第15話

 成分分析スキルはなかなか便利だった。

 分析した空気中の成分はスキル発動中には視界の左端にずらっと並んでいて、SF映画の分析スコープ越しに見る画面のようで。

 さらに成分のことも知りたいと思えば、一つずつ限定でその内容が頭の中に流れてきた。

 残念なことと言えば、難しい単語が多くて俺には理解できないってことか。


 だけど解決策もあった。


 〇〇成分を調整して、こうなるようにしたい。

 

 そう思い浮かべるとスキルの方で調整してくれる。

 ただし思い浮かべた内容が可能なものであれば、だ。

 例えば、メタン濃度を上げてガスボンベ作って──なんて不可能な訳で。

 温度を下げまくって巨大な氷を作ってとかも無理。空気中の水分を凍らせることはできても、巨大な氷までは作れなかった。


 でもこれ、空気中の水分量も増やせばできるんじゃないかな?

 そう思って試してみたけれど、水分量の調整にはレベルが足りないだとか、同時に複数の成分操作にはレベルが足りないなど。頭の中でそんな言葉が浮かぶ。

 他にも今のレベルでは操作不可能な成分は結構あった。

 むしろ操作できる物のほうがまだ少ない。


 温度、二酸化炭素、酸素、ヘリウム。そして可燃性のメタンとクロロメタンだ。

 温度や濃度にしても最大と最低値が決まっていた。

 

 これがスキルレベルによる制限だろう。

 ならレベルを上げて制限を解除するのみ!


 そんなことをベッドの中で考えながら眠りにつき──そして翌朝。


 俺とリシェル、シェリルの三人で町へと出かけることになった。


「ニキアスさんは一緒じゃないんですか?」

「森の外までは同行するよ。だけど向かう先は違う。俺もそろそろ里を出て、周辺の情勢を調べなきゃならないからね」

「情勢、ですか」

「叔父様は定期的に森の外に出て、近隣諸国が今どうなっているのか。どこかで戦争が起きたりしていないかなど、調べて里にその情報を持ち帰ってきてくれるのです」

「他にも、どこでどんな物が流行っているとかもね」


 流行に乗り遅れないために?

 ファッションとか?

 いやぁ、まさかエルフがねぇ。


「まぁあとは単純に、里でじっとしているより外の方が楽しいっていうのもあるかな」

「叔父様はエルフの里より外の世界の方がお好きなのね」


 リシェルは少しだけ頬を膨らませ、怒ったようにニキアスさんを見る。


 こういうのファンタジー小説にもあったなぁ。

 変わりばえのしないエルフの暮らしが退屈で、常に変わり続ける人間の世界の方が刺激があって楽しいとか。

 変わり者のエルフがそうやって外に出ていくってやつだ。


「いやぁ、長寿なエルフの暮らしぶりは、いつも変わりばえがしなくて退屈でねぇ」

「その気持ち、わたしも少し分かる気がする。わたしも叔父さんみたいに外に出たいなぁ」

「え、えぇ!? シェリルまで?」


 おっと。まんまじゃないか。しかもシェリルも外に憧れているとは。

 シェリルもいつかは外に出てみたいと思っていたようで、そこで俺の顔をじっと見つめた。


「空。あんた異世界から来て、こっちの世界を旅したいとか思わないの?」

「え? お、俺?」


 そりゃあ思うさ。

 せっかく剣と魔法のファンタジー世界なんだぜ。しかも神スキルによって鼻炎症状も克服できたんだ。

 花粉のことなんて気にせず、自由に歩き回れる。

 思いっきり。人目を気にすることもなく。


「うん。俺も旅をしたいと思ってるよ。でも今は──」


 会話が弾んでいつの間にか森の端までやってきていた。

 太陽は傾きかけ、薄暗くなり始めた森の小道を振り返る。

 もちろん、空気清浄スキルを使って歩いてきたので、この辺一帯の空気は澄んでいるはず。


「この森の空気を全部浄化するのが目的かな」






 森を出る手前で今夜は野宿をする。

 明日はニキアスさんと別れることになるので、彼から周辺の事情をいろいろと教えて貰った。


「ここからまっすぐ西に行くと、一番近い町オヌズがある。大きくはないが、小さくもない町だよ」

「テントは手に入りますかね?」

「町であればどこでも売っているさ。旅人や冒険者の必需品だからね」

「冒険者……やっぱりギルドとかあるんですか?」

「お。空くんの世界にもあるのかね?」


 えぇ。ゲームや物語の中ですけどね。

 ニキアスさんから聞く冒険者ギルドの情報は、まさにそのゲームや物語に出てくるものとそっくりそのままで。

 仕事を紹介してくれたり、魔物モンスターを倒して得た素材を買い取ってくれたりしてくれる。

 他にも情報の売買から、宿の紹介までしてくれるとか。


「冒険者も懐事情はまちまちだからね。予算を話せばそれに見合った宿を教えて貰えるんだ」

「あぁ、なかなかいいですね」

「他所の町から来た冒険者なんかは、必ずと言っていいほどギルドで真っ先にお世話になるね」


 ギルドの登録はアッサリした──ものではなく、試験があって、それに合格したら見習期間があってと、簡単ではないらしい。

 それでもある程度腕に自信があるなら、登録しておくと便利だぞとニキアスさんは言う。


「リシェルとシェリルも登録するといい。お前たちなら試験もそう難しくないからね」

「やった!」

「え? わ、私もですか?」

「どうせなら三人一緒の方がいいだろう?」


 まぁ冒険者ギルドに登録していないとできないことなんかがあるなら、全員登録しておいたほうがいいだろうな。


「わ、分かりました。その時は私も一緒に登録します」

「やった! これで三人一緒ね」

「あぁ。一緒──一緒に来てくれるのか?」


 話の流れでをまったく気にしていなかったけど、リシェルとシェリルと一緒ってことでいいのか?


「あ、あんたが嫌だっていうなら、わたしはリシェルと二人で冒険するわよ」

「え? わ、私は空さんと一緒がいい」

「リ、リシェル!? 妹の私より空を取るの!?」

「え、あの、そういう訳じゃ」

「ははは。妹より大事な人ができただけだよねぇ、リシェル」

「そ、そんなんじゃありませんっ」


 なんだろう。この微笑ましいような、こそばゆい光景は。


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