第3話。時雨と白衣
この世界は何も変わらない。
どれだけ死に近づいても、生に対しての実感が湧いてこない。この感覚は、本物の死を得たとしても変わらない気がした。
特に学校という空間は自分の生存に対する感覚を鈍らせていく。変化のない毎日。自らを突き動かすような刺激の無い生活は本当にくだらないものだった。
「
教室で席に座っている時に誰かに声をかけられた。ボクが伏せていた顔を上げて、その人物を確かめる。
「何か用?」
ボクに声をかけてきたのは、
幼馴染と言えば、間違いはない。昔から萌絵が仲良くしているのは
「なんか、暗い顔してるね」
「いつもと変わらないけど」
萌絵には姉がいる。昔に何度か話したことがあったけど、今の萌絵はその姉によく似ている。愛嬌を振りまいて、優しくて。誰からも愛されるような人間。
見ているだけで、不快な気持ちになる。
「よかったら、相談に乗るよ」
「白石。ボクに話しかけるのやめて」
「でも……」
一度でも関わりを持った人間というのは本当に厄介だと思った。自分から拒絶しても、中々引き離せない。鬱陶しいのに、周りに対する影響を気にして強気に出れない。
「うざいって言ってるのがわからない?」
だけど、ボクは違う。他人を傷つけても平気だ。
「ごめん……」
萌絵は今にも泣き出しそうな顔をする。
「本当にうざい……」
ボクは席を立ち上がり、教室から出た。
そこで担任の先生と顔を合わせた。
「
「体調不良なので、保健室に行きます」
「そう。わかり。ました」
話し方が特徴的な
教室から離れて、真っ直ぐ保健室に向かう。午前中は保健室で過ごしてから、昼休みになったら戻ることにした。
「……っ」
保健室の前まで来た時、廊下で窓の外を見ている人物がいた。ソレはボクに気づくと近づいてくる。
「何を驚いた顔をしている?」
「
白衣を身にまとった椿綺。それが椿綺の正装であるように見えながらも、まるで殻を被った別の何かにも思えた。
「大鳳時雨。やはり気づいてなかったのか」
「だって、保健室の先生は……」
「私がこの学校に来たのは今年からだ」
それなら気づかなくても当然だった。
「だったら、声をかけてくれたらよかったのに」
「……だからな」
よく聞こえなかったと言うよりも、椿綺が適当に言葉を口にしたから聞き取れなかった。
「もしかして、ボクのこと嫌いだった?」
「その逆だ。時雨が私のこと嫌っていると思ったからだ」
「どうして、ボクが椿綺を嫌うの?」
椿綺が自分の顔に手を当てた。
「私は。アイツらに似ているだろ」
母親や柚子のことを言っているのだろうか。確かに見た目だけなら似てはいるけど、椿綺からは二人が持っているような無邪気さは感じ取れない。
椿綺は誰よりも人間らしい。
「本当に椿綺が二人に似てるとしたら、そんな心配したりしないと思う」
「そうか」
椿綺はボクを見ながら考えるような顔をする。
「ところで、保健室に何か用か?」
「体調不良」
「なら、ベッドを使うといい。今は誰も使っていない」
椿綺と一緒に保健室に入る。これまでに何度か足を運んだことがあるせいか、ここに来るのも慣れてしまった。
「椿綺、少し話があるんだけど」
「体調は平気か?」
「嘘だってわかってるでしょ」
椿綺が近くにあった椅子に座る。
「質問があるなら答えよう」
ボクは椿綺と向かい合って座る。
「一つ。気になったことが」
「娘のことか」
椿綺はボクの質問を見抜いた。
「あの子は椿綺の子供?」
「ああ。私の娘で間違いない」
「椿綺って……若いよね」
「アレはそれなりに若い時に産んだからな」
いくら若いと言っても、子供はそれなりに大きく見えた。椿綺の年齢を考えれば、学生の頃に産んだのではないだろうか。
「父親はいないの?」
「アレの父親と呼べる人間は存在しない」
椿綺の言い方が所々気にはなるけど。
「ふーん。意外と椿綺って……」
言葉を口にせず止めた。
「遠慮することはない。好きに言うといい」
「怒らない?」
