第六十二話 その眠りは怠惰か休息か

 後の三箇所も見た目通りの場所であった。

 ある場所では骨達がキャッキャウフフしており、

 ある場所ではゾンビ達が腐った肉を食い、

 ある場所ではレイスが枕に頭を沈めぐっすりと寝ていた。


 想像だにしない光景に俺はしばし言葉を失った。何も予想外、魔界でこんな光景を目にするとは思わなんだ。というか最初のアレはマジで見たく無かった。骨と化した者達が唇にあたるであろう上顎骨・下顎骨を付き合わせ、そしてそのスカスカの腕で互いを抱き合い、そして…。

 オェェェェェェェェェェェエッ。

 思い出してしまった。忘れたい。忘れよう。忘れさせてくれ。

 そういえば腐った死体共も同じような事してたな。

 …止めよう。この話は止めだ!!思い出したら死ぬ!!死にかけてるけどマジで死ぬ!!


 さて、俺はここで詰まった。俺にこんなものを見せてどうしろと言うのだ。確かに死霊族の面々は生き生きとしているが、こういう政策を立てろという事なのだろうか。

 …生き生き。その事に俺は少し引っかかった。確かに皆楽しそうだ。充実している。それは心が満たされているという事でもある。つまりこれが心の力の源?

 歌を歌ったり、食事したり、寝たり、(ピー)したりするのが心の力の源という事なのか?俺には疑問に思えた。少なくともそれだけが力の源になり得るとは…。


 あー分からん。

 俺はもう一度最後の建物ーーー皆が眠ったりボーッとしている建物に入り、端の方に置いてある枕を見つけると、そこに顔を埋めてしばし眠りにつく事にした。まだ時間はあるのだ。少し休もうじゃないか。頭を休めて、それから考えようじゃないか。俺はそう心に決めて目を閉じた。思えば怒涛の日々だった。その中のしばしの休息という感じである。



 こういう場合、往々にして後悔するものである。今回もそのご多分に漏れず、起きてみると残り時間が後二時間というところに迫っていた。

「ぎゃああああああああああ!!」

 俺は絶叫した。二十時間以上寝るバカがあるか。ここに居たわけだが、いやもうバカとしか言いようがない。残り二時間でどうしろってんだ。

 慌てるな、落ち着け。少し考えてみよう。俺は自分に言い聞かせながら、考え込んだ。このクソみたいに無駄に思える時間を費やした結果、何か得られたものは無いだろうか?

「…まぁゆっくりは出来たか。」

 自然界とのゴタゴタに加え、書類整理やら現地視察やら、様々な仕事をこなしていたこの数ヶ月。あっという間に過ぎていった感はあるが、その分明らかに疲れが溜まっているのは感じていた。今回眠りについた事で、少しばかりゆとりが出来たようには思う。だがそれと心の力と何か関係があるのか?

 俺は答えが出ないまま、しばし考え込んだ。

 そして今まで見てきた四つの建物を見て、何か共通点が無いか考えて見た。歌、キャッキャウフフ、食事、睡眠。睡眠、或いは安らぎ、或いは…怠け?

 その時、最初の建物で聞いた歌の歌詞が浮かんだ。


『この怒り!!怒り!!怒り!!この歌に載せて歌うぜ!!』


 怒りーーー憤怒。愛ーーー色欲。食事ーーー暴食。怠けーーー怠惰。

 それは俺が元の世界でも聞いた事のある単語であった。

 七つの大罪。キリスト教における罪の源。

 何?心の力がそれと何か関係してるの?

 俺は余計に混乱した。罪を背負う事が力の源とでも言いたいのだろうか?

『惜しい!!惜しいZE!!もう少し考えてみな!!罪って何から来ている?』

 コスマーロの声が響く。もういいじゃん教えて助けてくれよう。

『自分で考えなきゃ意味ねぇだRO!!さぁThinking Timeだ!!』

 はぁ。俺は溜息を吐きながら、ヒントと共に考えを巡らせた。


 罪の源とはなんだろうか。心の中で湧き上がる衝動。そうしたものが罪ーーー怒りや食欲、色欲へと結びつく、ような気がする。

 欲。

 その言葉に少し引っかかるものを感じた。欲望、心の不足を満たしたいという気持ち。それは何かの行動の原動力となり得るものである。

 例えば先程までに出てこなかった七つの大罪の中に、確か「傲慢」というものがある。これは虚栄心を満たすため、或いは人を見下すための行動の言動力となりうるものである。それは得てして良い事では無いが。ただ、何か行動を起こす事を躊躇う者も多い中、例え理由がそのようなある種の悪であったとしても、一歩踏み出すという事は何らか評価されてもいいのかもしれない。

 …つまり何か。欲望、渇望する心、そうした物が心の力の源だとでも言いたいのだろうか。

『YEEEEEEEEEEEEEES!!』

 コスマーロの声が再び響いた。

『だが勿論、全部の欲望が良いとかそういう事じゃあないZE!!詳しい話をしてやろう!!説法ってやつだNA!!奥の神殿にCome on!!』


 その言葉と同時に、何やら奥の方の建物ーーー今まで目が届かなかった建物が眩く光り出した。辺りの闇を吹き飛ばさんとする「コスマーロ様のTemple」と書かれた、これまたド派手なネオンが光り輝く、ギリシャなどにありそうな石造りの神殿であった。

「これから魔王への説法が始まるZE!!皆は来ちゃダメだZE!!」

 コスマーロの声が心ではなく耳の方へと響く。どうもあの神殿から聞こえているようだ。人々は「Oh Yeah!!」と口々に叫び声をあげた後、それぞれあの神殿を避けるように歩いて去っていった。随分と統率が取れているものである。俺は半ば感心しながら、神殿の方へと浮遊して向かっていった。

 はてさて、どんなありがたいお話が頂けることやら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る