第48話【マーズル領の視察2】
<<マサル視点>>
マーズル領はキンコー王国の中で唯一カトウ運輸の物流拠点が無い。
今回、リズがマーズル領に行くということで、物流拠点を設置できないか打診してもらう様お願いしていた。
リズからトランシーバーを通じて連絡がきた。今すぐ、マーズル領に来て欲しいとのことだ。
マーズル領が複雑な事情を抱えており、それにより改革が進まないことは聞いていたが、領主自ら俺に会いたいとの事だ。
いつも通り、空を走ってマーズル領に向かう。廻りの皆も最近は慣れたもので、窓から出て行って、窓から戻っても誰も文句を言わなくなってしまった。
マーズル領までは、2時間弱で着いた。
さすがに、マーズル城まで空を走っていくわけにもいかないので、リズに城壁まで来てくれるように頼んでおいた。
俺は、城壁の外1キロくらいのところで地上に降りて、そこから城壁まで地上を走って向かった。
衛兵が立つ門の前でリズとマークが待ってくれていた。
ワーカ領での一件以来マークともすっかり打ち解けて、最近では一緒に酒を酌み交わす仲だ。
「マサルさん、相変わらず非常識ですね。王都からここまで馬車で3日はかかりますよ。なんで2時間なんですか!!」
「リズすまない。でもいつものことだろ。
ところでマーズル辺境伯はお待ちじゃないのか?」
「お待ちですが、2時間で来るなんて誰も思っていないですよ。
わたしが迎えに行くと言ったら笑ってましたから。」
そりゃそうだろう。俺が非常識なんだ。
「まあまあ、リザベート様もマサル殿も城に行きますよ。」
待っていた馬車に乗り、マーズル辺境伯の待つ城に向かった。
<<マーズル辺境伯視点>>
リザベート殿が、「マサルさんと連絡を取ってみる」と言って、見たことの無い魔道具を取り出した。
その魔道具に彼女が魔力を少し流すと、そこから男性の声が聞こえる。
「もしもし、リズか、 どうした?」
「マサルさん、今大丈夫?話したいことがあるんだけど。」
リザベート殿が、誰かと会話している?
会話ができる魔道具なのか!
「いいよ。」
「あのね、今マーズル城にいるの。今からこっちに来れないかなあ?」
「大丈夫。今ハローマから戻ってきたところだから、今日、明日は空いているよ。」
「良かった。どのくらいで来れる?」
「そうだね、2時間くらいかな。城に直接はまずいから、城壁のあたりで待っててくれる?」
「了解です。気を付けてね。」
会話が終わると、ほのかに光っていた魔道具の明かりが消えた。
「2時間ちょっとで、着くそうです。城壁のあたりで待ち合わせしているので迎えに行ってきます。」
リザベート殿が、近所の友達を迎えに行くように簡単に言っている。
それよりも、あの魔道具が気になる。
「リザベート殿、その魔道具はいったい何だね。」
「あぁ、これですか。これは、マサルさんが開発した、遠くの人と会話できる魔道具で、トランシーバーと言う魔道具です。
今マサルさんは、王城にいるらしいですが、すぐに連絡が取れるので便利なんです。」
便利なんですって、どういうことだ。ええぇ、王城から2時間って?
そんなバカな。少し冗談が過ぎると思い、苦笑してしまった。
「それでは、街の視察をしながら、迎えに行って来ます。」
リザベート殿達は、部屋を出ていった。
トントン、「マーズル様、リザベート様方が戻ってこられました。」
代官の声にペンを置く。
ナーラ製のこのペンは、羽根ペンと違い非常に書き易い。
いちいちインクをつける必要がない上に滑らかな書き心地が気に入っている。
ボールペンというらしい。今王都を中心に貴族や商人の間で大人気だ。
昨年発売されてから、わたしも愛用している。
「どちらにおられる?」
「先程の応接室に3人でおられます。」
3人?
「1人増えているのか。まさかマサル殿か?」
「そのようでございます。」
さっき魔道具で、王城にいると聞こえていたのに。
謀れたか?
儂は少し動揺していたのか、貴重なボールペンを持ったまま、応接室に向かった。
応接室に入ると、リザベート殿、マーク殿と共に若い男性が待っていた。
「辺境伯、こちらがマサルさんです。」
「はじめまして、マサルです。お目にかかれまして光栄です。よろしくお願い致します。」
謀れたと思っている儂は、少し機嫌が良くなかった。
「マサル殿、マーズルだ。よろしく頼む。
ところで、先程まで王城にいたと聞いておったが、ずいぶん早いではないか。
リザベート殿もずいぶん貧弱な冗談を申されたものだな。」
つっけんどんな、儂の対応にマサル殿は一瞬戸惑いの表情を見せたが、思いついたようにイタズラな表情に変わった。
「リザベート様、辺境伯はわたしが王城から2時間でこちらに来たことをお疑いのようですね。
辺境伯、ちょっと失礼します。」
マサル殿は、そう言うと3階の窓から飛び降りた。
いや、空中に浮いている!!
