第23話 村娘とググランデ

「サイ……起きろ」


 耳元で聴き慣れた囁きに起こされる。もう外は明るいのか、戸窓の隙間からの光が眩しくて目が開かない。


「うん……」


 顔を傾け下まぶたを震わせながら目を開くと、目の前にアーネスの顔があった。


「な、なんだよ! 」


「……起きろ」


「わ、分かってるよ」


 いちいち心臓に悪い。夢に見た顔の距離と同じでびっくりする。俺がベッドに腰掛けると、壁にもたれてアーネスが戸窓から外を見るように合図する。


 宿の二階からそっと外を覗き見ると、ググランデの配下の者が村の中をウロウロしているのが見えた。まだ朝靄あさもやが立ち込めてる時間なのに。


「追いつかれたのか?」


「まぁ、ここまでくると衝突なんかしないと思いたいが。村人全員に口止めでもさせないとならなくなるし」


 アーネスは俺の確認が済むとゆっくりと戸窓を閉めた。部屋に薄暗さが戻ると、アーネスが着替え始めた。俺は慌てて壁を見る……いつになったら女の自覚持つんだよ? やっぱり俺って男だと意識されてない!?


「サイも支度をしろ。……荷物は最小限に」


 そう言われて振り向くと、アーネスは村娘の格好をしていた。荷物を布で包み、抱えて運ぶようだ。


「ググランデ本人は今日の午後か夕方か……と聞いた。とにかく、同じルートにならないように先を急ぎたいんだ」


 アーネスは宿屋の娘から服を譲り受け、馬を置いてこれからは徒歩で精霊の森に入って行くと言う。


「サイも、村娘になれるか? 酒場の女の子とか……」


 アーネスが問いかけた。


「いや、彼女たちは俺が模せる魔力を持ってないからなぁ……魔力を持っている見知った人間じゃないと。そうだな、ユーネイア姫なら……」


 ユーネイア姫の名前を聞いて、アーネスがピクリと反応した。


「お前、ここでユーネイア様を出してくるな! 」


「……何怒ってんだよ。じゃ、他のやつな」


 魔力を持ってる無難なヤツの顔が思い浮かばず、アーネスにメチャクチャ叱られた。アーネスだって魔力が武力特化だけのくせに。


 とりあえず、ググランデの配下の者には俺の顔は知られていないので、フードを目深に被って他人の変装はやめておくことにした。酒場での騒ぎを目撃した村人から派手に声掛けられたらマズイのだが。


 俺たちは宿屋の裏手から森に向けて急いだ。


 村の若い男と村娘が森にデートにでも行くのかと、ググランデの配下の者は俺たちを見過ごして行く。


 村はずれの森は緩やかな傾斜に樹々の根が複雑に重なり、枝葉をすり抜けた日の光が斜めの線を描いている。


 ようやく村から外れて森の奥へ消え入ろうとした時、さっきまで感じられなかった気配が俺たちの背後に突然現れた。


「おい、そこの二人……」


 俺とアーネスに聞き覚えのある声だった。


 ガーグル……傭兵経験のある凄腕の剣士。同じ剣術学校の同期だ。ググランデに雇われていたのは盲点だった。気配を消し俺たちの背後を追跡していた。キャリアが違う。


 俺は振り向く前に、アーネスの背中に腕を回した。アーネスが村娘風の頭巾の淵を抑えると、俺はガーグルに振り返った。


「無礼であるぞ! 」


「こ、これは、……ググランデ様。申し訳ありません! まさか既にご到着されていたとは知らずに……」


 俺は、咄嗟にググランデの姿に化けた。ガーグルが慌てて苔むした地面に膝を立て、許しを請うた。


「私は今、お忍びなのだ! 邪魔立てするとは何事だ! 」


 振り向いた流れで、アーネスの顔を俺の胸に沈めその顔を隠した。頭巾の淵でガーグルにはアーネスの顔が見えないはずだ。


「はっ!! 」


 深々と顔を地に伏せんばかりにガーグルは頭を下げた。礼節を重んじるガーグルに対し、俺は下品さ全開でググランデを演じる。


「分かったら、サッサと消えろ! お前ごときが関わる事ではないわ! 」


「はっ! 」


 スッと長身を高く上げたと思うと、ガーグルはくるりと身体を翻し颯爽と森から村へと戻っていった。


 ググランデのイメージは使い易いなと、俺は思った。魔力と本人の違和感があるが。ただ、もうこれで待った無しになった。ググランデ勢からの大逃走劇が始まると覚悟した。


 ガーグルの姿が森の木々の隙間から全く見えなくなると、俺は抱き寄せていたアーネスの顔を見た。アーネスは目を強く瞑っている。


「なに? どうした、アーネス」


「ググランデを止めろ、早く戻せ」


「あぁ——」と、俺は幻影を解除して自分に戻ると、アーネスが目を開いた。


 と、同時にアーネスが堪えていた笑いを噴き出した。


「ふっふっ!! 村娘を片腕に抱き寄せて、ググランデがお忍びか!? サイ、お前、趣味悪過ぎだぞ!! 」


 ——あ、そう言うのは、分かるのね?


 声にならない笑い声を必死に押し殺しながら、珍しくツボに入ったのか、俺の胸をバンバン叩く。


「いて、痛いって、馬鹿力なんだから、止めろ」


 なかなか笑いが治らないアーネスを強引に引っ張って、俺は森の奥へ奥へと突っ走った。


 一方、森の外に辿り着いたガーグルも、笑いを抑えていた。太い樹の幹をガシガシ叩いて、事の顛末てんまつを思い出して噴き出した。


「あいつらときたら——何にも変わってないんだな! 」


 騙されたフリをしたガーグルは、一息入れて落ち着くと足早に持ち場に戻っていった。

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