「ああ。時雨の言葉はすべて受け入れよう」
椿綺のことなら信じてもいいと思えた。
「あまり賢くない?」
ボクの言葉を聞いて、椿綺が少し息を吸う。
「……あの子は私の愚かな行動によって生まれてきた哀れな子供だ。もし、私を責める人間がいたとしたら、それは当然のことだ」
椿綺は深いため息をする。
「当時の私は娘を両親に押し付けた。とてもじゃないが、私一人で娘を育てるのは難しく。私は娘のことよりも仕事を優先してしまった」
「でも、今は一緒に暮らしてるよね?」
「ああ。仕事が落ち着いた頃に娘と話し合ったからな。私と一緒に暮らすことを娘も望んだ。もしも、あの時に娘が嫌がっていたら、今も私は一人だったはずた」
椿綺が母親として正しい行いをしたのかわからない。それでも、あの子は椿綺と一緒にいることを望んだ。つまり、子供にとっては間違いなんてなかったんだと思えた。
「ごめん。何も知らないのに」
「気にするな。私が間違えことに変わりはない」
「でも、今の椿綺は子供を育ててるよね」
どれだけ間違えたとしても、それは変わらない。
「……そういえば、娘が時雨のことを気にかけていたな」
「ボクは一回も話してないけど」
「私の娘は人見知り……いや、人間嫌いと言ってもいい。昨日、私が家に帰った時も顔を出さなかったはずだ。それでも私と時雨の会話は聞いていたようだ」
まったく気づかなかった。
「本来なら、娘は時雨が帰るまで姿すら見せなかっただろう。なのに、娘は私のベッドに来た。おそらく、時雨の顔が見るためだ」
「ふーん」
「興味なさそうだな」
実際に椿綺の娘と話をしていないせいで、あまり実感が湧いてこない。でも、他人から好意を持たれるのも嫌だった。
「ところで、何故、授業を抜け出したんだ?」
「話さないといけない?」
「一応、私はカウセリングも担当している」
ボクは少しだけ、椿綺に疑いを抱く。
「カウセリングの先生って、嫌い」
「確かにカウンセラーには出来ることに限界がある。親身に寄り添っているように見えて、どこかで線を引いている。そこを時雨は嫌っているのだろ?」
椿綺の言う通りだった。カウンセラーなんて結局は他人。どれだけ心を晒しても、本当の解決なんかしない。
「しかし、私は時雨との間に線を引くつもりはない。それは決して同情しているからではなく、時雨を一人の人間として認めているからだ」
「ボクは……人間らしい?」
「時雨の母親や柚子と比べなくても、よっぽど人間らしいだろう。何も悩まず、何も感じず、何も望まない。そんな人間に手を差し伸べても、意味はない」
そんな機械のような人間が本当にいるのだろうか。少なくとも、母親と柚子は楽しいという感情が、そのまま表側の行動に出ているように感じた。
「教室を抜け出したのは……人付き合いがめんどくさいから」
原因が白石萌絵だけだとは言わない。周りの人間が優しいからこそ、鬱陶しくて、突き放したくなる。
「なら、学校に通わなければいい」
「最初はそのつもりだった。でも、お姉がボクと一緒に通いたいってうるさいから、仕方なく」
「時雨にも苦手なモノはあるのか」
「お姉は……ボクにとって、大切な家族だから」
椿綺が少し鼻で笑ったように見えた。
「椿綺。そんな大切な家族をほったらかして、死ぬのはバカバカしいと思ってる?」
「いや、柚子は本当に愛されているなと思ってな」
椿綺の言う通り、ボクと違って柚子は他人から愛されやすい人間だ。それは他人と関わりたくないボクですら同じような感覚を抱いてしまう。
「愛って言うほどいいものじゃないよ」
結局、椿綺との話し合いでボクの問題は解決しなかった。椿綺とぐだぐだ話を続けるのもよかったけど、今はベッドで休むことにした。
これから椿綺といくらでも話せるのなら。今ここですべてを話す理由なんてない。まだボクの心を晒す覚悟なんてなかったのだから。
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