そのまま、まるで空中を走る様に動くと、あっという間に見えなくなってしまった。
しばらくすると、遠くの方から何が近づいてくる………
窓から、マサル殿が入ってきた。
儂を含め、その場にいた全ての者が驚いて言葉が出ない。
いやリザベート殿とマーク殿は平常だ。
「辺境伯、お見苦しいところをお見せしました。
これで、王城から来たということをご納得頂けましたでしょうか?」
納得は出来ないが、理解はした。いや、したつもりだ。
「マ、マサル殿、疑って申し訳無かった。
しかし、常識はずれ過ぎるぞ。」
「辺境伯、冗談ではありませんでしたでしょ。」
リザベート殿が、イタズラっ子の様な顔で話してくると、もう笑うしかなかった。
「いやいやリザベート殿、一本取られましたな。」
その後、部屋中大笑いで和やかな雰囲気になった。
「ところで、手にお持ちの物は、ボールペンではございませんか。
御愛用頂いているようでありがとうございます。」
「辺境伯、実はボールペンもマサルさんの発明なのですよ。ねぇマサルさん。」
「ええぇ、カトウ運輸で製造販売しております。クラーク様やヘンリー様に強く要望を頂きまして。」
苦笑するマサル殿に、彼ならば何とかしてくれるのでは、と期待してしまう。
「マサル殿、来てもらったばかりで申し訳ないが少し話しをして良いか。」
頷くマサル殿に、話しを続ける。
「マーズル領は、ご存知の通り、王国の北東にあり、海や山を介して様々な国と交易しておる。
その為、色々な風習や契約形態、考え方が入り混じっており、統制できていないのが実情だ。
その為、一部の利に聡い商会が仲介に入らないと取り引きが進まん。
昔は、こいつらも王国の発展を最優先に考え、適正な価格での取り引きをしておって、マーズル領の繁栄を支えておったのだが、代替わりする中で、最近は自分達の利に走ってしまい、市場が混乱しておる。
長く奴らに依存したおったのも悪いのだが、今となって儂が介入するとどんな弊害が出るやも知れない。
かといって他国の手前、指を咥えていることもできん。」
何とか打開策はないものだろうか?マサル殿。」
マサル殿は、少し考え込んでから口を開いた。
「1番簡単な方法は、カトウ運輸が全ての商会を傘下に収めることでしょう。
しかしこれは愚策です。
彼等には、彼等の取引き国との裏取引もあるでしょうし、最悪国同士の利権争いから戦争になることが懸念されます。
よしんばうまくいったとして、わたしの代が変わってから揉めることが目に見えています。
次策としては、更なる利を与えての懐柔でしょう。
カトウ運輸が参入することで、商品の流通量がかなり増えることが予想されます。
その利を分けてあげれば、市場のコントロールは、手放すかもしれません。
ただ、これも一時的なものですぐに欲の皮を突っ張らせるでしょうね。」
マサル殿は、実情をよく理解できているようだが、ここまでは儂も考えが及んでおる。
「その2案については儂も考えたが、とても上手くいくとは思えんかった。」
「仰る通りです。一時的な効果があっても、恒久対策にはならないでしょう。
わたしがおすすめするのは、第3案です。
要は、彼等と取引き国の繋がりが深い為に、彼等は力を持っている訳です。
彼等以上に、取引き国に利をもたらす存在を作り、彼等の力を弱めていくことが出来れば良いのです。」
「そう出来たら良いが、具体的にどうしたら良い?」
「まず、彼等の取引き国が、彼等との取り引きをやめても確保したいものは、何でしょう?」
「まずは、安全保障であろう。
彼等の取引き国は、小国が多い。
その為、キンコー王国を含めた、周辺国家からの攻撃を恐れておる。
だから、大国との直接取り引きを避けて、商会を相手にする。
どこかの国との取り引きが偏ると、同盟関係と見られその国の敵対国から狙われる懸念があるからだろう。」
「それなら、話しは簡単です。
キンコー王国を盟主として今構築中の「国際連合」に加盟して頂きます。
つまり、キンコー王国の友好国や経済力による国の安定を望む国を含めて、それらの国に関わる軍事、経済等に関わる紛争を処理する為の連合体を編成するのです。
その庇護下に入った国同士は、国の大小関係なく平等な交易ができるような協定を結ぶのです。
そうすることで、小国でも安心して国家間の交易ができるようにします。
物流ネットワークが大陸中に広まりつつある中、大国ほど武力よりも経済力の増強に力を入れていくでしょう。
大国のメリットとしては、小国が故に発生する様々な問題に関わる必要がなくなることでしょうか。
小国の経済が発展し、安定した自立状態になれば、難民問題や細かな紛争問題が発生し難くなります。
また、発生したとしても国際連合やその1機関である国際裁判所が介入してくれれば、国家としての介入が無くなるので、不必要な対大国対応がなくなります。」
「実際のところ、そんなことが可能なのか?」
わたしは、マサル殿の壮大な話しについていくのが精一杯なのだ。
「そうですね。キンコー王国の次に大国はどこでしょうか?
そう、ハローマ王国、トカーイ帝国です。
実は、国際連合の案は、3国のトップで話しがついており、詳細を詰めるのみになっております。
わたしはその調整役として、ハローマ王国に先程まで行っておりました。
ハローマ国王からは、早く進める様にと激励を頂いております。
同時に、カトウ運輸の物流ネットワークも早くハローマ王国に展開するように催促されましたが。」
なんということだ。おそらく、このアイデア自体が、彼の発案だろう。
一体何者なのか?
「辺境伯、わたしはマリス様の使徒らしいですよ! ねぇリザベート様。ハハハハハッ」
くそおお、人の心を読みやがって!
とりあえず、こいつに害は無いに違いない。
そう、きっと無いはずだ。
よし、何か問題が出たら、ネクター王とナーラ大公爵に責任を押し付けよう。
儂は、現実逃避したわけではないぞ。
その後、キンコー王国とハローマ国王、トカーイ帝国の大陸3大国家による国際連合加盟の調印と平和協定が締結され、その隣国である、多数の小国もこの協定に参加した。
これにより、マーズル領における問題も解決し、無事キンコー王国最後の物流拠点が稼働したのであった。
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