ランスとイリヤ
第117話【家庭教師パターソン】
<<カトウ公爵家家庭教師パターソン視点>>
わたしの名前はパターソン。
キンコー王国王都で魔法の研究をしている。
もちろん、大陸中でも数少ない魔法使いでもある。
魔法使いとしても、王立アカデミーを首席で卒業した秀才としても名高いはずだ。
でも、いまいち評価が低いような気がする。
ユーリスタ様、マリアン様、リザベート様と、とんでもない天才を輩出しているアカデミーの中では、苦労して首席を勝ち取った程度のわたしでは、埋もれてしまうのはしようがないのはわかっている。
よし、得意の魔法と魔法の研究で有名になるぞ。と意気込んでいたのだが、救国の英雄マサル様が6年前に彗星の如く現れ、魔法使いとしての名声を欲しいままにしているため、またしても目立たないのが現実だ。
そんなある日、いつも通っている図書館の掲示板に家庭教師募集の張り紙があった。
わたしは研究者としてはそこそこ名前は通っているが、残念ながら研究だけで飯は食えない。
貴族の家庭教師は、食い扶持を稼げるだけでなく、もしお眼鏡に叶えばパトロンになってもらえる可能性もある。
わたしは、張り紙を手に宛先のカトウ公爵様のお屋敷に向かった。
ここがカトウ公爵様のお屋敷だな。
おっ、ちょうどメイドがいる。取り次ぎを願おう。
わたしは、お屋敷の前で掃き仕事をしていたメイドに、家宰への取り次ぎを頼む。
メイドがお屋敷に入って行くと、すぐに家宰が現れた。
「家庭教師の募集の件でお越し頂きましたでしょうか?」
「そうです。学者をしておりますパターソン・ヘッドと申します。」
「承知致しました。
わたくしは、カトウ公爵家の家宰を申しつかっております、クリスと申します。
早速、簡単な面接を行わせて頂きますので、中の方へどうぞ。」
家宰のクリスさんに促されるまま、奥へと進んでいく。
シンプルだがセンスの光る立派なお屋敷だ。
公爵家としての品性が見える。
クリスさんに案内され、応接室で待つ。
やがて扉が開き、クリスさんとわたしと同年代の男性が入って来た。
「パターソン様、お待たせ致しました。
それでは面接を始めさせて頂きます。
まず、自己紹介からお願いします。」
「はい。名前はパターソン・ヘッドと申します。
王都で8代続く法衣貴族ヘッド準男爵家の3男です。
アカデミー卒業後、魔法研究、特に時空系の魔法を研究しております。
これがアカデミーの卒業証明と履歴書、わたしの書いた論文の一部です。」
わたしは、自信満々で持参した資料をクリスさんに差し出す。
クリスさんはその中身をチェックした後、となりの男性に手渡した。
男性は、わたしの履歴書を見てつぶやいた。
「アカデミーを首席で卒業か。
これならリザベートもユーリスタ様も納得してくれるかな。」
うん? リザベート? ユーリスタ様? もしかして、あの。
「大変失礼なことをお伺いしますが、貴方様はこちらのご主人のカトウ公爵様でございますでしょうか?」
「あっ、失礼しました。まだ名乗っておりませんでしたね。
わたしは、マサル・カトウと申します。
一応、公爵位を頂いております。」
マサル?ってことは、救国の英雄マサル様!
その奥様と言えばリザベート様、とすれば、先程のユーリスタ様とは、リザベート様の母上にあたる行政改革担当大臣のユーリスタ様のことだと!
わたしは知らなかったとはいえ、なんてところに来てしまったのか。
わたしの学歴など、ユーリスタ様やリザベート様に比べれば見劣りするし、マサル様は、超一流の魔法使いとして名高い。
どうしよう?わたしじゃ役不足なのでは?
「パターソンさん、如何されましたでしょうか?
いくつか質問させて頂いても?」
「………はい。」
その後の内容ははっきりと覚えていない。
色々質問されて答えたと思うが、頭の中が白くなっていてよく覚えていない。
ただ採用されたのは間違いないようだ。
なぜなら、わたしの手には採用を認める契約書があるのだから。
お屋敷の中から門の前まで来ると門番が声を掛けてくれた。
「どうでした面接は?」
「採用して頂けました。」
「それはおめでとうございます。
明日からは同僚ですね。よろしくお願いします。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
門番との軽い挨拶だけだったが、採用された実感がふつふつと湧いてきて、思わずガッツポーズしてしまった。
<<マサル視点>>
執務室で書類と格闘していると、クリスさんが入ってきた。
「旦那様、家庭教師の面接に1人来られましたが。」
「わかりました。一緒に行きます。」
ランスとイリスのために家庭教師を雇うことにした。
リズと俺が教育してもいいのだが、甘やかしてしまう可能性があるからだ。
ネクター王から薦められたことも理由の一つだが。
ネクター王いわく、俺達2人は非常識な能力を持っているから、子供が幼い頃は、普通の常識人に任せた方がいいとか。
ヘンリー様やユーリスタ様も家庭教師には賛成だったので、募集することにした。
できるだけ政治的な影響を受けないように、密かに図書館の掲示板のみに募集を出す。
公に募集をかけると、大貴族の子弟だとか、我が家とよしみを持って利鞘を狙う奴とかいっぱい来て面倒くさいしな。
募集をかけて1週間ほど経ったある日、1人の青年が張り紙を持って当家を訪れた。
ちょうど屋敷に入って来るところを窓から見つけたんだ。
ちょっと線が細そうだったけど、何となく真面目で、温厚そうに見えた。
クリスさんが出迎えて応接室に案内している。
「旦那様、今応接室に家庭教師の希望者が来ているのですが、会われますか?」
「そうですね。お会いします。
でも、わたしの紹介は無しでお願いします。」
もし俺のことを知らないで来たのだったら、面接でわざわざ緊張させることも無いしね。
クリスさんと応接室に向かう。
少し緊張しているようだが、受け答えも、魔力の質も悪くないようだ。
履歴書を見ると、おっアカデミー卒業になっている。
しかも首席かぁ。
「これならリザベートもユーリスタ様も納得してくれるかな。」
しまった。心の声が出てしまった。
「大変失礼なことをお伺いしますが、貴方様はこちらのご主人のカトウ公爵様でございますでしょうか?」
やっちゃた。まぁいいか。採用しよう。
俺は、彼に正体を明かした。
とたんに彼はしどろもどろになり、意識もそぞろになってしまったので、合格とだけクリスさんに伝えて、執務室に戻ったのだ。
窓から外を見ていると、採用通知を持って気もそぞろに門に向かうパターソンさんがいる。
門の前で、門番と話をして我に返った彼が、大きなガッツポーズをとって喜ぶ姿が印象的だった。
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