第二十二.五話 勇者として生まれた女

 アタシはサリア・カーレッジ。勇者と呼ばれている。ブレドール王国の外れ、ブレイ村で生まれた。生まれた時、人々は泣いて喜んだと父母からは聞いていた。それほどに喜ばれた命なのだと自分の事を誇らしく思う事はあった。だけど今となっては、それはアタシという個人が生まれたからでは無く、この手に浮かぶ赤いアザに対してなのだろう、と思ってしまう。


 赤いアザ。アタシが今のアタシである所以、勇者と呼ばれる所以。これを持つ事に対し、今まで悪く思う事は無かった。皆がそれを見て持て囃してくれたからだ。


 そして勇者の役目とは、世界を悪に染める魔王を倒し、人々に平穏を齎す事なのだと、アタシはずっと聞いてきた。


 それらの聞いてきた言葉を、それを発した村の皆や国の皆を、決して疑う事は無かった。ずっとアタシは勇者なのだと信じ、そして魔王を倒す事が自分の使命なのだと思っていた。


 ついさっきまでは。


 魔王と呼ばれた竜族の人間と出会い、言葉を交わし、そして彼に助けられた今、アタシの脳裏には疑問ばかりが去来していた。果たして魔王は本当に悪なのだろうか。魔王を倒せば人々に平穏が齎される?本当に?


 そして、アタシは、本当に、勇者なのだろうか。


 考えて怖くなった。もしそうだとしたら、アタシは何の為に生まれてきたのだろうか。ずっと使命のために生きてきたのに。それが否定されたら、アタシはどうやって生きていけばいいのだろうか。



 滝の音が聞こえる。ザーザーという音が。自分の抱いている疑問も、こんな勢いで流れてくれればいいのにと思う。だけどそれはアタシの脳裏にこびり付いて離れない。いっそ飛び込んでやろうかとも思ったが、それは流石に足が竦んで出来なかった。


 ふと見上げた空が滲んでいた。


 多分、疑問の幾つかは、自分の中で答えは出ているのだろう。だけどそれを認めれば、…アタシはどうなるのだろうか、それが不安で仕方ない。


 整理しなければならない。自分の中で結論を出し、いや出ているのかもしれないが、それを受け入れ、そして何より、今後どうするかを決めなければならない。


 滝は変わらずに流れ続けていた。


 アタシは変わらねばならない。少なくとも、今までのように、村の皆に言われたからと疑わないという姿勢は改めねばならない。


 そのためにはどうするべきだろうか。


 まず国に戻ろうとアタシは決めた。過去の勇者が果たして何をしてきたのか、それを知る必要がある。その上で魔界にも行ってみよう。退治するとかではなく、単純に、彼が言った通り、魔界を知るために。


 よし、では行動しようと思った時、壊れた剣と古臭い鎧が目に入った。喜びながらアタシにそれを渡してくれた村の人達の笑顔が思い起こされる。だけど今考えると、あの時の言葉は全て"勇者"に対するそれであった。最近病気で亡くなった父母すらも、亡くなる直前は、アタシの事をサリアと呼ばずに勇者とだけ呼んでいた。



 アタシはサリアだ。勇者かもしれないが、サリアなんだ。



 アタシはしばし考えた後、それを滝壺へと落とした。もう村には戻れないな、と自嘲した。戻る気も無かったが。

 そしてアタシは山道を下り始めた。




 数日後、イージス王国へ出掛ける前にも一度立ち寄った街、ブレドール王国の城下町に到着した。強行軍だったせいでかなり疲れが溜まっているが、仕方ない。肉体的には疲れでヘトヘトだが、それ以上に気が早っていたのだ。道中、皮の手袋を買った。アザを見られて勇者だなんだと持て囃される気分では無かったのだ。そのお陰か、門番にも誰にも勇者と言われる事は無かった。その事がむしろアタシ自身が見られていなかった証左として重くのしかかる。


 気を取り直して辺りを見回し、まずは勇者についての本を探すため、王立図書館へと向かう。気のせいだろうか、出掛ける前に立ち寄った時より、重々しい雰囲気に満ちていた。どことなくピリピリしていて、武装した兵士が街中を闊歩している。何かあったのだろうか。疑問に思いつつも、案内板に従い、図書館へと向かった。


 図書館は閑散としていた。物を静かに探すには丁度いい。アタシは勇者に纏わる記録が無いかを探した。


 とりあえず目新しい本があった。「歴代勇者の記録」。ド直球なタイトルである。アタシの前の代までの勇者の軌跡が書かれているという売り文句だった。見てみる事にした。



 いやまあなんというか、微妙な内容だった。美辞麗句で如何に勇者が素晴らしいか、罵詈雑言で如何に魔王が悪しき存在かを書いた力作といった印象だった。勇者が魔王を倒した後どうしたかも書いてないし。大体、勇者全員が魔王を倒した事になっている。本当か?アタシはもうそこから信じられなかった。何せあんな魔王を見た後だ。おまけに選挙だっけ。そんな魔王を倒す?


 ハッ。


 アタシは誰も居ないからといって声に出して嘲り笑ってしまった。冗談にしてもつまらない。


 となれば過去の勇者は結局どうしたのだろう。昔はまだいい。アタシの前の代の勇者は、よほど昔でない限り、魔王を倒すなんて事とは無縁のはずだ。


 アタシの前の代の勇者について調べてみると、どうも二十年程前に旅立ったらしい。で、不思議な事に、この人だけ行方知れずなのだとか。本によれば、「一説によると、魔王との決戦で民を守りその勇敢な命を散らしたとも言われている」らしい。流石に行方不明のやつに功績をでっち上げるわけにはいかなかったらしい。そこには名前だけが書いてあった。ユート・デスピリア。それが先代の勇者の名前らしい。彼の足取りを追えば、勇者の真実が分かるかもしれない。本を閉じ仕舞うと、アタシは情報収集のため、街へと繰り出した。

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