第24話 城
トキツにとってギジーは知り合いの形見だった。
山の中に隠れ住む偏屈じいさんの授印。喧嘩ばかりなのに何故か一緒にいる二人。トキツは年に一度か二度訪れる程度で、ある日風の便りでじいさんが死んだことを聞いた。花を手向けに行って、墓前で丸い背中をさらに丸めたギジーを見つけた。彼が発したのは一言だけ。
『やっとくたばりやがった。あの頑固ジジイ』
翌年同じ時期にまた訪れて、墓前に座るギジーを見つけた。背中はいつもの丸みに戻っていた。そのとき交わしたのはこの二つだけ。
「一緒に来るか」
『仕方ねえな』
それで彼はトキツの授印になった。
と、ここまで書いたが別に死亡フラグではない。
ギジーとツバキは一本の大木を背にし、前と左右から来る敵に追い詰められようとしていた。
ギジーの戦闘能力はあまり高くない。元々ハクエンコウは戦うよりも守りを優先する種族で、能力も攻撃系より支援系を持っていることが多い。
長い爪で立ち向かえば一人ならなんとかなるかもしれないが、三人同時となると難しい。ツバキの能力で近くにいる魔物を呼び寄せられれば良いがと考えながら、トキツは彼らの元へ急いだ。
ギジーは焦っていた。
能力を使いながら逃げるのは集中力がかなり要る。だから大抵はギジーが能力で追手だけを見、トキツが周囲を探る。今回も逃げるのに必死で追手しか見ておらず、結果離れた場所を見張っていた二人に気づくのが遅れたせいで囲まれてしまった。
相手は盗賊などの野蛮な連中というより、統率の取れた兵士のようだった。どうやってこの場を切り抜けようかと考えていると、ツバキが信じられないことを口にする。
「ねえ。降伏したら城へ連れて行ってくれるかしら。そうしたら中に入れる」
『バッ。バッカじゃねえのか?殺す気満々だろあいつら!』
拍子抜けして、そのおかげか気持ちに若干の余裕ができた。
深呼吸し、長く鋭い爪を出す。
『おいツバキ。自分の空間に入れるか』
「入れると思うけど、出られる自信がない」
『いざとなったら、入れよ』
「えっ……。ギジーは……」
『ふん、おいら一人なら何とかなる』
キリッとした顔で振り返るが死亡フラグではない。
ギジーは正面にいた男へ飛び掛かった。長い爪を相手の顔へ振り下ろす。後ろへ下がった男が払う剣をしゃがんで避けてから高く飛び、体操選手ばりに体を捻りながら男の後ろへ着地、背中を切り裂いて左にいた男めがけて飛び蹴りを食らわせた。ぶつかって倒れ込む二人の男。
すぐさま右の男へ跳躍するが、男は素早かった。見事な剣さばきに翻弄され、攻撃に転じられない。その間にも左の男が上に乗る体をどかしてツバキへ近づこうとしていた。ギジーもツバキの元へ行きたかったが、目の前の男の攻撃に隙がない。
『ツバキ逃げろ!!』
叫ぶだけで精一杯だった。男の斬撃をバック転してかろうじてかわし、トキツへ思念を送る。
<ツバキと離れちまった!>
<わかってる>
トキツはまだ遠くにいるツバキの姿を能力で追った。
乱雑に生える木々と積み重なる落葉のせいで思うようなスピードが出せず気持ちだけが先走る。
懸命に逃げていたツバキの横を、男が放った短剣が通り、木に勢いよく突き刺さった。驚いたツバキの足がもつれ、転んだ。あと少しずれていたら当たっていたとゾッとする。ツバキは振り返り手だけで後ろへ下がる。男が剣先をツバキへ向け、何か話していた。ここへ来た目的を聞いているのだろう。
しかし脅されて話す皇女ではない。それどころか城への行き方を聞いているのかもしれない。
苛立った男が剣を振り上げる。
そこでトキツの目路にようやくツバキの姿が入ってきた。まだ射程内ではないが気をそらせようと銃を構えたとき。
何かが木陰から飛び出して男とツバキの間に入った。
それは太さが男性の腕ほどもある大蛇だった。
体は蛇だが、水かきのついた足がある。
(エイラトで見たやつに似てる?)
ツバキが副長官の息子に薬を盛られたときに現れた生き物に似ていた。体を起こして男を威嚇している。
その生き物を見た男は完全に硬直していた。恐怖で、ではなく、本当に体が固まっている。
訳がわからないまま近づき、男の首横を手刀で打って気絶させた。
そしてつい蛇の目を見てしまったトキツの体も硬直するが、蛇が首をツバキへ向けたのですぐ解けた。
(魔物?)
