第173話 忘れる訳がない

 慌てて振り向くと、爆発したのはマーケットワゴンだったことがわかった。



 木製のマーケットワゴンが木っ端微塵になるほど木片が辺りに散らばっている。爆風による砂煙のせいで被害の状況はまだわからないが、中には爆発に巻き込まれた買い物客もいたようで、パニックになった人たちが悲痛な叫び声をあげていた。



 爆発したマーケットワゴンを前に呆然と立ち尽くしていると、騒ぎに紛れてコロコロとボールが転がっているのが見えた。あのボールは、さっき俺がリフティングしたボールだ。



 見覚えのあるボールを前に目を瞠っていると、やがて砂煙が晴れていった。



 飛び込んできた光景に俺たち三人は息を呑んだ。

 先ほどまで笑っていた子供たちが頭から血を流して横たわっているのだ。中には粉砕したマーケットワゴンの木片が腕や頭に刺さった子もいる。生きているかどうかも、正直ここからではわからない。



 だが、駆け寄ろうとしたところで今度は民家が爆発した。しかも木造の外壁が爆発物のせいで火が点いてしまい、メラメラと燃え始めている。



「誰か水属性の者はいないか!」

「シスターを呼べ! それとありったけのクーラの水を持ってこい!」



 街の男たちが指示をするが、混乱のせいで誰も聞いていなかった。パニックになった人々はただその場から逃げるので精一杯だったのだ。家が燃えても、子供たちが血を流しても、見向きもしない人が殆どだ。



 そんな混乱の渦の中、俺はリオンに向けて声をあげていた。



「リオン! あの子たちに治療を!」

「うん!」



 俺のかけ声でリオンは倒れている子供たちのほうへ走っていった。怪我人のほうはリオンに任せれば大丈夫。他の問題は、あの燃えている民家だ。



「ライザ! お前、あの家の火を──」



 消してくれ。そう言いかけたところでライザに「うるせえ」と言われた。



「お前に指示されなくても、今やろうとしているんだよ」



 悪態をつきながらも、ライザは火事場に向けて銃口を受けていた。火の元まで五十メートルはあるだろう。そんな中でもライザは水核銃ウォーター・コア・ガンをぶっ放した。



 発砲された水の玉はシャボン玉くらいの大きさだった。しかし、火の元に当たった瞬間、はじけて雨が降ったようにその場に凋落した。



 その後も何発も発砲し、少しずつ火を消していく。これだけパニックになった街の人が辺りを右往左往しているのに、ライザは街の人たちに誤射せずに狙ったところを打っていた。悔しいが、このテクニックは流石としか言いようがなかった。



「へえ……凄いじゃん、あんた」



 ライザの行動を見てなのか、俺の後ろで誰かがそう言った。



 ライザと二人で振り返ってみると、そこにいたのは深緑色のフード付きの服を着た男だった。顔はフードをかぶったせいでわからない。けれども、俺はその声を知っていた。



「お前……なんでここにいるんだよ」



 自分でも驚くくらい殺意の籠った低い声だった。しかし、その声はしかと奴に届いており、「ん?」と首を傾げられた。



「ああ……誰かと思ったら、あんたお兄さんか。随分と愉快な格好してるじゃねえか」



 奴はピエロの姿をしている俺を見て、馬鹿にしたように笑った。そして答え合わせをするようにはらりと取ったフードの中からあの日と変わらず、人を小馬鹿にしたようにニンマリと口角を上げた緑色の短髪頭の男が現れた。



 奴の名はケイン。いつの日かギルドを爆発させ、セリナを含めたギルドの職員を虐殺しようとした張本人だ。だが、あの場にいなかったライザは「誰だこいつ」と顔をしかめるだけだった。



「こいつはケイン……魔王の仲間だ」

「あれ、俺ってあんたに名乗ったことあったっけ? まあ、いいや。それくらい俺も有名になったってことか」



 俺に名前を呼ばれて一瞬だけ不思議そうにしていたケインだったが、すぐにまたほくそ笑んだ。



 その笑みを見ているだけで俺は怒りが沸き上がった。



 こいつ、あの時と何ひとつ変わっていない。目の前で人が血を流しても、悲鳴をあげても、泣いても、わめいても、こいつは楽しそうに笑っている。これまで何人の人が傷ついて涙を流してきたかも知らずに。これから何人の人が傷ついて涙を流すのかも知らずに。



「お前、自分が何をしているのかわかってるのか!」



 ケインに向かって怒鳴るように吠えるが、ケインはちっとも怯まなかった。



「いいじゃねえか、何をしても。遅かれ早かれどうせ壊れるんだから」



 ケインに反省の色はない。当然だ。魔王側にいるこいつは、世界は壊す物だと考えている。



 一発殴りたいが、悔しいことに今はその時ではないのはわかっている。こんなところで戦闘を行ったら、被害が大きくなるだけ。またギルドのようにたくさんの被害者を出す訳にはいかない。



 拳をぐっと握って怒りを抑えていると、横から「ムギちゃん!」と俺を呼ぶ声が聞こえた。アンジェたちが騒ぎを聞きつけ戻ってきたのだ。



「ムギトさん! 一体これは……」



 アンジェの隣でセリナが焦った様子で俺に尋ねる。しかし、俺と共にいたケインを見てセリナの顔は一気に青ざめた。



「どうしてこんなところにあなたが……」



 愕然としたセリナが足を止めて立ち尽くす。そんなセリナの異変に気づいたケインは「お?」とポケットに手を突っ込んで彼女に近づいた。



「お姉さん、『オルヴィルカ』のギルドの人じゃん。なんだ、生きてたの」



 ニヤニヤしながらも、残念そうな口調で言うケイン。しかもねぶるようにセリナの顔面からつま先まで見ている。どうやら自分の爆弾でどこか傷跡がないか探しているみたいだ。その意図にアンジェも気づいたのか、静かに怒った彼が徐に腰に差した剣を抜いている。



「残念ながら、彼女の傷はあたしの仲間が綺麗さっぱり治してくれたわ」

「そうかい。それは本当に残念だ」



 切っ先を向けるアンジェにケインが「お手上げ」というように両手をあげる。刃を向けられても余裕綽々なのはアンジェがこの場では自分を切らないことに気づいているからだろう。つくづくムカつく野郎だ。


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