第5話 爽やか剣士
「少しいいかな? 君たち」
それは、芯に確固たる根拠を持った、自信で満ち満ちていることが垣間見える落ち着いた声だった。
しかしお世辞にも、距離の離れた状態で呼び止めるには大きいと言えない声量だった。
故にその声は、二人の喋る声でかき消され、彼らの耳には届かない。
「――ってことで、歩いて行くとするか」
「はへー、死んじゃうなぁ」
「つっても手段がないんじゃ、お手上げでしょ?」
最後、うち片方は言ったが、ふと、
……あ、そしたらここの住人、困るか。
に自ら辿り着き、修正を、と、
「やっぱどっかに手段が――」
「失礼、少しいいかな」
え? と振り向いた先、一人の影がそこにはあった。
どう見てもこちらに目を向けてはいるが、自分達はこちらに来たばかり、話しかけられる理由も道理も思いつかない。
……俺たちの事を
この状況を引き起こしてくれた組織の命令で動いているのか、もしくは彼が張本人なのか。
いずれにしても警戒は怠らないようにしなければ、などと頭を働かせていた竜也は、
だけど、
「驚かせてしまったようだね」
すまないね、と爽やかに語るその男の恰好が目に映り、
……これまた厨二心をくすぐってくるねぇ。
親近感でついうっかり気を許してしまいそうになる。
竜也は目に焼き付けるようにジロジロ眺め、隣にいる可憐に、
目の前の男には聞こえないよう注意を払って、自身の考えの同意を求める。
「(なぁ、凄くね? 恰好。
――カッコいい的な意味で)」
「(え? あ、まぁ、そうだね)」
と、サラッと可憐は下から上へと目を送る。
20代ほどの若い男が金色で型取られた蒼黒いコートを纏っていた。
その裾は膝下まで伸びていて、腰あたりで二手に分かれ風に
……うーん、テーマは剣士、かな?
その姿はまるでイケメンコスプレイヤー、だけど、
……ここでは一般的、なんだろうね。
その馴染みのなさは、今も昔もファンタジー世界でしか目に掛かれない代物だからだろう。
異世界人二人が男の恰好に各々思い巡らせていると、
徐に、緻密で美しい紋様の鍔を持つ剣を、腰に巻かれている剣帯を正しつつ、
「私の名は、アルベルト・ロマネク。アルト、と呼んでくれると嬉しい。以後お見知りおきを」
と名乗り始めたので、
「あ、ご丁寧に……ボクは雨霧可憐と言います。それで、こちらが――」
と竜也の方を見る。フム、と頷く竜也を、だ。
……まさか……。
と思ったのも束の間、現地人に対して
「我の名を篤と聞くがよい。
――我は最強にして神聖なる
「竜也! 彼は鹿堂竜也です!」
が、構え途中での中断という結果で幕を閉じる。
「バッ、バカ! そんな自己紹介っ、
〰〰〰〰ッ、もう……」
「む、ここで真名を明かすのは早計だったか?
(訳:本名を名乗るべきだったか?)」
「当たり前でしょ‼」
「――――――」
一息の沈黙、
……あー、やってしまった……。
状況を忘れ、普段と変わらず竜也の調子に乗ってしまった。目の前に、腰に剣を携えて目を点にしている男、今にも斬りかかってくる可能性を前に、発した詫びの言葉は、
あはは、と爽やかな短い声に遮られる。
厨二患者とボクっ娘二人共々顔をそちらに向けた。
それに気付いて、
「あ、失礼……気を悪くさせてしまったかな」
「いえいえ全く!
――寧ろこちらのセリフと言いますか……」
「そんなに畏まらないでほしいな。先のようにしてくれて構わないよ。
それに――面白いものを見させてもらったよ。思わず笑ってしまったぐらいだ。」
一方は、なんだか思ったより気さくな人だ、と大きな胸をなでおろし、一方は、まだ油断ならぬ、と強気な姿勢で、
「……してアルトよ、我らに天啓でも授けに参ったのだろう?」
この人は……、と諦めたように可憐は一時、厨二言語の通訳へと徹することにした。
「それで――アルトさん、ボク達に何か御用があったのでは?、と」
なんとも奇妙な構図が出来上がる。それに面白がりつつも、
「――そうだったね。……その前に、
転移者は君たち二人で間違いはなかったかな? 見かけない服装から判断したのだけど」
「フ、我は聖域より舞い降りし混沌なり(訳:合ってますよ)」
「…………。うん。
転移自体は成功していたようだね。だけど――」
すまない、と、
「意図しない場に転移してしまったのは、手違いで誤差が生じてしまってね」
「……許す。これは我が力の糧となろう。
(訳:いいよー。今となっては面白い経験だ)」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。」
そういえば、
「一つ、竜也の話で気になったのだけど……ダンピール? って何だろうか?」
可憐にとっては気恥ずかしい、触れてほしくはなかった話題を掘り返す。
興味深々のご様子で――。
これには可憐も、それ訊くの⁉ と内心思わずツッコんでしまう。
……あれが設定って、分かってるのかな?
同時に、今度は外に漏らさず器用にツッコめた、ことに自画自賛。
なんて、頭が「ツッコミ」でごっちゃしてるとは厨二患者が知るべくもなく、
……俺の厨二設定に耳を傾けてくれるなんて――!
なんていい人なんだ、と、ずれた基準で人を判断し終わって始まる厨二設定の自分語り。
それは、言葉という名の弾丸による連射撃となるが、
「
「――ストップ、ストップゥゥウ!」
と本日二度目の途中幕引きとなる。
ただ一人の、この夫婦漫才の観客は、またも爽やかに笑い、
「はは。ほんとに面白い方たちだ。見ていて飽きないよ」
と内容も拾っていたのか、
「それにしても、
真面目に考え始める。
やはり異世界、この世界にも存在していたか、と高鳴ったのは厨二患者だけではなかったはずだ。
そこ詳しく、と竜也が問おうとしたが、
「……でも、今後その設定? を公の場で話すのは控えた方がいいかもしれないね」
というアルベルトの、竜也にとって唐突な死刑宣告する言葉に、
「我が煉獄の闇に怪光迷いし時か⁉(訳:なんで⁉)」
がその答は、
「それは、道中で話そうか」
アルベルトは、顔を別の方向へと向け、二人の視線を誘導させた。
そこには、
……やはり、あったか交通手段。
されど少々豪勢に着飾った大きめな箱に、なにか威厳のある馬二頭を携えたそれは、一般に使用されているモノとは別物なのだろうとの見解は、よそ者の自分たちが乗ってもいいのだろうかという遠慮は、乗り心地の良さそうなシートを前にその攻撃力は意味を成さなかった。
「では、向かうとしましょう……あの城へ」
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