第94話 眠れない夜は誰のせい?

「みんな今日は頑張ったんだし、美味しいご飯を食べたらゆっくり休みましょ」



「ね」と同意を求めるようにアンジェは俺たちに笑顔を振る舞う。



 ふと視線を落とすと、リオンがじっと俺のことを見つめていた。



「どした?」



 尋ねてみると、リオンは俯きながら近づいてきて、俺の服の裾を掴んだ。



「僕……今日、ムギト君と一緒に寝る」

「え?」



 咄嗟に許可を取るようにライザのほうを見てみると、彼はもう諦めたようにため息をついていた。



「……勝手にしろ」



 それだけ言ったライザは決まりが悪そうにガシガシと頭を掻く。

 初めのうちは俺に構うなと言っていた彼も、リオンの懐き具合を見て匙を投げたらしい。

 すると、すっかりリオンを俺に取られたライザを居たたまれなく感じたアンジェが悪戯っぽく「ウフッ」と笑った。



「なら、あなたはあたしと寝る?」

「ぶち殺すぞ」

「あらやだ、こわーい」



 大袈裟に自分を抱きしめるアンジェだったが、腰元は色っぽくくねっと曲げていた。無論、怯えていないのは誰が見てもわかっている。



 アンジェにからかわれたライザは眉間にしわを寄せながら、八つ当たりするように吸っていた煙草をごしごしと強く灰皿に押しつけた。

 ただ、その後すぐに真顔になったライザは、口を噤んだまま俺たちのことをずっと観察していた。



 それからは、穏やかに時間が過ぎて行った。アンジェが作った夕食をみんなで食べて、リオンがまた外の話を聞きたいというから色々話して――そうしているうちにリオンが眠たそうにしていたので、寝る準備に入った。



「本当にあたしがあなたのベッドを使っていいの?」



 寝る間際、確認するようにライザが訊くと、ライザは無表情のまま頷いた。



「俺はソファーでいい」

「でも、あなただって疲れてるでしょ?」

「いいって言ってるだろ、しつけぇなあ」



 途端に不機嫌になるライザにアンジェも困った顔で苦笑する。



「なら、お言葉に甘えて……おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」



 アンジェに別れを告げ、目が半目になっているリオンを部屋に連れる。もう寝巻に着替える元気もなさそうだったのですぐにベッドに寝かせた。



 狭いベッドで二人並んで横になる。もうすでにリオンは眠ってしまったようで、俺の隣でスース―と寝息をかいている。



 安らかに眠るリオンを、布団の上からポンポンと優しく叩く。

 傍からみると、幼い少年をあやしているように見えるのだろうか。だが、決してそういう訳ではない。こうしていないと、俺が落ち着かなかった。



 ――じゃーね、お兄さん。



 不意に、アルジャーの最期が頭によぎる。

 気にしないようにしたいのに、俺の手は未だに奴を仕留めた時の感触が残っていた。

 貫通した時の肉の感触。紫色の靄に包まれて消滅する瞬間。思い出すだけで、また手が震えた。



 前にアンジェが魔物のことを「殺した訳でない。魔界に帰っていくだけ」と話していたが、果たして本当にそうなのか。あのひと時こそが、彼らにとっての「死」なのではないか。

 けれども、命の取り合いなんて、これまでも散々してきた。それのに、姿が自分と同じだというだけで俺はこんなにも苛まれてしまっている。



 情けない。

 きっとアルジャー以外にも魔王の配下はたくさんいるだろうに、今でこの調子なんて先が思いやられる。



 こうなったら、自棄でも眠りに着いて忘れてやろうか。

 だが、目をつぶろうが、寝返りを打とうが、羊を数えようが、一向に眠りにつける気配はない。



 リオンの寝息を聞きながら、ぼんやりと天井を見つめる。

 依頼クエストのタイムリミットのこと。セリナのこと。そして、アルジャーの言った「あの人の恩恵」のこと。気になることがいっぱいあり過ぎて、雑念が俺の眠りを妨げた。



 考え事をしているうちに、時間は刻々と過ぎて行った。

 いったい、どれくらい経ったのだろう。

 ここまで夜も更けているから、いい加減アンジェも寝ただろうか。リビングにいるライザはどうしているのだろうか。そして俺は、このまま眠れるのだろうか。



 ―― 一回、眠るのを諦めるか。



 なんとなくそう思った俺は、リオンを起こさないように静かに起き上がった。

 とりあえず、水でも飲んで落ち着こう。

 ゆっくりとベッドを出て、足音をたてないようにそろりそろりと部屋の扉を開ける。

 すると、ちょうどリビングのほうでも微かに物音がした。



 こっそりと扉からリビングを覗き込むと、ライザがランプに灯りを点けていたところだった。こんな時間からどこかに行くと言うのだろうか。



 隠れるように見ていると、そのうちライザは静かに家を出た。

 女のところにでも上がり込むのか? だが、彼の背中からそんな雰囲気は感じない。



 このまま眠れそうにないし、何よりも好奇心に負けたので、俺は彼の後についていくことにした。

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