第5話 銃

 強盗の一人は銃を別の店員に突き付けて売上金を袋へ詰めさせ、もう一人は入り口を背にし客へ銃口を向けて現金や貴金属を出せと脅している。

 銃を見たことがない客も、先ほど店員が倒れたことで殺傷能力のある武器と理解したようだ。皆一様に青ざめ、反射的に椅子から降りて身をかがめていた。


 客と店員はツバキたちを合わせて二十人程度。厨房にいる料理人の数までは把握できず、攻撃系の魔法を使える者がいるかはわからない。赤い髪の男から先ほど聞いた通りこの街に授印が少ないのなら、可能性は低いかもしれない。


「おれらだけなら逃げられるけど」


 カオウがツバキの腕をちょいちょいと突く。瞬間移動してしまえばいい。


「だめよ。他の人たちを放ってはおけない。……あれって銃よね? トキツさん」

「ああ」


 トキツは背後でしゃがむツバキを振り返る。

 顔が真っ青だ。わずかに腕も震えている。ただ、目の前の出来事に対してだけではないように思えた。カオウが撃たれたことを思い出しているのだろう。

 早く解決しなければとトキツが動き出そうとしたときだった。

 ツバキを守るように隣にいたカオウが中腰になる。

 

「カオウ!」

 

 小声で、しかしはっきりとツバキが止める。


「だめ。危ないわ」


 カオウは聞く耳を持たない。

 トキツに目配せして、そっと、入り口にいる強盗の方へ近づいていく。


「や、やめて……」

 

 ツバキが消え入るような声でつぶやく。

 トキツは止めようと考えないではなかった。しかし、カオウの気持ちが理解できるだけに控えた。


 カオウはアフランたちを救出しようとして銃で撃たれてしまったことを激しく悔やんでいたのだ。常にツバキを守っている気でいたし実際そうしてきただけに、楽に倒せると高を括り無様にやられて恥ずかしく思わないわけがない。

 さらにトキツに負けたことも結構気にしていたらしかった。

 そのため、ツバキが公務で不在のときトキツに稽古を頼んできたのだ。

 別に弱いわけではなかった。体術の基礎はできており勘も良く、何より身体能力がずば抜けている。ただ経験不足のため応用が利かず、魔力に頼りすぎていた。魔力を使わなくても戦えるようにその差を埋めつつ、彼の持ち味の俊敏さを磨いてきた。

 

「大丈夫だよ」


 ツバキをなだめて、自分は店員を脅している男の方へ向かう。

 代わりにギジーがツバキに寄り添う。


 カオウは後ろに誰もいない場所まで移動してから立ち上がった。


「動くな!!」


 少年に気づいた強盗が銃口を向ける。

 しかしすぐさま撃たないのを見てカオウはじりじり間合いを詰めていく。

 わずか五メートルほどまで近づいたとき。

 バンっと強盗が発砲した。

 見切ったカオウは跳躍してそれをかわし、くるりと宙返りして強盗の後ろに着地、素早く銃を持つ手を叩いて銃を落とさせ、腕をひねり上げた。

 痛いとわめく強盗の体を押さえつける。


 トキツもいつの間にかもう一人の強盗を締め上げていた。


「よかった……」


 安心して深く息を吐くツバキ。

 緊張の糸が解けた客たちの喝采が鳴り響いた。


 



 強盗たちを縛り上げたトキツは店員の一人に警察を呼びに行かせ、撃たれた店員に応急処置をして近所の町医者へ託す。


 一段落ついてツバキたちがいる方向を振り仰げば、不穏な空気が流れていた。

 ギジーの顔が歪な形で固まっている。近づいてくるトキツに気づくと錆びついたおもちゃのようにぎこちなくこちらを向いた。

 ツバキは背を向けていてカオウはその姿に隠れて見えない。

 さらに近づくとオロオロしているカオウが見えた。

 訝しみツバキの顔を覗く。


「…………」


 ここは極寒の地だっただろうか。


「………」

 

 口も凍ったのか声を出せず、思念(授印とは頭の中で会話できる)でギジーに問う。


<ものすごく怒ってるけど>

<カオウが戻ってきてからずっとこうだ>


 となればカオウが原因。

 とどのつまり、危険な行為をしたカオウに怒っているらしい。


「……ツバキ?」


 恐る恐るカオウが口を開く。

 ツバキが冷えた目を細める。


「どうしてあんなことしたの」

 

 いつもより明らかに低い声。吐息とともに冷気が漏れている気がする。


「だって、誰かが捕まえなきゃいけないだろ」

「トキツさんがいるじゃない」


 カオウの目が揺らぐ。


「さすがに一人で二人は無理だろ」

「だったらせめて姿を消せばよかったのに、わざわざ正面から向かっていくなんて」

 

