第102話【それぞれの想い1】

<<ヤリテ視点>>


会頭から呼ばれた時は本当に驚きました。

何か粗相したかと。

でも、初めて見た会頭はとても優しい顔でわたしを迎えてくださいました。


「わざわざお呼びして申し訳ありません、ヤリテさん。


初めましてかな?マサルです。


婚活パーティー大盛況だそうですね。発案者として鼻が高いです。

本当にありがとうございます。


貴族や大商人の間でもすごく好評で、口伝えでドンドン広がっています。


御用商人を廃止して、カトウ運輸に全ての納品を任せたいって言い出す貴族も多いです。」


はあ、いきなりベタ誉めされてる。

正直なところ、利益にどの程度貢献出来ているか見えなかったから、会頭からお言葉を頂いただけで涙が出るくらい嬉しい。


労働環境に恵まれ、好きな仕事に打ち込め、その上会社のトップから評価されるなんて。ウルウル。


あっそうだ。

産休から育休、そして保育所、この恵まれた環境のお礼を言わなきゃ。


「会頭、有り難いお言葉恐れいります。


それよりも、わたしからお礼を言わせて下さい。


わたしは2人目の子供を2年前に産みました。

本来なら仕事を辞めなきゃいけないはずなのに、産休、育休と2年間も休暇を頂き、少し前に職場復帰したところだったんです。


子供は2人共ここの保育所に預かって頂いているので、安心して働けます。


保育所の設備も王立並みに高く、しかも無料で仕事中であれば24時間大丈夫だなんて、こんな恵まれた環境、どこにもありません。


産休も育休も保育所も会頭のアイデアだって聞いています。

本当にありがとうございます。一生会頭に付いていきます。」



うん?しまった、興奮してまくし立ててしまった。


番頭さんを見ると頭を抱えているし、会頭は苦笑いだ。


「あっあのお、まくし立ててすいませんでした。」


「全然気にしなくていいですよ。

むしろ、提案した企画をこんなにも喜んでくれる人がいたことが嬉しいですね。」


「喜んでいるのは、わたしだけじゃないです。


会頭は、女性社員の平均就業期間が、5年を超えていることをご存知ですか。


他の商会なら2年がせいぜいだと思います。


カトウ運輸は、創立6年で既に平均就業期間が5年なんです。


わたしくらいの年齢の女の人はほとんど、この制度を利用しています。

本当に素晴らしい制度なんですよ。」


あっ、またやってしまった。


「ヤリテさん、ありがとうございます。

とても嬉しいです。


その熱意と優しさを色々な人々に分け与えてあげて下さいね。


あっそうだ。わたしの故郷にお節介だけど面倒見の良い人を指して『やり手婆』と呼ぶ地域があります。

本来の使い方は別にあるのですが、偶然だけどヤリテさんと同じ呼び名ですね。

是非年齢を重ねてもこの仕事をやり続けて『ヤリテ婆』と親しまれる存在になってくれたら嬉しいです。」


ヤリテ婆か。

面倒見の良いお節介ババアなんてステキかも。


よし、「わたし、ヤリテ婆目指して頑張ります。

会頭ありがとうございました。


失礼します。」


バタン。


扉を閉じてから気付いた。

興奮して、勝手に出て来ちゃった。


「はっはっはー」

扉の向こうで笑う声が聞こえる。


はっ恥ずかしい。


そのまま、笑い声に押されるように、みんなの待つ体育館に戻った。



体育館に戻ってくると、みんなに囲まれた。


「「「ヤリテさん、会頭はどんな方でした?

優しかった?カッコ良かった?」」」


みんな興味津々です。


ここにいる女の子の大半は、元孤児でした。


スラムで碌に食べる物も無く、泥棒になるか飢えるかしか選択肢がない状況から孤児院に救われ、成人してからは、カトウ運輸に救われた娘達です。




<<カトウ運輸経理課ユリア視点>>

カトウ運輸がナーラ領に物流センターを建てることになり、スラムの撤去が行われました。


そこに住んでいた大人達は、カトウ運輸に職を得たのですが、孤児のわたし達3人は、どこにも行くことが出来ないのでした。


途方にくれていると、シスターが声をかけてくれました。


シスターに連れて行かれたところは、白い綺麗な建物でした。


中に入ると、白いベッドに白いシーツ、どれもとっても綺麗で良い匂いがします。


「この部屋は貴方達3人で使って良いのよ。


下着と服がタンスに入っているから仲良く分けてね。

そうだ、先に水浴びしようか。」


シスターの声が甘く響いてくる。

もしかして、わたし死んじゃったの?


「ほらユリアちゃん、先に行くわよ。」


マリヤちゃんの声に慌てて付いていきます。


廊下の突き当たりの扉を開けると、そこには大きなたらいがあり、それを囲むように、お湯の入った大きめのバケツが3つあります。

わたし達3人は、たらいの中に入って、バケツのお湯を手桶で掬いながら身体を洗いました。

ふとバケツの横を見ると、何やら白い小さな塊があります。


「それはね、石鹸っていうのよ。

身体をそれで洗うととても良い匂いがして、とっても気持ちが良いの。

結構高級品なんだけど、この孤児院を立てて下さった方が、置いていって下さったの。

ここはその方の寄付で賄われているのよ。

それは、あなた達の分だから自由に使って良いのよ。」


わたし達は、シスターに使い方を教えてもらい、恐る恐る使ってみました。


泡がいっぱい出て身体につけると皮膚がもちもちして良い匂いがします。


とっても気持ちいいです。


その石鹸はわたし達の宝物になり、大切な時だけ使っています。


5年経った今でも宝物にしています。


もちろん、今は自分で買えますよ。

でも、あの時の嬉しさはいつまでも忘れないです。


その後頂いた食事も、ふかふかのベッドも忘れられません。


でも、それだけじゃなかったんです。


シスターは、勉強も教えて下さいました。


そのお陰で、文字を読むことすら出来なかったわたし達は、今こうして経理の仕事に携われています。


わたしは昨年同僚の男性と結婚し、今わたしのお腹には赤ちゃんがいます。


あの赤貧の生活からは考えられない幸せを与えてくれた恩人の名前をわたし達は知りません。


何度聞いてもシスターは教えて下さいませんでした。


でも、こうして働かせて頂いているカトウ運輸には、本当に感謝しています。


本当にありがとうございます。

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