そんなの今更無理に決まってるじゃないですかぁ。そんなことしたら絶対あの駄目天使に色々酷いことを言われます。先輩だってもう二度と撮影させて貰えないかもしれませんよ?」
「そんなことなら気にしなくていい。生意気言ってすみませんでしたって謝り倒すから、ああ見えてあの人悪い人じゃないんだぜ?」
たぶんその後また散々弄り倒されるんだろうけど。
「それよりも俺は、土留が本当に心の底からコスプレをしたくないって言うならやっぱり無理強いはしたくない。でも、少しでも、ほんの少しでもコスプレに興味があるって言うのなら、頼む。俺の事を信じてくれないか?」
俺は立ち上がると深々と頭を下げた。
これで嫌だと言われたら諦めよう。
今日一日連れ回して、ところどころ不満そうではあったけれど最後まで付き合ってくれた土留。
俺の我儘に嫌な顔ひとつ……何回か嫌な顔をしていたけれど付き合ってくれたんだ。
そんな彼女に無理強いは出来ない。それで黒裂さんに何かされると言うのであれば俺が全力で盾になる。
「あれは……あのお店で言っていたことは本当ですか?」
「店で言ったこと?」
「だから、わたしのことを盗撮していたって言うあれです!」
「いや別にあれは盗撮していたわけでは……」
盗撮したんだけどね。
「……ですよ」
「え?」
「今回……だけですよ」
「それはつまり?」
「だから! 今回だけだったらコスプレやってもいいですよ!」
土留は顔を真っ赤にしながら叫んだ。
俺はその言葉に数秒間固まっていたのだが、両手を突き上げると。
「や……やったあああああああああああああああああっ!」
マックの店内だってのに人目も憚らずガッツポーズをして雄叫びを上げていた。
「ちょっ! 先輩! 恥ずかしいからもう座ってください! それと本当に一回だけですからね。一度許したからって、何度も何度も求めてこないでくださいね!」
なんだかいやらしい言い方だな。
まあいい。とにかくやってくれると言うのだ。本当はちょっと不安だったんだよね。このみぐみんの衣装が無駄になるんじゃないかって。
「ありがとう、ありがとう土留! やるぞ、俺とおまえでコスプレイヤーの頂点を目指すぞ!」
「え? 頂点ってなんですか? なんでそんな話になってるの?」
土留の突っ込みは無視する俺であった。
「で、どうするんですか? あとたった1日ちょっとで出来るようになるほど、簡単なものなんですかコスプレって? まあそれを着るだけでいいなら簡単ですけど」
「うむ。まあ黒裂さんにも舐めるなって言われたけど、確かにそんな簡単に頂点に立てるほど甘いもんじゃないだろうな」
「なんかさっきから、わたしと先輩、物凄く温度差ありません?」
「心配するな。熱意なんてものは、やっている内に燃え盛ってくるってもんだよドドミンっ!」
土留は右手で顔を押さえながら大きなため息を吐いた。
紆余曲折ありながらもコスプレをしてくれと言う俺のお願いを、ようやく承諾してくれた土留。
でも本当の闘いはこれからだ。
俺と土留はのぼりはじめたばかりだからな。
このはてしなく遠いコスプレ坂をよ……未完。
「終わっちゃうんですか?」
「んなわけないだろ。危うくモノローグで終わらせちまうところだった」
「いい加減こんなことばっかやってると怒られますよ」
「気を付けます」
てなわけで。なんだか黒裂華音にまんまと乗せられたような気がして、土留は不服そうではあるけれど、コスプレをしてくれると言うのだから良しとしよう。
そんでもってここらでちょちまとめ。
まず今回するコスプレは人気異世界転生ものアニメのヒロイン、魔法使いみぐみんに決定。
これは土留が、みぐみんっぽいと思うからと言う俺の独断と偏見だ。そしてもう衣装も買っちゃったし。
コスプレをする日はコミケ3日目の最終日だ。
今日、明日でなんとか仕上げなければならない。
そしてコスプレをする場所。これも土留にレクチャーしておかなければならない。
偏にコスプレエリアと言っても、国際展示場の敷地内に何か所もあるのだ。
大まかに説明すると。
エントランス、、庭園、、西屋上、、東トラックヤード、、東京臨海広域防災公園内など、レイヤーは様々な場所でコスプレを披露することができる。
このコスプレエリア、知らない人からすればここのどこかでやればいいんでしょ? くらいに思うかもしれない。
しかし、色々と特徴があって素人が下手に近づくと、とんでもないエリアに迷い込んでしまうことがあるから要注意しなければならない。
比較的誰でもやりやすいのが、エントランスと西屋上だろう。
エントランスエリアはその名の通り、西棟の入口真横にあるスペースで結構狭い。
薄い本狙いで東ホール直行でない限り、コミケに来場したほとんどの人がそこを通るので、非常に人がごった返している為やり辛い場所ではある。
でも逆に言えば、人がいっぱいいると言う事は、それだけ沢山の人に撮影してもらえるチャンスも増えると言う事だ。
次に西屋上、ここも2日目からは企業ブースの待機列がなくなるのでスペースも広く取りやすくて人気だ。
そこら辺は中級レイヤーから初心者レイヤーまで、そしてジャンルも幅広く居るので非常にやりやすいだろう。
そして……初心者が決して近寄らない方がいい魔境がある。
そこは庭園エリアである。
