第26話
とりあえず提出は終わった。
政治的な駆け引きや、軍事的な観点からの情報の扱いはウィルたちにまかせる。
陛下は好きにしろと言ったが、それはつまり「ちゃんと大人と相談しろよ」という意味でもある。
貴族学院の先生たちは官僚や政治家でもある。ちゃんとその辺の話し合いをしてくれるということだ。
政治や利権の都合で最終的な扱いがどうなるかは未定だ。
陛下は公開に前向きだし、この圧倒的利便性を前にして「捨てる」という決断ができるかはわからない。いやたぶんできないだろう。だって若手にはチャンスを生むガチョウ、大御所には金のなる木だもの。
欲を捨てて握りつぶすなら、逆にチート級の自制心を持ったハイパー優秀集団と言えるだろう。
それに軍事や内政的な問題だったらどうにでもなる。
ライブラリの扱いなどを民間用と軍事用で変えたりすればいいだけだ。
ディストリビューション、要するに配布用の完成品を変える必要は出てくるかも。
攻撃魔法を削除するとか。それですませちゃえばいい。
民間でも必要になるのはモンスターなどの危険生物の対策や狩りだろう。
でもそっちは散弾銃を使えばいい。
ドラゴンとかの災害級のモンスターに対抗する手段は私にもない。
つまり銃は民間と歩兵用、大きいのは軍用OSで。
完璧な棲み分けだ。
そんな危ないもの持たせても、陛下なら世界征服に乗り出すこともないだろう。
そういう意味じゃ安心だ。
アーサーが王になったらどうなるかわからないけど。
蒸気機関などのハードウェアの方も、おおむね受け入れる方向で調整されている。
この間のお祭り騒ぎでもわかるとおり、利便性は誰でもわかっている。
当初は魔道士たちが反対するかもと思ってた。むしろ反対すると思ってシナリオを練っていた。
「責任の所在はどこなんだー!」とか。
でも蓋を開けたら、OSもハードも開発者が私一人だったせいか反対は少なかった。
私という存在を野放しにしたうえで制御した方が楽だし、OSそのものが便利なのは事実なのだ。
このOSさえあれば、
実際は「設計なめんな」という話になるだろうけど。
私だって「寸法がギリギリだ。詰め込むんじゃねえ!」と職人さんに怒られてばかりなのだ。CADあるある。
念のため持っていった旋盤とフライス盤も、一台ずつ貴族学院に納入した。
貴族学院の先生たちも、理事のおっちゃんたちも大喜びだ。その日のうちにお礼状が届いた。
もっと、魔道士たちに怒鳴られたりするかなと思ったけど、やたら愛想がいい。同じ会社の技術職みたいな扱い、いや提携してる大学の研究室扱いかもしれない。
あ、そうか。在野の変なやつだけど、ちゃんと筋を通して技術、つまり全財産を魔道士の未来のために差し出した形だ。一応、私も貴族だし身内扱いだしね。
要するに私の詐欺っていう線はないし、無料で誰も損しないし、しかも便利だからもう受け入れちゃえ。である。
国王陛下に先に提出したし、すでに第二王子が使っているしで、すでに稼働中のシステムだ。揉み消すのは不可能。
表向きは誰のメンツもつぶしてないしで、認めるしかない。
スタートアップですでに完成してるプロジェクトの方がクラウドファンディング集めやすいのと同じだね。
あとは私と仲良くして最新情報とノウハウを手に入れたいと言ったところだろう。
陛下や法務官からも公式の文書でお褒めの言葉をいただいた。魔術結社の情報提供が相次いだらしい。
誘拐、脅迫、暴行、傷害、殺人と。自分たちの組織のためなら犯罪に手を染めることも恐れない。それが秘密結社というものである。
だけどそれが裏目に出た。いくつもの組織が方々から恨みを買っていたので、用済みになったらポイ捨てされたわけである。
前世の世界と同じだ。ネット時代になって、今まで見逃されてきた違法行為を片っ端から表に出されて、いくつもの組織が瀕死になったあれだ。
私のOSの方が強いので魔術結社はオワコンかもね。
総評はおおむね勝利。だけど、これから魔術結社に命を狙われる予感。でもウィルがいるから手を出せないんじゃないかな? アーサーもオワコンもいいところの魔術結社と手を組むほどバカじゃないだろうし。幸先のいいスタートじゃないかなと思う。
私はウィルとリリアナとの接触方法を考えていた。
どうにかアーサーに警戒されない方法で接触したい。
「レイラ、それでどうするんだ?」
「うーん、とりあえず見学しながら食堂に寄りましょうか」
食堂待ち伏せ作戦。ニンニン!
