第50話【アーベ領の視察1】

<<アーベ街代官フック視点>>


あのリザベート様がこの街にやってこられる。



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俺が代官になってすぐに、ナーラ領ハーバラ村で改革が始まった。


領主アーベ伯爵様はこういった話に敏感な方で、すぐにナーラ領に使いを出し、状況を確認させた。

結果、これまでにない成果を出しつつあるとのことで、代官に任命されたばかりの俺は、ハーバラ村に向かった。


まだ、代官を引退したばかりの親父も元気だから、すぐに俺が必要ないこともあったんだけど、「しばらく滞在して勉強してこい。」って念押しされた。


馬車がハーバラ村に着いた。

俺は、アーベの街の代官見習いだが、ボディ子爵家の嫡男だ。

子爵家の跡継ぎとして何不自由なく育った。

こんな田舎の視察なんて、2日も見学して話しを聞いて帰ればいいか程度しか考えていない。

こんな田舎の農村に美味いものなんかあるわけないし。

まぁ、精神修養だと思うしかないな。


そんなことを考えながら馬車を降りる。

当然、迎えの者が来ていると思っていた。

誰もいない。


護衛2人と村に入った。


村人達に迎えられ、いや拉致られた。




村人を見かけたので、俺は横柄に言ってやった。


「ボディ子爵の子息がこの村に視察に来るのを聞いていないのか!」


「うんん?ボディ子爵?今日来るって。

ちょっと待ってろ。」


その村人は、ぶっきらぼうにそう言うと、1件の家に入っていった。


しばらくして、その家からかわいい村娘と先程の男が出てきた。

こちらに向かって来る。


「失礼ですが、アーベ伯爵から連絡のあった研修の方でしょうか?」


俺は迂闊にも、村娘に見とれていて、1テンポ遅れてしまった。

「そ、そうだ、ア、アーベの街の代官でボディ子爵の嫡男のフ、フックだ。」


「フックか、代官なら役に立つかもしれないな。」

男が、俺を見定める様に言った。


「お前、俺が貴族だとわかって言っているのか?無礼な!」


その瞬間、その男から殺気が放たれた。


護衛の1人が、俺の前に出て剣を抜く。

次の瞬間、その護衛は、鞘に収まったままの剣で叩き伏せられていた。


「名乗るのが遅れたな。俺の名はジャン・ロメオ。イナズマのジャンと言った方が分かるか?」


俺は知らなかったのだが、もう1人の護衛が知っていた。


「ナーラ大公爵領騎士団の副団長で、ロメオ伯爵の子息。

赤いイナズマのライアンの弟子にして、王国内でも5本の指に入ると言われる剣の達人、ジャン様ですね。」


「お前、俺のことをよく知っているなぁ。」


「ありがとうございます。俺、ジャン様に憧れて剣を始めたんです。」


「そうか、せっかくこの村に来たんだ、しっかり勉強して帰れよ。」


「ありがとうございます。粉骨砕身頑張らせて頂きます。」


俺は何が起こったのか、理解出来ないでいた。が、うちで最強の剣士2人を全く相手にしない強さと、ロメオ伯爵の名前だけで、ひれ伏すには充分だった。


「ご、ご無礼致しました。ヒラにご容赦を。」


「もおう、ジャン様。いきなり叩きつけるなんてあんまりですよ。」


「すいません、リザベート様。コイツが剣を抜いたものですから。」


「そうですね。まぁフック様でしたかしら、頭をお上げくださいませ。」


おおっ、この少女が女神に見えるぞ。

でも、ジャン様が敬語で話しているということは………


「あっすいません、わたしったら名乗るのを忘れていました。

リザベート・ナーラと申します。

ようこそ、ハーバラ村へ。」


リザベート様かぁ、良い名前だ。

うんっ?ナーラ姓、もしかして大公爵の血縁?


