第八十話 風の向こうへ
いい感じに長老と別れたところで、俺はジュゼに尋ねた。
「本当に他に良いの居なかったの?」
「と言いますと?」
「魔王候補の話。」
前回の選挙はアリチャードしかいなかった。それは混沌の魔界の手引きなどがあってのことだったが、実際の所本当に俺以外まともな奴が居ないのだろうか。そこを改めて確認しておきたいと思った。他の奴に任せられるなら任せたいからだ。…少なくとも次の次の期になるだろうが。
「居たら苦労していません。かつてのエレグ様が出馬した選挙では、アリチャード以外にも出馬した候補者がおりましたが、結局かつてのエレグ様"でさえ"綺麗事を並べるだけで当選しました。意味お分かりですね?」
かつての俺、つまり入れ替わる前の俺という意味になるが、それはそれは暴君であったと聞いた。それが当選出来る。それはつまり、他がロクでもないということだ。
「前の話になるので多少曖昧ですが…。例えば吸血鬼のドラキア。彼は全魔界民に対し血の要求をしました。その代わりの対価として永劫の命を与えると。ですがそれは、よくよく聞いてみると、自分=ドラキアに血を吸わせるということを意味していました。吸血鬼に血を吸われるということは、吸われた者は死霊族となり、かつ血を吸った者の下僕となることを意味します。当然落選しました。」
そりゃ落選して当然だ。
「或いはゴブリンのリンビィ。彼女は鬼族の復権を訴え、鬼族に最高の権力を与えるべきであると訴えました。しかし鬼族の人口比率は過半数には足りませんし、そもそも鬼族の中でも彼女は異端視されていました。当然落選しました。」
俺は無言でそれを聞いていた。
「同じくゴブリンのゴーブ。彼は逆に鬼族を奉仕種族として全魔界民に仕える奴隷として採用することを訴えました。彼は自身の種族を憎んでいたのです。ですが他の種族からしてもそのようなことをされても困るということで落選しました。」
「…まともな奴いないのか。」
「いません。」
俺は大きなため息を吐いた。
「辛い。」
そんなのが立候補出来るこの世界も怖い。
「心中お察しします。まぁともかく、今のところ貴方以外に任せられる人が居ないというのは理解して頂けたかと思います。」
「ああ。嫌になるくらい。」
「結構。では行きましょう。」
俺は無言で頷いた。俺がなんとかするしかない。ここまで色々世話になり、そして世話をしてきた魔界だ。守らにゃならん。出来ることをせねばならん。そのためにも土地の確保が必要で、そのためには風の力が必要で…。つくづく面倒だなこの流れ。頭の中でぼやきながら、俺とジュゼは風の聖域近くへと転移した。
かつて来た事のある、昔は未開拓領域と呼んでいた場所。風の聖域。その前へと到着した。
相変わらず境界を示す地裂と、そこから巻き起こる風、そして風の魔力は健在であった。砂嵐の如く視界を遮るそれのせいで、地裂の奥に何があるのかは見えない。
俺は手にセラエノから貰ったプロトバロットレットを握った。何かこれから力を得られないだろうか。
…何の反応も無い。流石にそこまでトントン拍子にはいかないか。
「何してんのぉー?アータ。」
「見りゃ分かるだろ。ここを超えようとしてるんだよ。」
「もしかしてウィーウィンド様に何か御用?それは無理じゃないかしら。」
誰だそれ。…というか今誰と会話してるんだ?俺は声の方に振り向いた。
ハルピー族の族長、セラエノの姿がそこにあった。
「すまん。なんかノリで話を進めてしまった。」
「いいのよ。ところでどうしたの?」
俺は事情を説明した。
「ふーん。それならウィーウィンド様に会った方がいいでしょうけど、今は難しいかもね。」
「結局それは誰なんだ?」
「風の神様。たまにお会いするの。今もあの方のところへ行こうと思っていたところ。」
今まで会ってきた神の名前が基本的にちょっと変わっていたので、結構風っぽい名前だなと思ったりしたのは内緒である。
「ほー。…でも今は難しいってどういう事だ?お前さんも会いに行く途中だったんだろ?」
ジュゼがハッとした様子で「まさか…あの噂は本当だったのですか…?」ポツリとつぶやいた。
「ええ。多分アータの予想している通りよ。」
俺は全く分からん。ジュゼとセラエノを交互に見ながら俺は言った。
「何?何なの?」
「風の噂で聞いた事があるのですが…風だけに。」
「つまらないぞ。」
「失敬。その、風の未開拓領域は、数千年に一度風が止む事があると聞いた事がありまして。それが何か異変の予兆と聞いた事があったので、もしやそれが関係しているのかと。」
「んー、大体当たりかしら。異変の予兆というか、それ自体が異変によるものね。風が止むのはホント。その理由っていうのがね、ウィーウィンド様の"再生"なの。」
「再生?」
「転生とでも言いかえようかしら。要するに寿命を迎えて、一度死に、そして生まれ変わるの。」
そんな事があるのか。俺はまだまだ知らない事が多すぎるようであった。
「まぁ知ってる人はごく一部よ。そらーそんなのが公になったら大変だからね。風の聖域が侵されるでしょ?だからそういう時は、その時のハルピー族の族長が一時守りに行くの。でね?」
セラエノがそう言った瞬間、轟々と唸る風の音が少しずつ薄れていく。そういえば最初に来た時は会話もままならない音だったのに、今は普通に会話が出来ている。それだけ最初から風が(以前と比較して、だが)凪いでいたという事だろう。
そして、風の音が止んだ。
「こうして風が止んだという事は、今まさにウィーウィンド様が一度お眠りになったという事なのよ。」
また妙なタイミングで居合わせてしまったようであった。
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