寄宿制学校なので、一日に一回は必ず食堂に寄るはず。
「待ってる間、暇じゃね?」
「あら、詩についてでも語り合います?」
「お前なあ、『二十日大根まだかなまだかな』という詩を書くやつが何を言ってやがる」
「だってー! 野菜も食べたかったんだもん!」
産業学校の食事は、港町なので魚メインだ。
栄養素より量。職人なので味付けも塩辛い。
私はお肌のためにも野菜を食べたい。
だから市場で買った分だけじゃなくて、寮の庭でも栽培しているのだ。
なお詩の才能はウィルの言うとおり、ない。
「と、とにかく行こうよ! 貴族学校の食事食べたいよ!」
「本音はそれか!」
だって実家の食事はおいしくなかったんだもん。
農地の近くなのに取れたて野菜とかじゃなくて、片っ端から煮込んでたし。
料理作らせてって言っても作らせてくれなかったし。
まあ私の腕じゃ醤油と味噌と酒、それに化学調味料がないと、おいしい食事は作れないけどね。
なお産業学校の寮での食事は、野菜がないのを除いて不満はない。下町の味大好き。
ではレッツゴー。
城から馬車で貴族学院に向かう。まーくんとジョセフも一緒だ。
だから歩いて10分の道でどうして馬車を使うんよ。この文化は慣れない。
中で受付をすませ、一応見学をする。
と言っても、やっているのは詩と音楽の授業だった。
魔術は私のせいで魔術のカリキュラムが全面見直しになったため、しばらく休講。再開は未定。
それに伴い、魔術の実習のある騎士団の演習も休講。
どえらいことをしてしまったような気がする。少し反省。
すぐに飽きたので食堂に行く。欲望には正直に。
食堂は産業学校とは違い、カフェのような内装だった。
メニューは大量。お茶の種類がとても多い。
しかもメニューの注文に必要なのである。
さっぱりわからぬ。一応貴族と言っても私は田舎者。地元のお茶しかわからないのだ。
「ハーブティーはないか……」
産業学校の学食には麦茶しかないので、鉢で育てたハーブをお茶にして飲んでいた。(ミントなどは際限なく増えるので鉢で育ててる)
濃いミント茶に蜂蜜を入れたのが好きなのに。
「ウィル、どれがいい?」
「麦茶がない……絶望した」
お前もか。麦茶は日本でおなじみのあの味である。
だがないのである。
メイドさんが困った顔をしている。
だが私もウィルもまーくんもジョセフも無言だった。
誰もお茶の種類をわからなかったのだ。
騎士団所属のまーくんでさえわからないのである。
だって興味ないもん。麦茶よこせ。
これから貴族との接点も多くなる。産業学校の方でも貴族社会の一般常識の講義をしなければならない。
「オススメのはございます?」
最後の作戦「店員のオススメ」である。
「はいではこちらを」
メイドさんはさらに詳しいメニュー表を出す。
おいやめろ。一覧表持ってくるのだけはやめろ。読んでもわからないから。
恥かくだけだから!
「あなたのおすすめを頂戴」
若干顔が引きつったのはご愛敬だろう。
「かしこまりました」
ふう、危機は去った。
「ウィル……お茶の種類の講義を手配して。早晩恥をかくわ」
「ああ、マナーに詳しい人も頼んでおく」
しばらくすると料理が運ばれてくる。
そうか料理もおすすめになったのか。
煮込み料理。
やあ、また会ったね。煮込みちゃん。
実家と同じ色合いの煮込み料理がやって来る。
黄色い看板のラーメン店で出すようなボソボソ肉に原型のわからない野菜。そして薄い塩味。
うーん、まずい。
料理の味は産業学校の完封である。
ウィルも、まーくんも、ジョセフすらも悟りを開いた顔をしている。
そうか、出汁を取ってないのか。
食べ終わると次の皿が出てくる。面倒なので一度に運んで欲しい。
次の皿はクラッカー。大量のジャムがついてくる。
味は前世の横須賀で買った
そうか、王都よりウラヤーの方が食べ物はいいのか。
最後にお茶が出て終わり。城の方がはるかに豪華だと思うのよ。
「ウィル、お願いがあるんだけど」
「うむ、後で街で買い食いするぞ」
私たちは同じ事を考えていたらしい。
10代の胃を満たすには量が足りない。
「まーくん。これは報告した方がいいかな? 私は圧倒的に量が足りてないと思うのだけど」
「噂には聞いてましたが、ひどいものですね」
不満が爆発しそうになっていると、ジョセフが私の手をつかむ。
「レイラ、あれがそうじゃないか?」
なんだろうと顔を向けたら知ってる顔が。リリアナだ。
なんでジョセフがリリアナを知っているのだろう……。
だが次の瞬間全てが吹っ飛んだ。
だって、リリアナちゃん。
ショートカットにして作業服を着ているんだもの。
そりゃ一発でわかるわ。
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