第12話【日本の話しをする】

<<ヘンリー視点>>

マサル殿からとんでもない話しを聞かされた。


マリス様との話しもそうだが、それよりもわたしは、マサル殿が異世界からの転移者であり、彼の故郷である世界の驚くべき先進性について非常に驚かされた。


文字の識字率なんてほぼ100%だし、一般庶民にまで義務教育として浸透している素晴らしい教育制度。


しかも18歳までは無償で受けられるらしい。


これ程の教育体系が作れるだけでなく、無償で実施できるだけの資金を生み出す行政システム。


高い素養を持つ大量の人材を活用できるだけの社会インフラ。


今のナーラどころか、わたしの知る限りでは、どこにも存在しないだろう。


わたしは、マサル殿が話す異世界の話しを一言も漏らすまいとメモを取りながら熱心に聞き入った。


羊皮紙とインクは常に持っている。


ただ、あまりの情報量にインクが足りなくなった。


掠れた文字を見てマサル殿は、ポケットから何やら小さくて細長い棒を取り出した。


「たぶん、こっちの方が書きやすいですよ。」


マサル殿は、わたしが持つ羊皮紙の隅に軽くいくつかの円を書いてみせた。


その動きはすごく滑らかで、描かれた線の細さは均一であり掠れも全く無いのである。


マサル殿は、わたしにそれを渡し書いてみるように勧める。


わたしはその棒を手に取りマサル殿と同じように羊皮紙の隅に円を描いてみた。


すごく軽く滑らかに棒は進み、綺麗な円が描けた。


「これは、ボールペンという筆記具です。」


これは素晴らしい。おそらくとんでもない高級品だろう。


スムーズに描ける事はもちろんだが、この透明な筒 … ガラスだろうか?


それにしては軽いし、手に馴染むように巧妙な加工がされている。


わたしは、様々な角度からからそのボールペンという筆記具を観察した。


しかし、わたしは大きなミスをしてしまった。


夢中になり過ぎて、ボールペンを手から落としてしまったのだ。


しまった、割れてしまう!!


これはどのくらいの価値があるのか?


わたしに弁償できるのだろうか?


走馬灯のように、様々な思いが頭の中を駆け巡っている中、無情にもボールペンは硬い石の床に叩きつけられ………


あれ!割れない?


わたしはゆっくりと慎重にそれを拾ってキズができていないか丁寧に調べた。


表面に少し曇りができているが、割れはしていないようだ。


ひとまずホッとしたが、キズができている事には変わりない。


恐る恐るマサル殿を見た。


「ヘンリー様、全然気にして頂かなくても大丈夫ですよ。」


わたしのおどおどした態度に気付いたマサル殿が、微笑みながら話しかけてくれた。


「まだ何本か持っているので、宜しければ3人様に進呈させて頂きます。」


なんという事だろうか?