蛇とツバキはしばらく見つめあっていた。その目を見てもツバキの体に異変はない。ただ、ツバキは驚きのあまり動けないようだった。座って後ろに手をついた体勢で蛇を凝視している。蛇がふいっと体の方向を変えると、慌てて追いすがるように身を起こした。
「待って」
明確に命じたが蛇はちらりと振り返っただけで去っていく。
蛇の姿が見えなくなっても、ツバキは呆然と目を見開いたまま、葉が幾重にも積み重なっている地を見つめていた。
ギジーと戦っていた男をあっさり倒したトキツは、縄で縛りあげて城への行き方を聞いた。
「この絵と同じ城がそこに建っている」
頬に傷のある目つきの悪い男が懐から紙を取り出す。そこには三メートルほどの城壁に囲まれた、アーチ形の窓が目立つ三階建ての城が描かれていた。
「いまからこの部分を触るから、頭の中でしっかりこの絵を思い浮かべろ」
『はあ?何言ってんだお前?』
ギジーが奇妙な呪い師を見るような目つきをした。男が下品に唾を吐き捨てる。
「お前らが聞いたから教えてやってんだ。入りたいなら言う通りにしろ」
『なんだとぉ』
「まあまあ。とりあえずやってみよう」
ギジーをなだめたトキツは、男を引っ張って山の中にぽっかりと空いた平野に立つ。
男が空中に広げた手の隣に半信半疑で手を出すと、硬い何かに触れた。
正面の城壁の左端らしい。
絵で言うとこの部分かと頭に城を思い浮かべた瞬間、何もない空間にパッと壁が現れる。
「うお!?」
驚いたトキツが尻餅をつく。
そんなトキツをキシシシシと笑っていたギジーだったが、同じようにやって城が目の前に現れた途端、『うわ!?』と同じように尻餅をついた。
「視線をずらすってこういうことだったのね」
こんな大きな建物が見えていなかったのが信じられず、ツバキは感嘆の声をもらす。
人の視覚を弄って城をまるごと消すとはかなり高い魔力が必要なのではないだろうか。ケデウムの副長官の名は伊達ではないということか。
「トキツさん、中は見える?」
「会ったことがある人が中にいれば見えるんだけど。リタのことは知らないしな」
遠隔透視といっても、建物の中までは自力では見られない。中を映してくれる人がいて初めて見える。
トキツは男に城内やリタたちの居場所などの情報を吐いてもらった。彼はケデウムの元兵士の一人だった。といっても今の仕事は金で雇われただけらしく、ペラペラと話してくれた。それによるとリタたちは地下の囚人部屋に分かれて入っているという。地下牢ではないので、質素だがベッドと個室のトイレはあるらしい。
「それでも酷な場所なのは違いねえけどな。順番に城の雑用もさせられてるし、変な役目もあるし」
「役目?」
ツバキが聞き返すと、男は頷いた。
「あんまり詳しくは知らないが、血を抜くらしい」
彼は口にするのもおぞましいとばかりに顔を歪めた。輸血という医療技術がないバルカタル帝国では、わざわざ体を傷つけて血を保管するなど不気味でしかない。
「見張りはいる?」
「部屋の前に一体ずつ、授印の力で操られた人形がいる」
「どんな魔物なの?」
「大きな蜘蛛だ。副長官の息子の授印」
「…………え!?」
副長官の息子は警察に引き渡したはず。ツバキはそれを信じていたので耳を疑った。薄々勘付いていたトキツは軽くため息を吐く。
「副長官の息がかかった警官がいたなら、息子の事件なんて簡単に握り潰せるだろうなあ」
「そんな」
男に確認すると、トキツの予想通りだった。エイラトから帰ってきてからずっとこの城に隠れ住んでいるという。二度と会うことはないと思っていたツバキの顔が青くなる。
しかしどうせ言われるだろうと思い、トキツは先に口を開いた。
「どうする?リタたちの救出だけじゃなくて、副長官も息子も二人とも捕まえたい?」
聞かれたツバキは拳を握りしめる。
「それは当然よ。エドワードは一度引っぱたかないと気がすまないし、ロナロの人たちに酷いことをした副長官はもっと許せない」
いつもの調子に戻ったツバキを見て、トキツは苦笑のような、安堵したような笑みを浮かべた。
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