銀行怪談 ~ 映像記憶を持つ警備員と数的不揮発記憶を持つ銀行員が謎に挑む! ~
プラウダ・クレムニク
第1話 廃墟にて
北山銀行本店から依頼された臨時警備業務。その当日は昼過ぎから雪になった。北西から吹きつける寒風が激しさを増し、町の直上に辛うじて浮かんでいた重い黒雲から
三月の雪など、この町では珍しいことではないが、自分が警備につくときだけは勘弁してほしいと私は思った。特に外で立っているだけの
思わずため息をついて、会社のロゴが大きく入った社用車に乗り込む。
私の勤務する「セキュアート」は南陽台の丘の上にあり、日本海を臨む北山銀行本店ビルへは車で三〇分ほどかかる。
空洞化が進む中心市街地の淋しげな細い道路を幾つも通り過ぎる。対向車がしだいに減っていく。大東亜戦争で空爆を受けなかった古田市は戦前からの細い道路が多く、一方通行だらけだ。古い町並みを残しているといえば聞こえがいいが、再開発からも取り残され荒廃しているというのが実態だ。すっかり寂れはててしまっていた。
シャッターを下ろした店が目立つ商店街を徐行する。不動産売出し中を示す不動産屋の看板ばかりが続く。汚れた灰色の低層ビルの連なりは墓標のようだった。
私が北山銀行の見えるところへまで来たとき、早くも夕闇が迫っていた。地域でいちばんの高さを誇る本店ビルは灰色の空よりもいちだんと暗く落ち込んで、四角い闇として眼前にあった。
建物のシルエットをちらと見たとたん、私の胸中に懐かしさが溢れてきた。私は北山銀行の建物をよく知っていた。若き頃、私はここで仕事をしていたのだ。何回かの改装を経た今も配管や電気の配線が同じであるなら、私はすべてのパイプスペースやEPS、消火栓や非常口表示灯、非常口誘導灯の位置をいまでも言える。どこに何があり、何がなかったか、そして何があれば異常であるかを把握している。私は北山銀行に施設警備員として常駐していたのだ。ベテランの警備員はその物件の多くを知っているものだ。私はかつての職場に来たのである。北山銀行の最後の警備だ。
私は眼の前の風景を眺めたただのビルと、その邸内の単純な景色を――荒れはてた壁を――眼のような、ぽっかりと開いた窓を――このビルの窓が開いているのを見るのはそれが初めてだった。徹底的に温度管理され、数々の警備装置で守られたこの建物の窓はすべてはめ殺しなのだ――を眺めた。こんな廃墟に臨時警備が必要か、答えはイエスである。少なくとも警備を発注した北山銀行の管財課はそう思っていた。
本店ビルの地下にある大型金庫が明朝の取り壊し開始まで生きているからだ。他社が担当しているが機械警備システムも健在。となれば、警報があがったときにすぐに対処すべき警備員が必要だ。警備員すなわち私である。私は北山銀行の残骸のなかで一夜を過ごすことになる。
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