第48話

「俺は砂漠を迂回して、西北に向かうよ」


 そう言ってニキアスさんはまた旅立った。

 俺たちも翌朝には再び来た道を戻って、依頼主の村へと引き返す。

 その時、手ごろな石に転移の印を書き込んで、王都内にある公園の茂みに置いてきた。


 行きと違い荷物のなくなった荷車を引く馬は元気よく駆け、6日目の夜には到着した。


「遅い時間になっちまっただな。けんど途中で野宿するほどでもなかったしなぁ」

「空くんたちは、よかったら家の宿に泊まっていくんしゃい。もちろん宿賃はいらんよ」

「おぉ、やった!」


 お言葉に甘えて、タダ宿ゲット。

 食後は桶のお湯で体をサっと拭くだけにして就寝。


『きゅっ』

「毛玉。あんまくっつくなよ。暑いからさ」

『きゅうきゅうきゅうぅぅ』


 嫌だとでもいいたいのか、毛玉がぐいぐいくっついてくる。

 可愛いんだけど、暑いんだよ。


「そうだ。砂漠に行くんだったら、毛玉の毛、少し刈った方がいいだろうか?」


 村の宿は一部屋に二段ベッドが二つ置かれた四人部屋だ。

 向かいのベッドにはリシェルたちが既に潜り込んでいる。


「そうですねぇ。魔獣化して、毛が伸びていますものねぇ」

「王都に行ったときに、散髪用の鋏を買いましょうか」

「そうだな」

「ついでに空の髪も切りましょうよ。こっちの世界に来たばかりの頃に比べると、だいぶん伸び放題よ」

「そうかなぁー」


 前髪をくるくると弄りながら──うん、伸びすぎてるな。

 もともと俺は前髪を伸ばす方だった。

 少しでも花粉が目に入る面積を減らそうと、目にかかぐほど伸ばしていたんだ。


 異世界に来てそろそろ三カ月になるか。

 前に髪を切ったのはいつだったかなぁ。


「ふわぁぁ~。それじゃあおやすみ~」

「おやすみなさいませ」

『んきゅうぅ』


 それじゃあ俺も寝ようかね。

 ベッドの横の机に置かれたランタンの火を消そうと手を伸ばすが……と、届かない。

 精一杯腕を伸ばしてぷるぷるしていると、その上を毛玉がのしのしと歩いて行く。

 

『んぎゅう……きゅっ』


 手──ではなく、耳でランタンの摘みを器用に回す毛玉。

 そしてドヤっと振り返るのだが。


「毛玉……重い」


 腕一本に奴の全体重が乗って、もう耐えれません!


『きゅっ』


 ぴょんと軽くはねてベッドへと戻ってくると、頭をすりすりと俺の腹にこすりつけてくる。

 もういいよ。好きなだけくっついて寝やがれ。






「う……うぅ……」


 朝。

 胸が苦しくて目が覚めた。

 そしたら顎のすぐ下にまりもがあった。


 違う。

 毛玉の尻尾だ。


 つまりこいつは俺の顔に尻を向けて、俺の胸の上で寝ていたということ。


「毛玉……重い」

『ぷぃー……ぷぃー……ぷ……』


 寝息か? それとも鼻提灯か?

 急に音が止まって、毛の塊がもぞりと動く。


『んきゅう』


 振り向きながら甘えた声を出して、ぐるりと反転して顔をこすりつけてくる。


「分かった。分かったから起きろ。いや降りろ。重い」

『きゅっきゅ』


 ぽてりと胸から毛玉が下りると、全てから解放されたように軽くなった。


「んん~、おはようぉ。どうしたのぉ?」


 俺と同じく二段ベッドの上の階で寝ていたシェリルが、寝ぼけ眼で挨拶をしてくる。


「毛玉が俺の上で寝ていたんだよ。息苦しくて目を覚ました」

「ふぅん。毛玉に愛されてるのねぇ」

「でもこれ雄だぞ」

「毛玉は動物じゃない。雄雌関係ないじゃないの? それとも毛玉が雄しか愛せない兎だと思ってる?」


 ……そんなこと、深く考えたことなかった。

 いや考えたくねーよ。


 リシェルを起こして食堂へ行くと、村の人が食事の用意をしてくれていた。

 ゆっくりテーブルに腰を落ち着かせて食べる食事は美味かった。


「食後にデザートはいかがかい? 丁度食べごろのドリンがあってね」

『きゅい!! きゅっきゅう』

「あー……じ、じゃあ……お願いします」


 真っ先に反応したのは毛玉だった。

 その様子に村の人も笑い、毛玉のためにドリンを二つも出してくれた。


「いやぁ、空くんがいてくれると、臭いのがないからいいねぇ」

「栽培しているから臭いに慣れていると思ったけど、おじさんたちでも臭いの?」

「そりゃあ臭いさ、エルフのお嬢ちゃん。まぁ他の人に比べれば我慢できるようになっているだろうけどね」

「それでもアタシらは、美味しいことを知っているからねぇ。このぐらいの臭いなら我慢するさ」

『むっきゅむっきゅむっ──』


 細切れにされたドリンが盛られた皿を見て、そして俺を見て、毛玉は首を傾げる。

 しばらく見比べた後、皿を咥えて歩き始めた。


「おい毛玉。どこに持っていくんだ」

『ぎゅっ!』


 追いかけようとすると、後ろ足で立ち上がった毛玉は「来るな」というジェスチャーを。


「空さん。もしかして毛玉は、ドリンの臭いを嗅ぎながら食べたいのでは?」

「うぇ、あんなくっさい臭いをか?」

「ドリンの臭いは魔物を寄せ付けるでしょ? 毛玉にとってはこの上なく美味しそうな臭いに感じるんじゃない?」


 常時、空気清浄が発動しっぱなしの俺がいちゃあ、美味い飯も無臭になるってか。

 くそぅ、寂しいじゃねーか。




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新作の異世界ファンタジー(転移系)投下しました。

勇者パーティーの最強賢者~二度目の異世界転移で辺境の開拓始めました~

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894627442

こちらもよろしくお願いします。

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