第77話【魔族との交渉3】

<<カイヤ視点>>


マサルを詰所において、俺は大神殿に急いだ。

シン様が言っておられた神の使いが彼なのかはわからないが、これまでの人間とは明らかに違う。


大神殿の警備詰所で、シン様にアポイントをとってもらう。


すぐに会えるとのことだったので、労いの言葉をかけてから、シン様の執務室に向かった。


「トントン、教会警備隊のカイヤです。」


「カイヤか。入れ。」


執務室のドアを開けると白に統一された広い部屋の真ん中にある会議机にシン教皇の姿があった。


「カイヤ、どうしたのだ。

神からお告げのあった人間の男は見つかったのか?」


「はい、小一時間ほど前に、国境付近の結界を潜って検問にやって来ました。


今は、教会警備隊の詰所で待たせてあります。」


「そうか、やっぱり現れたな。

やはりお告げは正しかったということになるか。


とりあえず会うことにしよう。


すまないが、すぐに連れてきてくれるか。」


「承知しました。

連れてくるのは、こちらでよろしいでしょうか?」


「いや、謁見の間にしよう。」


「承知しました。」


俺は執務室を辞してマサルのもとに急いだ。




<<マサル視点>>

俺は警備隊の詰所の応接室で、事務の男が淹れてくれたお茶を飲みながら、辺りを観察していた。


警備についているのは、ほとんどが魔族で、事務や雑用をこなしているのはほとんどが人間だ。


警備に魔族が多いのは、身体能力が高いからだろう。


窓から外を見ると、人間の方が明らかに多いが、その営みは他国のそれと何も違わない。


魔族と人間が上手く共生しているようだ。


そんなことを考えていると、カイヤが戻って来た。


「マサル殿、教皇がお会い頂けることになった。


今すぐ行くぞ。」


「カイヤ殿、急にどうしたのだ。

どうして教皇が、俺にお会いになるのだ。」


「殿はいらん。カイヤで良い。

細かい話しは歩きながらだ。」


カイヤは急かせるように俺を立たせて、俺の背中を押しながら外へ出た。


「実はな、数日前に教皇の夢の中に、神が現れたらしい。


神は自らを全宇宙の魔族を司る者だと言い、教皇にお告げを残したそうだ。


そのお告げは映像となって映し出され、様々な他世界の魔族と人間が戦い、魔族が敗れる光景を見せられたという。


その映像では、総じて人間の神から与えられた聖剣を携えた圧倒的な力を持つ勇者という人間が魔族の長を倒して、魔族を滅亡させていたという。


その神“魔王”が言うには、『他の世界では人間と魔族が長い歴史の中で、お互いに憎しみ合い、修復できないところまで行ってしまい、その世界を滅亡させる寸前までになると、神が勇者を作り出し、魔族を滅亡させることになる。』ということだ。」


