第35話

 シバラに促され、その場で軽い話し合いが持たれた。ここで問題になったのは案の定、バンフレッフに合意剣の使用登録者を変更する件だ。

 ゆうべ俺が寝てしまったあとの食事の席で、他の皆は一応シバラに自己紹介的なものをしたそうなのだが、その時にバンフレッフは同行の目的を話さなかったらしい。

「よもや、そんなことを考えておったとはのう」

 はっきりと呆れた様子でシバラが言う。

がどんなものかは、改めて問うまでもなく、わかっていて言っておるのだな?もちろん、儂が簡単に了承するはずがないことも?」

 シバラの念押しに、バンフレッフはあくまで真剣な顔でうなずいた。

「バンフレッフどの、その……正直、こちらも悪かったとは思っている。人質がいたとは言え、実現できるかについて、自分じゃ全く責任の持てない話を持ち掛けたわけだからな」

 さすがにそしらぬ顔でいるわけにもいかないだろうと、俺も一応言っておく。

「それはオレからもごめん。でも人質とるやり方はどうかと思うよ。なんならあの時普通に話し合っても、今みたいに一緒にここまで来るってことになったかも知れないんだからさ」

 トールがそう付け加えた。というかこの密偵を生業にしている相手に対して正論ぶつけていく感じ、つくづく素直な奴だなと思う。自分だってギンニール姉妹に人質にとられたことがあるくせに。

 どうもこの若者は、話しているとたまに、やや複雑そうな生い立ちであるのが垣間見える割には、すれていないようなのだ。

「そうまで言われてしまうと、まるでわがままを言っているような気分になってくるが……我が君にもそれなりの理由があって剣を欲しておる。我輩の一存で諦めるというわけにはゆかぬのだ」

 人族とは理解しがたいものじゃ、とシバラは肩をすくめる。

「儂はの、同族との交流を絶ってから、この数千年はむしろ、人族の近くで暮らしてきたのじゃ。まあこちらがエルフだと悟らせはしないし、そなたらの暮らしを陰で見守ってきたという方が近いかもしれぬがな。だから、儂らの概念からは太古の昔になくなった、国だの王だのという仕組みについても、理解はしておる」

 シバラが人族の社会と繋がっているというのは、この庵を見て想像がついていた。

 ヴァンネーネンが言ったように屋敷そのものは魔法で作り出したのかもしれないが、用意される食事の材料や細々した消耗品は、おそらく人族との取引で手に入れているからだ。当然そのためには人族の通貨が必要で、それも何らかの手段で稼いでいるのだろう。

「合意剣がどのような代償を必要とするのか、じゅうぶんに理解したはずじゃ。そなたの主人は、この情報を持ち帰ってなお、剣を望むのか?そしてそれを使えと命じるのか?」

 俺が遍歴騎士バンフレッフ卿の名を知ったのはヴァンネーネンが話題に出した時だ。だから今、目の前で神妙な顔をしている男がどんな人物なのか、理解しているとは思わない。彼が粘るのが真に主人への忠義からくるものか、あるいは他に理由があるのかもわからない。

 いかにエルフとはいえ、それはシバラも変わらないはずだ。だからなのか、彼女はエルフの剣が人族の権力者の手に渡る危険を説くのではなく、使用登録者を引き受けようとしているバンフレッフ本人の身を案じるようなそぶりを見せる。

「合意剣は、エルフ殺せる剣……では人族に対しては?条件を満たせば、同じ使い方で人族も殺せるのではないか、我が君はそう問われたのだ……」

 押し殺した低い声で、バンフレッフはようやく言った。

 なるほど、エルフを実際に殺すことは状況からいって無理だと、俺やヴァンネーネンがくどいほど話したのに曲げなかったのはそういうわけか。

「ああ……なるほどな。まったく、権力をもつとろくなことを考えぬ」

「だが実際のところどうなんだ、同じように人族も殺すことができるのか」

 俺自身は考えたこともなかった使い方だが、人族の権力者はエルフをどうこうする前にまずそれを検討するようだ。人族の敵は人族、いやはや勉強になるね、本当に。

「想定された使用法ではないし、もちろん試したこともないが、理論的には問題なかろうな……」

「やはりそうか。魔法のことがなくても、あの切れ味だ。我輩自身も、一介の人族の手にあるのはあまりに危険と考えた。だから言ったのだ、ジャスレイどのは、この際剣を持ったままで王の庇護の元に入ってはどうかと」

 バンフレッフが俺に、メドリーニ王に保護を求めるよう勧めた真意がようやくわかった。密偵だし、トールの言うように毎回人質とるやり方は本当に頂けないが、この男なりに筋の通った理由はあるわけだ。