こんなに凄い筆記具をただでくれるとは。


それも3本も。


わたし達にとって、今日という日は忘れられないだろう。




<<クラーク視点>>

マサル殿の話しはとても素晴らしい。


為政者として鑑みた場合、その世界は完璧なお手本となるものである。


しかしながら、あまりにも出来すぎた話しなので、穿った見方をしながら話しのあらを探してしまう卑屈な性格が顔を出す。


「マサル殿、徴税に関して質問して良いか。


日照りが続き作物の収穫量が減った場合、農村では税となる作物を納められなくなり、税収減となって困っている。


どう解決されているのか?」


「領主様、お答えします。


まず安定した税収について考える場合、国レベルで各領地間の調整が必要になると考えます。


次に、収穫量の多少による経営の安定化の確保。


最後に、領民の生活の安定。


この3点を踏まえてお話ししたいと思いますがよろしいでしょうか?」


わたしとしては否応も無いので、すぐに頷いた。


横でヘンリーがボールペンと羊皮紙の束を握りしめて前のめりになっている。


「それでは、話しを進めていきます。


わたしもこの分野は専門では無い為、分かり難いところや漏れもあるかもしれませんが、ご容赦願います。


さて、先程の質問については、いくつかの改善点を踏まえる事で全てではありませんが解決できると思います。


1つ目は、主要作物や塩、砂糖、油等の取り引き価格を国がコントロールすることです。


また、一定量を国が買い取り備蓄しておきます。


領地単位だと日照りなどの被害は領地内全域に及ぶことがあり、対応が難しいですが、

国単位で考えた場合、不作、豊作が大きく偏る事は少ないと思います。


国としては、一定の収穫量があれば良いわけで、過度に流通量が増えて価格が暴落したり逆に流通量が減り過ぎて高騰してしまうと庶民生活に問題が発生し、政情不安になる方が困るわけです。


そこで国内での流通量がある程度の範囲に収まるように、国が余剰分を買い取ってしまい備蓄しておくのです。


この際、流通価格を事前にその時の物価などから決めておけば、売り惜しみによる価格のつり上げなども無くなり国庫の負担もある程度予算化できるはずです。


国に備蓄があれば、困窮する領地に支給することができます。


これにより、庶民生活が破綻することが減り、安心して次年度の生産に向き合えるでしょう。


2つ目は、税を現物でなく貨幣で納めるようにすることです。


領主が国が設定した価格で庶民から作物を買い取って、必要経費を差し引いた価格で国に販売します。


国はその年の各領地の作柄を鑑みて領地毎の買取り量を決めておき、その分だけ買取ります。


余った分は、各領地での備蓄か、過備蓄分は、領地内での流通に回し貨幣化します。


その際商人が庶民に卸す金額が、生産者が領地に販売する価格と同じになるように、卸し金額を調整する必要があります。


税は庶民が得た売上げから必要経費を差し引いた額(算定額)から一定の税率で徴収します。


これにより、農家でも商家でもどのような職業であっても平等に税金が割り当てられます。


税率は、算定額が大きいほど高く、低いほど低く設定します。


これを累進課税と言います。


全てを同一料率にしてしまうと、算定額の多少で残る現金に大きな差が出てしまい所得格差が大きくなり過ぎて政情不安を起こす可能性があるからです。


また、貨幣での納税のメリットとして、徴収のし易さや分かり易さがあります。


生産者にしても、納税時期まで作物を備蓄しておく必要がない為、保管に係るコストや廃棄リスクが減らせます。


各領地も国に対して累進課税で税を支払う事で、領地毎における格差を抑えられ、領地経営も行い易くなると思います。


3つ目の改善点は、各農地毎にどのくらいの収穫があるのかを予め決めておき、税額の試算を事前にしておく事です。


これにより、生産者の脱税を防ぐ事が出来ます。


この試算額は、あくまで参考であり実際に領地に販売した価格との差異が大きい場合にチェックする為に使用します。


4つ目の改善点は、備蓄ができる作物を増やし、それが主食となるように、食生活の見直しを推進することです。


これにより非常時において備蓄開放した場合でも、食生活を変えずに済みます。


以上を進めていけば、まずは安定した領地経営が可能になるのでは、と考えます。」



………………………………………………………………………………!!



全ての話しを聞き終えたわたしは、しばらく放心状態になっていたようだ。


ふとヘンリーを見ると羊皮紙を睨みながら何やら思案顔をしている。


昔から我が弟は、面白い遊び道具を持った時にこんな顔をした。


ヘンリーは騎士団長なので、武辺一辺倒だと思われがちだが、実は政治家としての才能も高い。


王からも本人が望めば領地を与えても良いと評価されているくらいだ。


その彼がこの顔をしているという事は、たぶんわたしと同じ事を考えているに違いない。


わたしはヘンリーを見て言った。


「ヘンリー、面白いおもちゃを貰ったな。

どこから手をつけて行こうか考えているのだろう。


当然、王とわたしも仲間に入れろよ。」


ヘンリーの目が喜びに溢れていた。

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