敷地内の丁度中央にすっぽりとくり抜かれたようにあるそのスペース、噴水なんかもありいい雰囲気を醸し出している場所なのだが、ここははっきり言って玄人レイヤーの集まる場所、或いは自分に絶対的な自信のある者でない限りは近寄らない方がいい。
まず基本的に衣装のレベルが高い、そしてレイヤーさん自体のレベルも高い。
それは容姿がというだけではなく、やはり経験値が違うと一目でわかる。表情の作り方、ポーズの取り方、そしてカメコへの対応、どれもが百戦錬磨と呼べるクラスの人達が多い。
そしてここからがとても重要な話だ。
露出度の高い衣装のレイヤーがかなり居る。
カメコの9割は男だ。中には女性のカメコも居るのだが、男の占める割合が圧倒的に多い。
つまりは、露出の高い衣装のレイヤーさんは人気が出る。あとはわかるな? これ以上言うとなんか怒られそうだからもうやめておく。
とりあえず言っておくが、レイヤーさんの嫌がることは決してしないこと。露出が高いからと言ってエロいことをしていいと言うわけではない。
過度な声掛け、露骨なボディータッチ、必要以上なローアングル、ツーショットの強要などはもってのほかだ。まじでそんな輩は爆発四散しろ。
撮る方も撮られる方も気持ちの良い、楽しいコスプレ撮影をしましょう。
「と言うのが、コミケに於けるコスプレエリアの大体の特徴だ。あとは東エリアなんかは薄い本を買いに来てる参加者が多いので、コスプレをしている人はそんなに居ないかな。コスプレエリアとして開放されるようになって久しい防災公園なんかは、今では同じ作品のコスプレをしている人達が集まって併せをしていたり、友達同士なんかで団体でコスプレをしている人なんかが多いかな」
俺の長ったらしい説明を黙って聞いていた土留であったが、話が終わると眉を顰めながら呟く。
「は……はあ……なんだか毎年来ているのに、そんなことが行われている場所があったなんて全然知らなかったです」
「まあ俺も、去年まではグッズメインだったからそこまで詳しくはないんだけどね。と言うわけで土留のコスプレ初披露は西屋上がいいと思うんだが、庭園エリアがいいってんなら俺はそれでも構わない。どうするドドミン?」
「そのドドミンってのはもう決定事項なんですか?」
「そうだな、おまえのコスネームとしてピッタリだと思うぞ」
土留はますます大きな溜息を吐いて頭を抱えるのであった。
「というわけなんで土留、明日は一日空けておいてくれ」
「わかりましたよ。もう先輩の好きにしてください……とほほ」
おぉ、とほほなんてリアルで聞いたの初めてだわ。なかなか漫画チックでいいぞ土留。俺は右手でサムズアップして見せた。
「それで、明日は何をするんですか?」
「とりあえず衣装を合わせたり、小道具を作ったり、ウィッグのセット、あとメイクとポージングの練習もしなくちゃいけない」
「全部付け焼刃じゃないですか。そんなんでトップレイヤー目指そうなんて無茶苦茶です」
おや? 土留さん。トップレイヤーに興味持ち始めましたか? 良い傾向じゃないですか。口にし続けるうちに段々と刷り込まれいく、サブリミナル作戦が功を奏してきたようだな。
「そりゃまあいきなりそんな人気レイヤーになれるなんて俺も思っちゃいないさ」
「じゃあどうしたら成功なんですか?」
「そうだな……」
まあ人気レイヤーにしてみせるとは言ったものの、何を目標にしたらいいのかまるで考えていなかった。
ゴールを決めないままスタートをしてみても意味がない。なにより土留のモチベーションを上げられないだろう。
俺はしばらく考え込み土留を見つめると言い放つ。
「まずは当面の目標としてフォロワー1000人を目指す! そして最終目標はその10倍、フォロワー10000人だ!」
「えぇぇ……100人くらいにしときません?」
「馬鹿かねきみは。フォロワー100人なんて、フォロバしますよ~とか言ってる奴を適当にフォローし続ければ簡単に到達するレベルだ。いきなりそんな低い志しでどうするのかね」
「先輩は今フォロワー何人いるんですか?」
「24人だ」
「ぷっ……少な」
あ、こいつ今、本気で馬鹿にした顔しやがった。
「そういうおまえは何人なんだよ」
「わたしは許可した人にしかフォローさせませんので、ちなみに先輩のことは許可しません」
てんめええええ。さっき俺のこと無言フォローしやがったくせに、ブロックしてやろうかこの野郎ぉぉぉぉおおお! て言うか、だったら黒裂さんのことを許可したのはなんでだよ? わけわからん奴だなおまえ。
「ま、まあいいや。とりあえず色々不便だから連絡先教えろよ」
「はあ? 女の子の連絡先をそう簡単に聞き出せると思っているんですか? まったくもって童貞の思考ですね先輩」
おいおまえ、調子に乗るなよ。なんか数時間ですげえキャラ変わってねえかこいつ? いや、最初から結構毒舌だったような気もする。
とりあえず頭にチョップをかましてお仕置きしてから、IDの交換をして今日は二人家路につきましたとさ。
おっと、俺はドンキでみぐみんロッドの素材を探さないといけないんだった。
結局家に帰りついたのは23時頃であった。
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