石田1967

第1話

『心』


 少年は空を見上げた。

 その空には幾つもの殴り書きがあった。

 それらはそれぞれの自己主張を垂れ流し、何物にも縛られず自由であった。

 《空ペンシル》の普及は今の社会に深く根ざしたものとなっている。

 初め、その使い用途は子供の知能育成の為であったが、今確実にその商品はまったく別の道を辿っていると云っていい。

 テレビCMではアイドルのカップルが愛の告白を愛らしく語り合っているが、実際の使い用途は……誹謗中傷、差別糾弾がまかり通り、それが原因で幾つもの宗教戦争や政治戦争、はたまた殺し合いが起こっていた。

 簡易的でありながら、持続時間は決まっている。が、特製のイレイザーで宙の記憶を解除消去しなければその時間内は消える事のない《空ペンシル》。本来大人の管理下において子供達に使われるものであったものだ。

 だが、その子供達は決して大人達の自由にはならず、独自の幼年期の【毒】でもって友達というオモチャを壊すに至る中傷や罵倒をイマジネーションが続く限りやってのける。

 暗い影は闇へ、そして闇はその又闇へ、そしてその闇はブラックホールへと不快な連鎖を引き起こす要因となった。

 子供達はより深く、より純粋に魔の虜になるべく純度の高い弱い者いじめを展開させている。

 そんなある日、

 男の子が言った。

「へいわ、って書こうよ」

 その男の子は更に続けてこう言った。

「一週間後の今日が終わる時間に一斉にさ」

 子供達は口々にその男の子を罵り罵倒した。そして次の日から、その男の子が虐めの標的となった。当然といえば当然。突出した善行は今の時代、とても鼻につくものだ。〔気色わるっ!〕〔あほか〕〔ええかっこすんな!ぼけェ〕〔きもっ!〕〔勝手に一人でせェ〕〔何かええ事あンのか?〕〔俺らせェへんで、笑われるもん!〕〔変な奴!〕〔死ね!〕

 虐めの連鎖は、なだらかな斜面を昇り一気に落ちるのだ。男の子への虐めは加速の一途を示していた。他の子達もこうなると止められない。行く所まで行かねば止まれない。

 五日後、

 その男の子は死んだ。自らの命を天空より地上に叩きつけ命を断ったのだ。

 混沌と秩序。

 新聞やマスメディアは少年の愚行を憐れみ、今後このような事がないよう各々が最善を尽くすべきだと綺麗ごとを述べた。

 しかし、そんな綺麗ごとフィーバーもその日だけで、モノの見事にみなの記憶から薄れるのは早い。記憶に留めるのは、その家族と関わった人間達だけになる。

 が、

 その二日後、

 つまり、その男の子が言った一週間後の今日が終わる時間、すなわち二十四時、

 世界各国の至る所で空に『平和』と書かれたのである。日本、アメリカ、中国、オーストラリア、ロンドン、アフリカ、ソ連、チェコ、ニュージーランド、北極、南極、北朝鮮、スイス、フランス、イタリア、韓国、他全ての国、全ての地域の空に、全ての国の言語やピースマークが空一面に描き出されたのだ。

 その突然の現象にマスコミは一斉に飛びついた。長く続く不況と戦争、マイナスのニュースは数あれど、優しさに包まれる驚きのニュースは微々たるもの。しかもそれが世界規模ともなれば、ない話しである。

 『平和』

 この空ペンシルで書かれた文字の持続時間は、およそ十時間。その時間内にその字を見止めた人々は更に『平和』と書き綴った。

 人々が本当に求め止まないもの。

 平和。

 その現象に男の子が関わっていたと知った父親は我が子の発想を誇らしく思い、涙ながらに母と一緒に空に大きく、

『平和』

 と書いた。

 抜けるような空が眩しい季節であった。


END

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