五着目 フラッシュは宇宙の救世主。
喫茶店から出ると俺と土留は中央通りの方へと歩き出す。
いまだコスプレをしてくれと言う俺のお願いに首を縦に振ってくれない土留であるが、だったら見るだけで構わないからと、一緒にコスプレ衣装を見に行くことになったのだ。
僥倖、僥倖。なんだかんだで興味があるんだろう土留ちゃん? 上の口では嫌だと言っていてもおまえはそれを欲しているのだろうぐへへ……。
なんてことを口に出したら本気で帰ってしまいそうだから言わないでおこう。
「先輩、今なんかいやらしいこと考えてましたね?」
「世の中のほとんどの男が、一日の内の8割くらいの時間をエロいこと考えてるらしいぞ」
「そうなんですか。キモいですね」
そう言うとスタスタと先に行ってしまう土留。
ごめんよドドミン。もうくだらないこと言わないから置いてかないでええええ。
さて、コスプレ衣装とは言ったもののどこで売っているのだろう?
アニメイトやゲーマーズ、メロンブックスやとらのあな。そこら辺にはよく行くけれど、そういったお店に関してはてんでわからない。コスパなんかがいいのかな?
闇雲に探していたら日も暮れてしまうのでこういう時は検索するに限るね。「秋葉 コスプレショップ」って入れるだけでゴロゴロでてきましたよ。
とりあえず俺と土留はトップにでてきた店舗を二つ三つくらい見て回ることにした。
店に入るのだが、まあ特にこれと言って変わったような感じはしない。
見た目は普通の洋服屋みたいな感じだ。ハンガーに掛けられた衣装が並んでいるだけだから当然であるが、近づいてみると明らかに異様だとわかる。
フリフリのリボンに、カラフルな模様や装飾が成されている衣装がズラリと並べられているのだ。
中には普通のセーラー服のようなものもあるのだが、そもそも普通の洋服屋にセーラー服なんか置いてない。
こんなもんが普通の店に並んでたらめっちゃ浮くだろうな。なんて思いながらその中の一つを手に取って見てその値段に驚愕する。
¥14,800
はあ? マジかよ? 俺が今着ている物を上から下、靴まで合わせてもそんなにしないぞ? これにウィッグやカラコンやメイク道具なんかを揃えていたら一体幾らになるんだ? そんだけ出したら一体薄い本が何冊買えると思ってるんだ。
コスプレってひょっとしてブルジョワなお坊ちゃまお嬢様の道楽なのかもしれないと、俺はげんなりしながら隣にいる土留を見るのだが……あれ? 居ない。
店内を見回してみたら、居ました居ました。なにやら一人で色々物色しているように見えますが、随分と楽しそうじゃありませんか土留さん。
俺はそっと後ろから近づいて行くと、土留が手に取っている衣装を見てアドバイスをしてやった。
「いやいや土留。おまえにはこっちの方が似合うだろう」
そう言って別の衣装を目の前に差し出す。
「どういう意味ですか先輩?」
睨み付けるように俺を見上げる土留。
あれ? なんか不機嫌になってません土留さん? 俺は可愛いロリっ娘の衣装の方がおまえにピッタリだと思ったんだよ? なんで?
土留は、ふんっ! と言いながらプイっと踵を返すと、別のジャンルの所に行ってしまった。
次に土留が見ているのは、人気アニメの双子キャラが着ているメイド衣装だった。
うんうん、確かにそれは可愛い、なかなかセンスがあるじゃないか、それはおまえにピッタリだと思うぞ。
「お、その衣装は可愛いよな。おまえにピッタリで似合うと思うぞ」
「そ……そうですか? 別に先輩に似合うとか言われても嬉しくもなんともないですけど……」
なにやらちょっと頬を染めてもじょもじょと言う土留。
「いやいや、姉の方ならサイズ的にもバッチリだしな」
「ぜんっぜん可愛くないですこんな衣装っ! ふんっ!」
なにを怒っているんだ土留? やっぱりコスプレしたくないのか? どうしよう……。
オロオロしながら土留の後ろをついて行く俺、何度かそんなことを繰り返すうちに俺はようやく気が付く。
こいつ……なんで巨乳キャラの衣装ばっか手に取って見てやがるんだ? どんだけコンプレックス持ってるんだよ? 貧乳キャラの衣装を奨めると怒り出すのはその所為だったのか。
俺は土留に近づき肩を掴むと目を見据えた。
「な? なんですか先輩?」
「土留……おまえにこんな格言があることを教えてやる」
「は、はい?」
「貧乳はステータスだ! 希少価値だ!」
「先輩って本当に高2ですか? 偶にそういう古いネタ言いますよね」
物凄く白けた目で俺を見る土留。
え? これってそんなに古いネタなの? 嘘だろ? てーかそんな突っ込みができるおまえはなんなんだよ。
そんなこんなで一つ目の店は物色するだけで何も決まらず、と言うか土留がコスプレをしてくれると言ってくれないことにはどうしようもないんだけど。
「で、どうしますか先輩? まだ他の店も見て回るんですか?」
「あ、あぁそうだな……」
どうしたものか、このまま別の店に行っても同じことの繰り返しのような気がしてならない。何かもう一押し、土留がコスプレをやってみたいと思えるようなもう一押しが欲しい。
結局その何かを見つけることができないまま別の店に行くことになった。
んー、困ったぞ。このままでは土留はコスプレをしてくれなさそうだ。
こうなってくると何が何でも土留にコスプレをしてもらいたい。
さっきだって衣装を見ている時は楽しそうだったし、メイド衣装を似合うって言ったら最初はまんざらでもない感じだったしな。
どうしたもんかと思いながら次のコスプレショップへと入って行く俺と土留であったが、店に入るなり俺は固まってしまう。
な……なんであの人が居るんだ。
レジに居る人物を見て俺は戦慄する。こんな所でまさかあの人に会うとは思わなかった。
と言うかあの人、普段もあんな黒いフリフリ、ゴスロリの恰好してるのかよ。とにかくあの人に気づかれるのはまずい。ここは一刻も早くこの店から離脱しなくてはならない。
「ど、土留」
「なんですか?」
「やっぱ別の店にしないか?」
「なんですか急に? もう面倒くさいから嫌です」
「いや、めんどうよりも、この店、なんか空気が臭いし」
「なにわけのわからないこと言ってるんですか?」
いいから早くしろ! 間に合わなくなっても知らんぞおおおおっ!
