緊張してる朝。諦めない

「うう~……」


 沖縄の美味しい朝ご飯を食べた良平は班員の人たちに合流した瞬間、頬を真っ赤にした恵里菜が夢乃の後ろに隠れた。

 恐らくは昨晩に理性が効かなくなって良平に子供が欲しいなどと言ったことを思い出して恥ずかしくなったのだろう。

 思い出すのは勝手だが、恥ずかしくなってはせっかくの修学旅行を楽しめなくなるのは明らかだ。

 桃花と詩織以外は大切に思っていないから恵里菜のことはどうでもいいものの、修学旅行の終わりまでこうなっては少し気まずい。

 以前の良平なら相手のことなどどうでも良かったが、気まずいと思ってしまった辺りは少しずつ感情を取り戻しているからだろう。


「あなたたち、何かあったの?」


 不思議そうに思っている夢乃が首を傾げて尋ねた。

 昨日は下着を異性に見られるというハプニングがあってもきちんと話すということは、もうあまり気にしていないのだろう。

 あくまで事故なのだし、気にしていても仕方はないと思っているのかもしれない。

 自分がどう思われようと知ったことではないが、事故のせいでキツく当たられるのは勘弁してもらいたいから良かった。

 多少だったら気にならないものの、あからさまな態度をとられると気になる。


「あったな」

「良平くん……」


 昨晩のことは言わないで欲しいと思っているのか、恵里菜は人差し指を唇の前に立てて「しいぃ……」と訴えかけてきた。

 流石に子供が欲しいと告白したことを他の人に知られるのが恥ずかしいのだろう。


「まあ、ある程度は予想がつくのだけれど……」


 恵里菜が良平に告白した、と夢は思っているのかもしれない。

 告白はあっているが、子供が欲しいと告白したとは夢にも思っていないだろう。


「もうすぐ集合の時間ですよ」


 恥ずかしそうにしている恵里菜を見ていられなくなったのか、サラが話しに入ってきた。

 確かにスマホで時刻を確認すると後十分ほどで集合時間になってしまうため、そろそろホテルのロビーに戻った方がいいかもしれない。

 今日はこれから石垣島に向かい、沖縄に着た醍醐味を味わうために海に行くことになっている。


「私としては、ここよりさらに暑い石垣島に行くのはしんどいですが……」


 行く前から既に憂鬱そうだ。

 紫外線が苦手なサラには、沖縄の海を存分に楽しむことは出来ないだろう。

 水着に着替えても何か羽織ってパラソルなど日光が遮られる場所にいるしかない。

 サラだけ海じゃなくて他のとこに行った方がよっぽど楽しめるだろう。

 でも、ラブコメアニメ好きなサラからしたら海は定番イベントではあるため、行くだけはしたいようだ。

 ラブコメで夏は海やプールに行くのは当たり前のように使われるし、異世界ファンタジーにも使われるほどに海イベントは王道と言える。

 男性向け、女性向け共に美男美女の水着は読者にとってサービスシーンになるし、使われない理由はない。


「大丈夫よ。サラには私がついていてあげるから」

「夢乃ちゃん……」


 二人は桃花と詩織以上に仲良くしているようで、k未だに後ろに隠れている恵里菜を無視して友情を確かめ合っているようだ。


「百合?」


 今の二人は女性同士で愛し合っているくらいに良平には仲良く見える。


「ち、違うわよ」


 速攻で否定された。

 女性同士で愛し合っていようといなかろうとどうでもいいことなので、良平はスルーして恵里菜の前に行く。

 近づかれて恥ずかしくなったであろう恵里菜は離れようとするが、もちろんそんなことは許さないから彼女の腕を掴んで阻止する。


「昨日はありがとう」

「ふえ?」


 お礼を言われるとは思っていなかったのか、詩織は間抜けた声を出す。

 好きな相手ではないものの告白されたのだし、お礼を言った方がいいと良平は思った。


「まあ、一応は嬉しかったから」


 付き合う気がないから昨晩は突き放すような態度をとってしまったものの、感情を取り戻しつつある良平は告白されて少し嬉しいと感じたのだ。

 桃花がいたから感情を取り戻しつつあるが、もし、彼女がいたら仲良くしたいくらいは思ったのかもしれない。


「そんなこと言われたら、諦めきれなくなっちゃうよぉ……」


 心のどこかで諦めかけているかのような言葉だった。

 彼女がいる人に告白しても返事は分かりきっているのだし、内心諦めようとしててもおかしくはない。

 昨晩は理性が崩壊していたから諦めるという言葉が頭になかったようだが、今朝になって恥ずかしさと同時にフラれたショックも襲ってきたのだろう。


「少なくとも桃花は諦めなかったけどな」


 桃花は良平と付き合うために形振り構わす迫ってきた。

 子供が出来たという嘘、写真を撮って脅すという褒められた方法ではないにしろ、桃花は良平と付き合うまでに至ったのだ。

 恐らくは良平に彼女がいたとしても同じことで、付き合うためにどんな方法でもしてきただろう。

 どんな方法でもというのは少し恐ろしいが。


「諦めなくて、いいの?」

「それは俺が決めることではないから」


 どんな人でもスッパリと諦められるのであれば、フラれて自殺する人はこの世からいなくなる。

 それに諦める諦めないはフった人が決めるものではない。


「じゃあ、諦めない、ね?」


 えへへ、と笑みを浮かべた恵里菜が腕に胸を押し付けてくっついてきた。


「頑張って良平くんの子供を妊娠するね」

「そっち?」


 付き合うじゃなくて妊娠なんだ……と思いながら良平はため息をつく。


「やっぱり告白してフラれたのね。予想のはるか斜め上だったけれど……」


 ジド目で良平たちを見る夢乃だった。

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