「この国では、魔族と人間が上手く共生できているように見えるが?」


「そうだな、我々も長い生命の中で、色々経験しているからな。」


「それはソランのことか?」


「マサル、おまえはなんでもお見通しだな。


まあ良い。教皇と会えばわかることだ。」


「俺が教皇に危害を加え無いと信じているのか?」


「ふっ、俺は鑑定のスキルを持っている。


おまえは、俺達魔族よりも圧倒的に強いではないか。


その気になれば、こんなまどろっこしいことをしなくても、我々を滅ぼすことなど、わけが無いだろう。」


俺は黙ってカイヤについて行く。


やがて大神殿が見えてきた。

造り自体は質素だが材質は大理石を使っている。

その光沢が建てられてからの長い年月を感じさせる。


門の前でカイヤが声を掛けると、大きく重厚な扉が開かれる。


カイヤがどんどん奥に進んで行くので、俺も後に続く。


幾度かの廊下を歩き、幾度かの階段を上って辿り着いたのは、ひときわ豪華な扉の前だ。


扉の前には、祭司が1人立っている。


「カイヤ殿、そちらが例の御仁でございますか?」


「そうです。シン様のご準備は?」


「既にお待ちです。

どうぞお入り下さい。」


祭司が軽く扉を叩くと、中から扉がゆっくりと左右に開かれた。


大理石が敷き詰められた広い床、10メートルはあろうか高い天井には星座を象った絵が描かれ、その星の位置には色とりどりの宝石がはめ込まれている。


左右の壁には等間隔に並ぶ大理石の太い柱が片側5、6本あり、その先には、一段高くなった玉座がある。


玉座には、カイヤと同年代の壮年男性が座っている。

この広い部屋には彼とカイヤ、それと俺の3人しかいない。


カイヤに着いて玉座の近くに行き、中世の騎士のように片足で跪く。


「マサル殿と言ったか。わたしがナーカ教国教皇のシンだ。


国境からここまでの経緯はカイヤから聞いている。


何故この国に来たのだね?」


教皇は、見た目は温厚で、その発する気配はその存在だけで信頼感を与える。


だがその奥深くに潜む警戒感と冷徹な気配が微かに感じ取れた。


強い意志を持つ彼には、中途半端なまやかしは通用しない。


俺はモーグル王国とハーン帝国との関係を120年前に遡って話す。


時折相槌をうちながら、シン教皇は黙って俺の話しを聞いている。


そして話しは昨年のモーグル王国の国際連合加盟まできた。


「国際連合の話しはわたしも書簡を頂いたので知っている。

返答は返さなかったが。」


俺は話しを続ける。

ハーン帝国のモーグル王国に対しての度重なるたかり行為に耐えかねたモーグル王国が国際連合に相談してきたこと、国際連合としてハーン帝国への忠告と制裁、ハーン帝国の消滅の噂とその調査のこと等をできるだけわかりやすく説明した。


「なるほど、そのスイツという御仁の言葉が、マサル殿がこの国に来る直接のキッカケになったのだな。


では、ハーン帝国の話しをしよう。


ナーカ教国はここ100年間、鎖国の姿勢をとってきたが、ハーン帝国とは民間レベルで僅かではあるが交易を行っていた。


1月程前になるか、ハーン帝国の皇帝を名乗る男が数人の側近をともなって、国境にやってきた。


彼等は当然結界を越えることができず、結界の前で喚き散らしておったらしい。


カイヤの部下の兵が、話しを聞きに結界の外に出ると、非常に横柄な態度で『自分達はハーン帝国の皇帝だ。ナーカ教国の教皇に会わせろ。

すぐに会わせなければ、攻め滅ぼすぞ。』と威嚇してきたそうだ。


兵が確認してくると言い、結界を越えようと結界に亀裂を入れた時、その者達は兵を剣で刺し、結界の中に無理矢理入って来た。


側にいた他の兵達は、不法入国者として捕らえようと押し問答となったところで、結界が閉ざされ彼等は身体を挟まれて死んだとのことだ。


その2日後位から今度はハーン帝国の民達が押し寄せて来た。


わたしはこれに閉口し、ハーン帝国全域に催眠魔法を掛けて全ての民をこちらに安全に導いたのだ。


たぶん、スイツ氏はなんらかの影響でその催眠に掛からず、虚ろな目でナーカに向かう民達を見て、我々が乗っ取りを始めたと思ったのだろう。


ハーンの民達は、安全な場所で保護している。」


「それは災難でした。納得致しました。」


「ところで、マサル殿は魔族というものを知っておるのか?」


「はい、女神マリス様からのお告げである程度までは。


後はホンノー人達からも多少は聞いております。


今回もナーカ教国を支配しているのが魔族だと確信の上、やって来ました。」


「そうか、それではわたしも魔族の話しをしようか。」


それからシン教皇は、魔族に伝わる伝承や彼の祖父がプラークに侵攻したこと、ソランでの失敗、ナーカ教国への侵攻までの話しをしてくれた。


「そういった経緯を経て、我等魔族はこのナーカ教国においては、"神の使徒"と呼ばれている。

我等は人間と共生することで、ようやく安住の地を得たのだ。」


「今のお話しをお聞かせ頂き、わたしの中でも全てが繋がりました。

周辺小国についても、向こうから併合されることを求めて来たと理解しました。


しかし、このナーカ教国や周辺小国だけでは、今後様々な面で国を維持していくことが難しいとお考えなのではありませんか?」


「マサル殿は、よく見ておるようだ。

たしかに砂漠化の進行により、作物の収穫量も減り続け、魔族も人間も高齢化が進んでいる。

このまま鎖国を続けても、この国は破綻してしまうだろう。


わたしは、人間との争いは好まない。

ソランで武力を振りかざした途端、人間は死にものぐるいで抵抗してきた。

国を奪ったところで、全ての人間ソランから出て行って、何も残らなかった。」


「それでは、わたしが間に入りますので、国際連合に加わりませんか?


国際連合は、この大陸全体の平和維持活動を目的として設立されました。


教皇が、平和で安定した国を望まれるのであれば、加盟各国は喜んで受け入れてくれると思います。」


「魔族である我々も含めて、それが可能であれば、我等に否は無い。」


「わかりました。ではこの話しを早速持ち帰りまして、国際連合の決議を採って参ります。」


俺が教皇の前から引こうとした時、扉が激しく開けられた。



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