「個人間の争いが、王と王、国同士の争いに変わるだけではないかの?」

「だな。エルフのものはエルフに返す、そうすりゃ人族は誰も手を出せない。それが一番だと思うね、俺は」

 結局のところ、はじめに『湖』で提案された「シバラを探して使用者登録を解除し、剣を手放す」というのが、最も単純でまともな対処なのだ。実現できるのか半信半疑のまま出発したが、こうしてシバラのもとに辿り着いた以上、もはや他の手段など検討にも値しない。

「剣の製作者になど、到底辿りつかぬと思っていたのだ。しばらく好きにさせて、諦めたところで再度、王の庇護下に入るよう納得させればよいとな」

「だが実際、儂の元へこうして来たのだ。そなたの主人の望みは残念ながら叶えてはやれぬ」

 それがシバラの結論だった。

 シバラが剣の管理魔法を復旧するまでの二十日ほどの間、俺とトールにヴァンネーネンは、庵に滞在することを許されていた。

 バンフレッフははじめ、シバラから俺の連れの一人と認識されていたのでその中に含まれていたのだが、ここで待っていても彼の目的が達成される望みはない。

「希望するならば、森の外縁まで送り届けてやろうぞ。もちろん、他の者と一緒に滞在してもよい。ただしいずれの場合も、ここを離れる時には、来る時に辿った道のりを思い出せぬよう細工させてもらうが」

 これについては、他の皆も同様の処置を受けることに同意している。実際、後になってシバラの居所を知りたい誰かに接触される可能性があるので、本当に忘れてしまう方が気は楽なのだ。

「少し考えさせて欲しい。そうだな、二、三日ほど」

「よかろう。身の振り方が決まれば声をかけるのじゃ。……さて、ここでの過ごし方について話そうかの。やっと本題じゃな」

 バンフレッフが答えを保留したのを受けて、シバラは気を取り直したように微笑んだ。

「寝起きだの湯あみだのは、各々好きにせよ。生活においてわからぬことや困ったことは、力鎧に命じればたいがいなんとかなる。食事は日に三度、力鎧に作らせるが、冷めても良ければ食べる時間も自由にしてよい」

 本来、シバラは招かれざる客である俺たちの世話をする義理はないはずなのだ。しかし単に親切なのか、剣を破壊しなかったために起きた状況という点に責任を感じているのか、こうして不自由ないように配慮してくれている。

「外部との連絡はすまぬが許可できぬ。途中で儂の庵から出ることもじゃ。地上で家を囲む柵を通ったのを覚えておるか?あの内側なら、どこに行っても構わぬ。もちろん越えられぬよう魔法がかけてあるが、柵を越えようと試みた場合は、作業の完了まで眠らせたまま過ごさせるから、そのつもりでおれ」

 出たよ、エルフのすら許さない対応……。いや俺やヴァンネーネンは絶対やらないだろうし、トールもそこらへんは信用できる。バンフレッフは……まあ知らん。自己責任というやつだ。

「あとは……今さっき、儂の研究室まわりの建物には鍵をかけた。触ってはならぬ物があるのはあそこだけなのでな。儂は大体そこで作業をしておるが、用事があるときは直接来てもいいし、力鎧に申し付けて案内させてもいい。上にはあまり顔を出さぬと思うからな」

 そんなことを一気に話して、では解散じゃ、とシバラは締めくくった。

 なんとなく気まずい雰囲気を抱えながらも、来た道を辿って屋敷まで戻る。

「好きにせよ、と言われてもなあ」

 とりあえず居間に戻り食卓に座ってみたものの、バンフレッフが髭を撫でながらつぶやいた言葉はおそらく全員の本音と同じだった。

 俺たち四人は、行動を共にはしているが、付き合いが長いわけでもないので、これまで共有していた目的がなくなった状況に放り出されて戸惑うしかない。

「いやでも待てよ……考えたらさ、こんな機会もうないんじゃね?」

 トールが神妙に言う。

「機会ってなんのだよ?」

「休む機会だよ!だってさ、ここにいる間は、シバラさんが飯を食わせてくれるんだろ?!でもって、仕事ができるわけでもねーし!『湖』じゃ、話し合いがいつまで続くかわからなかったし部屋からも出れなかったから軟禁ぽかったけど、ここはちょっとは自由にできるし!オレは休む!ゴロゴロしたりする!」

 拳を作って力説するトールを俺も含め他三人はしばらく見つめ、そして各々思案し……

「一理ある。休もう」

 全員の意見は多分一致していた。

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