「と、とにかく俺はこの店から一刻も早く離れたいんだ! このままだと非常にまずいことになりそうな気がする!」
「だからなんなんですか急に、邪気眼にでも目覚めたんですか? まあ、一応わたしもオタクですからそういうのには理解のある方ですけど、ほどほどにしてくださいね」
やめろ。そういうなんか生暖かい目で見るのはやめてくれっ! なんかすごいトラウマを抉られるような気持ちになるからあっ!
そんなことをしているとレジで会計を終えた奴がこちらを向く、俺は咄嗟に衣装の陰に隠れるのだが。
「あら? あらあらあら? あら~?」
そう言いながらパタパタと小走りで近寄ってくる足音。
ひぃっ! まずい見つかる。
俺はその場にしゃがみ込み恐る恐る見上げると、俺のことを覗き込む少女の顔。
「あー、やっぱり! 誰かと思ったらフラッシュ・ゴードンくんじゃない!」
俺のことをフラッシュ・ゴードンと呼ぶ真っ黒なゴスロリ衣装を着た女の子。
いや、俺は知っているんだぞ。あんたが見た目は中学生だけど中身は違うってことをな。
詳しい年齢は言えないが、てーか知らないけど、成人しているということだけは知っているんだからなっ!
「ち、ちがいますっ! 人違いですっ!」
ん? なんかどっかで見たことあるなこのシーン? まあいいや。
とにかく俺はこの人と
「先輩。なんですかこいつ? なんか物凄く痛々しい恰好してますね」
「ば、ばか土留。その人には絡むな! 大火傷するぞっ!」
「やっぱり、フラッシュ・ゴードンくん。こんな所でなにしてるの?」
し、しまったあああああ! うっかり顔を上げてしまった俺、まああの状態から誤魔化して逃げるのはどうせ無理だったよね。
仕方がないので立ち上がって挨拶をする、挨拶は大事だ古事記にも……以下略
「ド、ドーモ……
「こんにちは。数馬九十九、なんであなたコスプレショップに居るの? 自分でもやりたくなっちゃったのかしら?」
「あ、い、いえ……そういうわけではないんですけど」
「だから先輩。こいつ誰ですか?」
土留ちゃん。初対面の人をこいつこいつって、失礼だからやめなさい。て言うかほんとやめて、マジでこの人めんどくさいから。
「さっきからこいつこいつって、あなた一体何者かしら? 数馬九十九のお知り合いなの?」
「むむ……あなたこそどちら様ですか? わたしは数馬先輩の後輩です。あとフラッシュ・ゴードンってなんですか? タンクトッパーですか?」
おまえなんでフラッシュ・ゴードン知ってんだよ? 今時の女子高生は絶対に知らないだろ? 何者なんだおまえは……。
あ、ちなみに本当に知らない人はググってね。
なぜだか険悪なムードになる二人、胸を逸らしておっぱい相撲を始めそうな勢いだけど、どちらも平らなのでくっ付かない。まったくもって残念な奴らだな。
もしかしたらこの地球上で、最も会わせてしまってはならない二人を会わせてしまったのかもしれないと俺は思う。
しかし、出会ってしまったものは仕方がないので、とりあえず紹介くらいはしておこう。
「く、黒裂さん。この子は学校の後輩で、土留彩羽って言います。そんでもって土留、こちらは、
「フフフ、初めましてド・ドメさん。私は堕天使†黒裂華音†。数馬九十九は私の大ファンなの。今後の活躍次第ではいずれ闇の眷属の一員にしてあげるつもりなのよ」
あーっ! あーっ! やめてーっ! そうなると思ったから嫌だったんだあああっ! この人、外でもこういうキャラなんだなっ!
「先輩……闇の眷属って……」
やめろ、そんな目で俺を見るな土留っ! 違うんだ、俺は決してそんなんじゃない!
土留はなんだか可哀相な人を見るような目で俺と黒裂さんを見つめながら続ける。
「それで、フラッシュ・ゴードンってなんですか?」
あ、それ聞くの? やっぱ気になるよね。俺があんな筋肉もりもり赤タンクトッパーの名前で呼ばれてたらそりゃあ気になりますよね。
「ど、土留……それは……」
「数馬九十九のあだ名よ。この子、私の撮影会に初めて参加した時、周りも気にせずにバシャバシャと遠慮なしにフラッシュを焚くもんだから、他のカメコから顰蹙を買ってね。まあ初心者だったからその後ちゃんと教わってたけれど、それ以来仲間内では彼のことをフラッシュ・ゴードンって呼んでるのよ」
はい。黒歴史です。それ以来俺はツイッターでもこの人に弄られまくっているのです。
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