第124話 事件のにおいがする
「それは、リチャード市長がお留守だと捉えていいですか?」
動揺を一瞬で抑えたアンジェは真顔の表情で再度尋ねる。
すると、門番のひとりが気難しい表情を浮かべたまま、アンジェに告げた。
「お前――住まいは『オルヴィルカ』と言っていたか」
「ええ。それがどうかしましたか?」
「いや、まだ『オルヴィルカ』にはリチャード様のことが届いていないのかと思ってな」
「……というのは?」
意味深な発言をする彼にアンジェが眉をひそめる。
途端に緊迫した空気が流れ、俺たちの表情も硬くなった。
門番は強張った表情の俺たちを見て、ひとつ息をつく。
どうやら俺たちが何も知らないことをようやく判断したようだ。
「――リチャード市長は亡くなったよ」
「はっ!?」
門番の彼の告白にノアとリオン以外の三人が口を揃えた。
「い、いったい、いつ……そんなことがあったんですか?」
いつもは落ち着いたアンジェにもこれには狼狽を隠せていない。
それもそのはずだ。彼はほんの数週間前に出会っているのだから。
しかし、リチャード市長の死は謎が多く、話を聞けば聞くほど混乱した。
「亡くなったことが
「ただ、遺体の腐食が進んでおり、少なくとも死後二ヶ月は経っているのでないかと言われている」
「待ってください。それって私が
この話が正しければ、アンジェが彼と会った時にはすでに亡くなっているということになる。
それだけではない。彼らいわく下水道の点検で潜るまでの間、リチャード市長はごく普通にこの家で生活していたらしい。
つまり、彼らも一週間ほど前から何度もリチャード市長と会っているのだ。
なら、門番の彼らが守っているのは誰だったのだろうか。
リチャード市長の幽霊か、それとも――偽者か。
偽者の線が浮かんだ時、パルスの不敵な笑みが脳裏に過った。
ひょっとするとアンジェがこの街に来る前からパルスはリチャード市長と入れ替わっていたのかもしれない。
――貿易の街の市長と入れ替わり。奴はいったい何を企んでいるのだろう。
「こいつは、きな臭いことになってきたな」
俺の頭の上に座るノアが淡々とした口調で呟く。
だが、ここで思考を巡らせるには場所が悪い。
「……んで、どうするんだ?」
門番の人が確かめるように俺たちに問いただす。
お目当てのリチャード市長がいない以上、俺たちもここに留まっている理由はない。
むしろ、彼らの仕事の邪魔になるだけだ。
「――お邪魔して申し訳ありませんでした」
「リチャード市長に、安らかな眠りを」
深々と頭を下げるアンジェとフーリに釣られるように、俺とリオンも頭を下げる。アンジェたちの「出直し」のサインだったとも言えるだろう。
「わざわざ来てくれたのに、悪かったな」
門番の彼らに気遣われながらも、ここらで俺たちは一度リチャード邸を後にした。無論、仕切り直しである。
ひとまず水路の近くにあったベンチに座り、もう一度情報を整理することになった。
「……まさか、これが偽者からの
アンジェは持っていた依頼書をペラペラと振りながらぼやく。
視線は水路で遊んでいる楽しそうなリオンとそれに付き合わされているノアではあったが、切れ長の目はいつもより虚ろだ。
「でも、なんで魔王の配下であるパルスが自分を討伐するような
浮かび上がる素朴な疑問に小首を傾げていると、フーリが「うーん」と唸りながら仮説を立てた。
「……街に傭兵を雇う口実を作りたかった、とか」
「それはあり得るわね。魔王の配下から街を守るなんて一番の理由だもの。ギルドを通しているという事実もあるから、雇われるほうもはったりだなんて思わないものね」
「まさか市長に化けているなんて考えもつかないだろうしな。それに、市長なら業者が下水道に出入りするスケジュールだってわかっているはずだ。どうすることもできる」
傍から聞いても彼の推理は筋が通っている気がした。
ただし、フーリの言うそのスケジュール管理は業者がいつ下水道に出入りするかではない。
いつまでリチャード市長の遺体を隠せるか、というものだった訳だ。
遺体が発見されたということは、もうリチャード市長も用なしということなのだろう。
「よく考えれば魔王の配下の討伐に対しては内容が漠然としているし、依頼期間も異様に短いのよね。初めからもっと怪しむべきだったわ」
苦笑いを浮かべながら、アンジェはくしゃっと依頼書を潰す。
あの化け猫眼鏡野郎、随分と用意周到な奴だ。眼鏡は伊達じゃないらしい。
ここまで推理できても、わからないことはまだあった。奴の目的だ。
「どうしてそこまで街を守りに固める理由があったのかしらね」
三人で腕を組んで考えてみるが、すっかり行き詰ってしまった。
それに、リチャード市長が亡くなってしまってはいなくなった神官たちの情報源もない。
「……どちらにせよ、情報収集だな。」
頭を搔きながらフーリはため息をつく。それは俺もアンジェも同感で、二人一緒に深く頷いた。
俺は――俺たちは、この街のことを知らなさすぎる。
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