第2話 スクールカースト

 美雪は朝からぼうっとしていた。

 そして友人が何事かと訊くと、

「昨日撮影所でね」

と、女宇宙刑事に助けられた話をした。

 友人達は、微妙な顔だ。

「それ、撮影とかじゃなくて?」

「違うわよ」

「女宇宙刑事サクヤの役の人に助けてもらったんだ。へえ。あの女優、強いんだ」

「違うわよ。変身後は大抵別の人がやるのよ」

 別の友人が言う。

「じゃあ、誰かわからないわねえ」

「名前、出ないもんね」

「お礼、ちゃんと言いたかったのに。

 それにしても、カッコ良かったのよ」

 ウットリとして言う美雪の声を、通路1本挟んだ席で、崇範は聞いていた。

 バレて無い事にホッとはしたが、恥ずかしい。

 本を開いてはいるが、集中できない。

「東風さん、おはよう」

 そんな所に現れたのは、学校を代表するイケメンと言ってもいい男、堂上健政どうがみたけまさ。サッカー部レギュラーで、間違いなく学校で一番モテているだろう。

 美雪とベストカップルとして認識されている。

「おはよう、堂上君」

「正義の味方?」

「そうなの!」

「俺がいたら、俺が東風さんを守ったのにな」

 きゃあ!と、女子が黄色い声を上げる。

 美雪はのほほんと笑い、

「堂上君も、弱い者いじめは見逃さないのね」

と言う。残念ながら、堂上の意図するところは伝わっていない。

「ま、まあ」

 それでもめげずに、背後の机に手をついた――崇範の机に。

 それで、ペンケースが派手にひっくり返って床に中身が散らばった。

「あ。悪い」

 堂上は軽くそう言って、散らばった中身を眺め下した。崇範はサッと立って、拾い出した。

「いや」

「手伝うわ」

 美雪が立ちかけるが、

「もう終わるから。ありがとう」

と崇範が言い、堂上は、

「東風さんがする事はないよ」

と止める。

(そうだ。お前が拾え)

 心の中でそう言いながら、崇範はシャーペンと消しゴムを拾い集めた。

 美雪は、ジッと崇範を見た。

「何か?」

 ドキッとする。

「いえ、その、何でも無いわ」

 美雪が言って、視線を外す。

 そこでチャイムが鳴って、各々席へと着いていく。

 美雪は、こそっと横目で崇範を窺った。

 宇宙刑事のマスクは顔の半分弱がメッシュで、顔は見えなかった。しかし、手袋をした手の感じが、崇範に似ていると、何となく思ったのだ。

 自信は全くない。確認しようにも、気が引ける。

 第一、女刑事ではないかと訊いたら、バカだと思われそうだった。

「何で名前を訊かなかったんだろう……」

 美雪は軽く嘆息した。


 美雪の友人は、そっとそんな美雪と崇範を見ていた。

「どうしたの?」

 後ろの席の女子が訊く。

「うん。深海って目立たないなあと思って。あんまり話した事も無いし」

 それで、彼女も崇範を見た。

「そうね。暗いってわけでもないし、話しかければ普通に返事するんだけどね。男子とはたまに話してるの、見るし」

「でも、誰と仲が良いかって訊かれたらわかんないよね」

「確かに。クラブとかも知らないし、どこに住んでるのかも知らないわねえ」

「大人しいの?」

「そうかな。その他大勢。最下層ではないけど、上でもない」

 それでもう興味を失ったらしく、2人は昨日のテレビの話をし始めた。


 堂上は、美雪が崇範をそっと見るのを見て、舌打ちをした。

 カースト上位とも言うべき堂上にとって崇範は、目立たない、風景のような存在だった。

 しかし、美雪が何かわからないが興味を示している以上、崇範は要注意人物である。

 格下と疑いもしなかった人物に負けるのは、我慢がならない。

 2限目は体育で、男子は200mハードル、女子はハンドボールで、グラウンドで別れて始める。今日は小テストで、タイムを計測する事になっていた。

 出席番号順で、数人ずつ走る。

「へえ。深海が1番早いのか」

 ポツリと意外そうに教師が言うと、男子はワッとわく。

「やるな」

「たまたまだよ」

 崇範はそう控えめに言い、教師が、

「これからも手を抜くなよ。抜いてもばれるぞ」

と冗談交じりに言って皆は笑ったが、堂上は内心で崇範を敵と認定した。

 崇範の知らない所で、面倒臭い事になりかけていたのだった。




 



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