第79話 行列

 環さんが小学二年の6月、学校を休んで3日間ほど母方の祖父母の家に帰省した。

 どうしてそんな時期に行ったのは覚えていないが、法事か何かの行事があったのは確かだという。

 ところが祖父母の家に着いた夜、彼女は急に熱を出してしまった。翌日も熱は下がらず、両親と祖父母は仕方なく、彼女を置いて出かけることにした。

 和室に布団を敷いてもらい、大人しく寝ているように言いつけられた。朦朧としながら横になっていると、枕元に祖母がやってきた。

「たまちゃん、今日は○○○さん(覚えていない)の日だからね。おばあちゃん達が帰ってくるまで、そこは開けちゃいけんよ」

 そう言って、庭に面した障子を指さした。


 いつの間にか環さんは眠っていた。目を覚ますと、正午近くになっていた。

 枕元に蝿帳が置いてあり、中に大きな水筒とお粥が用意してあったのを、今でもはっきりと覚えているという。喉が渇いたので、彼女は体を起こして水を飲んだ。

 五月雨が静かに降っていた。

 突然庭の方で、シャン、と涼しげな音がした。見ると障子に影が映っている。庭を誰かが歩いているようだ。しかも、何人もが行列になっている。

 何だろう? と思った環さんは障子を開けようとしたが、そのとき祖母の言葉を思い出した。なぜかわからないが、「開けたら○○○さんに怒られる」という考えが、直感的に頭に浮かんだ。

 そこで、彼女は口に人差し指を入れて湿らせ、障子にぷすりと穴を開けた。これなら障子を開けたことにはならないだろう。

 右目をつけ、そこから庭を覗いた。

 花嫁行列だった。

 黒い紋付を着た人々が、白無垢に綿帽子の花嫁を囲むようにして、しずしずと庭を練り歩いていた。提灯を持ち、腰が折れ曲がった老人が一同を先導している。提灯から鈴がたくさん下がっており、老人が歩くたびに、シャン、シャンと音を立てていた。

 行列を作る人々は皆、白い紙のようなものを顔の前に垂らしていた。


 気が付くと、環さんは布団から上半身だけはみ出して寝ていた。玄関が開いて、がやがやと家族が帰ってきた気配がした。

 夢かと思ったが、障子に開けた穴はちゃんと開いていた。

 見てはいけないものを見てしまった気がした。誰にも言えないまま数年後に祖父が亡くなり、その翌年に祖母が亡くなった。

 祖母の死後、母は早々に実家を処分してしまい、その後故郷を訪れることはなくなった。


 ちなみに自宅に帰った後、環さんは右目の視力だけが急激に下がった。

 何軒か病院を回ったが、結局原因はよくわからなかった。

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