俺は、また頭を地面に擦り付けるのだった。


しばらくすると、騒ぎを聞き付けた村人達が集まってきた。

その中には、アカデミー時代にお世話になった先生の姿もあった。


「おおっ、フック君じゃないか。

久しぶりだな。

君も地元から、派遣されたのだな。

ここはいいぞ。いろいろな実験や研究を実地でやらせてもらえる。

メシも美味いし、最高だぞ。


あっそうそう、君の同級生だったんじゃないか、スフィン君もカーミタ領から来ていたはずだ。」


懐かしい声を聞きながら、頭を地面に擦り付けたままの俺は、そのまま歓迎会に連れて行かれた。



俺の歓迎会から一夜明けて、俺はハーバラ村の広場でどうしたら良いか途方に暮れている。


ジャン様からは、興味がある場所があれば、そこに行って入れてもらえば良いと言われている。


一応アカデミーは卒業しているので、貴族社会でも通用する一般的な知識以上は持っているつもりだ。

自分ではインテリだと思っている。

いや、思っていた。


でも、ここでは、王都で有名な学者や王立アカデミーの教師がたくさんいるので、俺の知識なんて彼らに比べたら........ グスッ

本当の村人達に至っても、読み書き計算までほとんどの大人は出来るし、子供でもできる子が多い。


開拓を進めながら、学問も教えているらしい。


それどころか、自分の得意分野では、学者や先生方と議論を交わしている猛者もたくさんいる。


そんな中で俺に何ができるって?


1時間もそうしていただろうか、ジャン様が声を掛けてくれた。


「来たばっかりの頃は、みんなお前みたいな感じだ。気にするな。

とりあえず、体を動かしてみろ。


おーいジョージ。ちょっとこっちに来れるか?」


1人の男が走ってくる。


「ジャン副団長、お呼びですか。」


「ジョージ、こいつはアーベ領から来たフックという。

まぁ、いつもの貴族子弟だ。しっかり叩き込んでやってくれ。


しかし、お前んとこに入れると、みんな逞しくなるよな。いいことだが。


フック君、彼はわたしの部下で騎士のジョージだ。彼の率いる班は、土木を中心とした遊撃隊だ。

代官として公共事業を行う時は役に立つ技術だと思うぞ。

まぁ、しっかりと覚えてくれ。


とにかく、頼んでおくぞ。」


「承知しました。わたしはジョージです。うちの班では家名を名乗らないのが流儀です。

貴族が嫌いな奴がたくさんいるので、気を付けて。」



こうして、俺はジョージさんの土木&遊撃班に配属された。


結果から言おう。俺は2ヶ月ほどで逞しい男になった。


仕事はキツイ。周りは力自慢の荒くれ者ばっかりで、俺を甘やかす奴なんて1人もいない。

俺の護衛2人もこの班に入ったが、入ったばっかりで戦力になっていた。

俺はというと、みんなができることを、何一つできやしない。


木も石も持てない。荷車も引けない。測量もできない。.... とにかく呆れるほど何もできない。


貴族なんてこんなもんだと気付かされた。


でも、頑張った。時折姿を見るリザベート様。大貴族の片鱗も見せない。

村人達と一緒に汗を流したり、勉強を教えたり、学者に混じって討論したりといつも忙しそうだ。


笑顔がかわいくって、凛々しくて、俺は彼女にメロメロだ。


でもそれだけじゃない。

飯が美味い。もう一回言う。飯が美味いんだあ。

美人と美味い飯、男が仕事を頑張るのに他に何がいるかってんだ。

一緒に働く仲間等も、表裏がなくって気持ちがいい。


体力も徐々についてきて、腕の太さも最初の2倍くらいになった。

出来なかった仕事も、だいぶできるようになったし、学者達の話しにも少し加われるようになった。


こうして2か月経った頃、俺はアーベ領に帰ることになった。


もっと居たかったんだけど、父上が病気が再発したという知らせが届いたからだ。


この地を離れるのはつらい。

仲間との別れもつらい。

新しいことを覚えられる機会を逃すのも惜しい。

リザベート様の顔を見れなくなるのは、もっとつらい。


決して、ここの美味しい食事が食べれなくなるからじゃないぞ。

断じて美味しい食事がつらい原因じゃないからな。

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