第14話 この神官、グランドクロス撃てそう

 アンジェに連れられておよそ三十分。

 俺は改めてここが異世界だということを実感した。



「おー……すげー……」



 飛び込んできた街並みに思わず感動の声をあげる。



 たどり着いた場所は決して大きくはないが、活気のある街だった。

 いくつもの出店が並んでおり、雑貨や食べ物を売る商人の明るい声が飛び交う。



 広場では子供たちが楽しそうに駆け巡り、その子たちを見守るように保護者らしきマダムたちが和気藹々わきあいあいと駄弁っている。



 また、建てられている住宅も外国な造りでつい見入ってしまった。

 こんなレンガ調で三角屋根の家なんてゲームかおもちゃ屋に置いてあるようなドールハウスでしか見たことがない。それに、道だってコンクリートではなくて石造りだ。



 あれだけ自然いっぱいな平野だったのに、少し歩いただけで随分と景色が変わったものだ。

 興味津々に街をきょきょろ見ていると、アンジェが微笑ましそうに話しかけてきた。



「ここは『オルヴィルカ』よ。あたしの故郷でもあるの。それで、神官様がいるのはあそこよ」



 そう言ってアンジェが指差した先には屋根のところに鐘がついた建物があった。

 壁についたステンドグラスがここからでも見えるし、白い壁はこのレンガ造りの家並みからは異端で、とても目立っている。どうやら教会のようだ。



 アンジェに連れられて教会の扉を開けると、シスターが箒で床を掃いていた。

 だが、アンジェが来たことに気づくと、シスターは「あら」と優しく微笑んだ。



「おかえりアンジェ。この方は?」

「ただいまシスター。この子、怪我をしているの。神官様にお会いできないかしら」

「まあ、大変! すぐにお呼びするわ」



 シスターは箒を壁に立てかけると、早足で奥へと入っていく。



 神官を待つ間、疲れたので教会の長椅子に座らせてもらった。



 教会の中は木造で、天井が筒抜けになっていた。

 屋根の近くについたステンドグラスが陽の光に反射して床を色鮮やかに照らしている。

 これまでこんな建物に入ったことがなかったから、その神聖な空気に少しばかり緊張していた。



 神官。アンジェは「凄い人」と言っていたが、いったいどんな人なのだろうか。

 神官というくらいだから、色白で金髪の優男な神父みたいな感じだろうか。



 そんな勝手なイメージを膨らませているうちに、やがて廊下から誰かの足音が聞こえる。神官様のお出ました。



 気を引き締めて、背筋を伸ばす。

 すると、奥から黒い丈の長い服を着た男が入ってきた。



「遅くなってすまない」

「ん!?」



 現れた男に思わず目を剥いた。

 いくら服の丈が長くたってわかる。

 日に焼けた腕は太く、がっしりとした筋肉で硬く引き締まっている。

 身長も二メートルくらいはありそうだし、とにかく全てがごつい。そしてスキンヘッドで彫りの深い顔つきも厳つくて怖い。おまけにあごひげまで蓄えている。



 神官っていったらつまり僧侶だろ? なんでこんなに筋肉隆々きんにくりゅうりゅうなんだよ。武闘家も極めてるのか?

 それって神官というかパラディンだろ。確かに凄いわ。



 だが、表情が固まる俺に構わず、アンジェは神官に会釈する。



「この子、例のルソードに襲われていたの。肩のほうは『クーラの水』を使ったけど、治り切らなかったわ。それと、腹部も痛みがあるみたい」



 アンジェが俺の症状をスラスラを伝えると、神官は腕を組んで神妙な顔で頷く。



「すまぬが、腹部のほうを見せてくれないか」

「あ、はい……」



 言われるがままに服の裾を上げる。



「うわ……」



 自分の腹を見て無意識に声が出た。

 痛みがある場所は見事に赤紫色のあざがついている。

 スライムの突進より、ルソードの蹴りが効いたのだろう。見ていたらなんだか痛くなってきた。



 一方、腹部のあざを見た神官は「ふむ」とあごに手を当てて頷いた。



「これくらいならすぐに治るだろう。少し待っていなさい」



 そう言って神官は俺の肩と腹部にそれぞれ手をかざし、静かに目を閉じた。



治療魔法ヒール



 呪文に反応して神官の両手から黄緑の淡い光が放たれる。

 淡い光が患部を優しく照らすと、あれだけ内出血していたあざがスーッと消えていった。



 勿論、動かしてみても痛みはないし、アンジェがつけてくれた包帯代わりのタオルを外すと、先程まで確かについていた切り傷もなくなっている。



「す、すげー……」



 感動しながら肩をぐるぐると回す。彼の言う通り、本当にすぐ治ってしまった。



「ありがとうございます!」



 深々と礼をすると、神官は「なんのこれしき」と謙遜するように首を振った。

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