第145話 アンジェさん、ご指名です

「それでは、そちらは頼みましたよ」



 水分身に視線を送ると、パルスはまた水の中に潜った。

 奴が消えたと同時に水分身が腕を振るうとまるで鎌のような鋭利な刃が現れた。

 そしてその鋭利な刃をリオンに振るう。



 リオンは咄嗟に持っていた杖でガードするが、非力がゆえにそのまま吹っ飛ばされた。



「リオン!」



 吹っ飛ばされるリオンを受け取るように抱き留める。

 だが、ひざまずいた姿勢で顔を上げると、今度は俺に向けて刃を振っていた。



「あっぶね!」



 反射的にバトルフォークで刃を受け止める。

 だが、水分身の追撃は続き、防ぐので精一杯だ。

 すると、俺の胸の中にいたリオンがむくっと顔を上げて腕を突き伸ばした。



「【風の刃ウィンド・ブレード】」



 彼の掛け声と共に、手のひらから小さな風の刃が飛ぶ。しかし、このタイプの敵に攻撃するのは嫌な予感が――



 そうこう言っているうちに水分身が真っ二つに割れた。

 そして消えることなく、水分身は二つに分かれて分裂した。



 勿論、二つとも意志を持ったようにうねうねと動いている。言わんこっちゃない。この水分身は攻撃すると増えるタイプだ。

 ただ分裂した分、先ほどよりひと回りは小さくなっている。これはおそらく分裂の限界まで増やして根絶やしにするパターンと見た。



「待ってて、今助けるから!」



 アンジェの声がしたほうに視線を向けると、彼は火炎放射をするのに構えていた。

 しかし、その背後にはパルスが現れていて――



「いかん! アンジェ!」



 たまらず傍観者だったミドリーさんが叫ぶと、アンジェは慌てて振り向いた。

 だが、彼の目の前に現れたのはパルスではなく、ミドリーさんだった。



「はっ!?」



 傍から見ていた俺ですら思わず声をあげる。けれども、ミドリーさんがいるはずの壁際を見ると、先ほどとは少しも変わらないところに彼はいた。



 なら、今アンジェの目の前にいるのは――



 目をやるその一瞬ですら、水分身は暇を与えない。腕を振るいながら襲いかかる水分身の攻撃を防ぐ。



 ミドリーさんの分身のからくりなんて冷静になればすぐにわかった。パルスの魔法だ。



「あんた……本当にいい性格してるわよね」



 ギリッと歯を食いしばってアンジェは剣を握り直す。味方と同じ姿になったからといって、攻撃をためらう彼ではない。



 力強く振るったアンジェの斬撃をパルスは手持ちの短剣で押さえる。

 ガギンッ!と金属のぶつかった派手な音が聞こえたが、お互いノーダメージだ。



「ここまで攻撃力も変わらないっていうのも、むしろ褒めたくなりますね」



 口調はパルスだが、声色は聞き慣れたミドリーさんの声だった。

 相変わらず完成度の高い変化の魔法だ。

 かけていたはずの眼鏡も消えているし、背丈や筋肉、肌の色、服装だってそこにいるミドリーさんのものとまったく同じだ。ただ、自分に変化されたミドリーさん本人は複雑そうな顔をしている。



 しかし、同じフロアにミドリーさんがいることは俺たちにとって逆にアドバンテージになっていると思う。本物がそこにいるのだ。「こいつが偽物」だということは一目瞭然だ。だからそこアンジェも容赦なく攻撃できるのだろう。



「ところで……どうして僕がお相手にあなたを選んだのかわかります?」



 短剣でアンジェの剣を押さえながらパルスは尋ねる。

 アンジェは不機嫌そうに顔をしかめたが、ため息交じりで素直に答えた。



「なあに? あたしのことが好きだからじゃないの?」



 皮肉交じりで言うアンジェにパルスは「それもそうですが」と嫌味ったらしく返す。



「本当の理由は……あなたが『オルヴィルカ』の人だからですよ」

「あら、あたしそんなこと一言も言ってないけど?」

「そんなの、ミドリー神官への態度を見れば一目瞭然ですよ。他の二人は彼に対してフランクすぎます」



 パルスの推理にアンジェの眉がピクリと動く。その心の隙を見抜いたパルスはグッと力を籠めてアンジェの剣を押し返した。



 勢いにやられたアンジェはバランスを崩し、数歩退いた。

 お互い戦闘態勢を整えるのに距離を保ち、改めて武器を構える。

 だが、睨みつけるアンジェとは違って、パルスはにやついていた。



「僕も一時期『オルヴィルカ』を拠点にしていたのですよ。だから多少の土地勘や名物はかじってあるんですよ。たとえば――」



 と、パルスはミドリーさんの姿のまま再びドロリと体を水に溶かし、再び容姿を変える。

 その変えられた彼の姿には隣で戦っていた俺やリオンも息を呑んだ。



 出てきたのは茶髪ロングヘアーの華奢な女性だった。

 初めて見る女性だ。スレンダーな体からはこんな遠目から見ても色気が溢れており、持ち前の切れ長な眼差しもさらに彼女を大人っぽくさせる。



 ただ、いくら見た目が大人っぽくても、肌が見えた妖艶な服装であっても、顔つきはまだ二十歳かそこらに見えた。それに、この雰囲気は初めて会った感じがしない。



 ふとアンジェを見てみるとあれだけ闘志剥き出しで剣を構えていたのに、今は呆然としたようにだらんと剣を降ろしていた。

 そんな顔をされてしまったら、当てはまる人物はひとりしか思い浮かばなかった。


 彼女は『オルヴィルカ』の【踊り子ダンサー】であり、それでいて――



「――イルマ?」



 ――アンジェの、死んだ妹だ。

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