 拳を握るカオウ。


「……それじゃあ、意味ないんだよ」


 下唇をかんで肩を震わせると、


「ばーか!」


 と吐き捨てて店外へ飛び出して行った。

 絶句するツバキ。心外だとばかりにトキツを見やる。


「なにあれ! 心配してるのに!」


 トキツは頭の後ろをポリポリかいた。


「うーん。まあ、なんだ。とりあえず、無事だったから良しとしよう」


 鼻息荒いツバキの肩に手を置いて落ち着かせる。カオウはギジーが宥めてくれるだろう。

 ツバキは両手で顔を覆って息を整えてから、ゆっくり手を離した。


「トキツさん」


 いつもの調子に戻ったようだ。トキツがほっとしたのも束の間。


「あの人たちから話を聞きたいのだけれど」

「な、なんで」


 すこぶる本調子になったようだ。何かに首を突っ込まずにはいられないらしい。


「銃って、そんなに簡単に手に入るものなの?」

「簡単ってことはないな。少なくとも、あんなゴロツキが手に入れられるような代物ではない」


 そう、とつぶやいたツバキは、縛られて床に転がされていた強盗の元へスタスタ歩いていった。

 なんだこの女と見上げる強盗の前に腕を組んで立つ。


「あれ、あなたたちの銃?」

「あ?」

「あ・な・た・た・ち・の・じゅ・う?」


 にっこり微笑む。ただし、目は笑っていない。

 強盗は少女の鋭い眼光に顔色を変え萎縮した。


「そ、そうです」

「どうやって入手したの?」

「買いました」

「強盗するような人が買えるとは思えないけれど?」

「安く売ってるところがあるんです」

「……それはどこ?」

「それは……」

「お、おい!」


 従順な男の言葉を、もう一人の男が遮り耳元で何かささやく。従順な男は前方を見て目を見開き、がくがくと震えだした。


「どうしたの?」


 完全に血の気が失せ、ツバキの問いかけも聞こえていない。

 何を見たのか確かめようと振り返るが、そこには未だ帰らない数人の客がヒソヒソ話しているのみで、これといって怖い人はいない。赤い髪の男もいたが、ツバキに気づくとにかっと笑って手をひらひらさせた。

 

 ちょうどそこで、地元の警官が到着した。店員が「こっちです!」と叫んで店内を指差すと、乱暴に強盗を立たせて連れて行ってしまった。


 やれやれとトキツは肩をすくめる。


「警察が事情聴取するから、後でロウに聞けばいいさ」

「そうね」


 管轄が違っても、ロウなら調べてくれるだろう。

 

「あんたたち度胸あるなぁ」


 遠巻きに見ていた赤い髪の男が近づいてきた。


「おかげで助かったよ。おにーさん強いねえ」


 バシバシとトキツの背中を叩く。


「……あ、やっと連れがきた。おーい」


 男が通りに向かって手を振る。分厚い眼鏡をかけて髪をびっちり固めた男がやってきた。ツバキたちを一瞥もせず赤い髪の男に何かを耳打ちする。


「じゃあ、俺はこれで。こんなことがあったけど、観光楽しんでな」


 ごちそうさん、と付け加えて去っていった。




 魔物の姿に戻ったギジーは、重い足取りのカオウを懸命に引っ張っていた。

 どこにいたかというと、つい飛び出したはいいが行く当てなどないので、五軒隣の雑貨屋でブラブラしていただけだ。


『早く戻ろうぜ』

「……」

『ツバキが待ってるってさ』

「……」

『ツバキも心配だっただけなんだしよぅ』

「……」

『お前の男心もわかるが、な?』

「余計なお世話」


 ぶすっと不貞腐れる。

 めんどくさい奴だなあとギジーは辟易し、ふと閃いた。


『あ、ツバキのところにさっきの赤い髪の男が来たぞ。なんだか親し気に話してるなあ』


 ギジーは一度見た者・訪れたことのある場所なら遠隔透視ができる。

 親し気というのはかなり誇張しているが、嘘も方便だ。


『あいつ、なかなか男前だったよなあ。背が高いしツバキと並ぶとちょうどいいよなあ』


 カオウの背はツバキと同じくらいだ。むしろ少し低いくらい。


「……」


 カオウが急に立ち止まったので、ギジーは引っ張られて後ろに倒れる。


『おいなんだよ急に』


 無言でカオウは走り出した。

 店の前まで行くと、ちょうど赤い髪の男が去っていくところだった。

 ほっとした様子で立ち止まり、カオウは呼吸を整える。


『先に行ってるぞ』


 トキツの姿を見るなりギジーは喜び勇んで彼の肩にのぼった。疲れたぜぃと甘えて魔力を分けてもらう。

 対して、ゆっくり歩いて戻り、微妙な距離で止まるカオウ。バツが悪そうにそっぽを向いてツバキと目を合わさない。

 だが。


「劇」


 ツバキの声で顔を上げた。

 劇? と首をかしげる。


「活劇なんて今日はもうこりごり。だから、恋愛劇にする。いい?」


 ツバキは不貞腐れた顔をしていた。だが、どこか泣き出しそうでもあった。


「もちろん」


 カオウは顔を綻ばせると、ツバキとの距離を詰める。

 ツバキも気恥ずかし気に微笑む。


「行こう」


 どちらからともなく、手を繋いだ。




 赤い髪の男は、店を出たと見せかけて少し離れた場所でツバキたちのやり取りを眺めていた。


「どうかされましたか、レオ様」


 眼鏡の男が無表情のまま問いかける。


「ちょっとな。それより、さっきいた店に強盗が入った」

「存じております。お一人にして申し訳ございません」

「いいって。知ってるなら……できるな?」

「すでに手は打っております」

「さすがだ」


 眼鏡の男は軽く頭を下げると、雑踏の中へ消えた。

 残された赤い髪の男、レオは反対の方角へ歩き始める。


「栗色の髪の少女に、金髪の少年ねえ。ぼさぼさ頭はいないから違うかな」


 どこか愉快気に、獲物を狙うような笑みを浮かべた。



 ──この日の夜。華やかな街の影に隠れた路地で、二つの遺体が発見された。

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