28.夏休みが終わった次の日の話

 夏休みの終焉。


 今年の夏は、例年に比べて多忙と言えた。


 山奥のルルド村で殺人未遂事件を解決したり、病人を治療して回ったり。


 その時に知り合った、というか教団ごと僕の信者となった人の伝手で、氷雪都市フリージアに本部を置く“氷柱の輪”での事件を未然に防いだり。


 その後は、手品の師匠と姉弟子との三人で、海辺の町へ強化合宿に出掛けたり。神の化身という立場上、師匠の仕事についていったりするとあらぬ疑いをかけられるので、以前のようにたびたび出張営業についていくこともできず、こういう機会でもないとがっつり教えを乞うこともできないのだ。布教に活かすことも考えているけれど、単純に、練習して上手くなるのが楽しい。


 中盤から終盤にかけては、僕を神の化身として崇める宗教団体、“真なる神を祀る会”の在家信者や、その関係者を治療して回ったり。一応歴史の長い宗教だから、他所の国にも支部があったりして、その支部の偉い人を納得させるためのパフォーマンス的な意味合いもあったんだけど、簡単に言えば他人のお金で色んな所を飛び回ったことになる。


 知人である有名大学の教授に呼ばれて、お茶を飲んだりもした。


 で、その合間合間に、本業でもある布教活動をしていたわけだ。

 布教活動と言っても、ひょんなことから信者数は一気に増えたわけで、自分の中でもなんとなく「ノルマは超えたかな」という気分になっていたので、天与聖典バイブル教系の宗教施設訪問の方はサボっていて、神の化身らしいことと言えば奇跡を用いた占い師しかしていない。

 というか、それくらいの時間しか取れなかった。僕は現在のところ学生――それも受験生の身分にあり、大量の宿題もある以上、長期休暇とは言えそうおいそれと遠出をするわけにもいかない。

 いかないにも関わらず、オイソレオイソレとばかりに遠出をし倒していたわけだから、それ以外の日は可能な限り、引きこもって学業に励まねばならない。占い業というのはその点うってつけで、迷える仔羊が来るまでは完全に自由時間であり、僕はどうにか夏休み最後の十日間で全ての課題を片付けた。


 夏休みの前半には、学校の友人とプールに行ったり、喫茶店や映画館に行ったりもしていたけれど、後半は家族と宗教関係の人以外にはほとんど誰にも会っていないことになる。

 占いは平時でも入ってくる業務だし、在家巡りは元々の教団の構成上、常に巫女と一緒に回っていたので、神の化身業のマネージャーである幼馴染のレインとも全然会えていない。氷雪都市土産のゴーフルを渡して以来だし、向こうも何やら忙しくしているようで、隣の家に住んでいるのに顔を合わせることもなかった。

 うちの学校には夏休み中の登校日なんてものもないので、学校関係の人と会うのは、本当に夏休み前半以来ということになる。


 玄関を出て、少し足を止めた。


「何か緊張するなぁ」

「学校行くだけでしょ? イーくん、いじめでも受けてたっけ?」


 僕の後から出てきた姉が隣に並び、まるで心配もしていない口ぶりでそう尋ねた。


「久々に会う人って緊張しない? それが一クラス分だよ?」

「あーわかるわかる。この子誰だっけ? ってなるわ」

「それはならないけど」


 だよねー、と姉は適当な相槌を打ち、そのまま庭に停めてあった自動二輪のカバーを外して、それに跨り職場へ向かった。

 姉は株式会社ロード・トゥー・ゴッドという廃品回収・施設レンタル企業の社長であり、普段は僕が占いをしている部屋の近くの廊下の管理をしているのだけれど、最近は何か、新しい事業も始めたということで、随分忙しくしていた。

 姉と別れた僕は一人、学校への道を進む。


 隣家に住む幼馴染とは学校も同じだし、通学路で一緒になることも多いのだけれど、別に待ち合わせをしているわけでもないので、どちらかがいつもの登校時間より遅く家を出たりした場合は、一人で学校へ向かうことになる。今日は僕が少し遅れたのだ。いつもなら僕が家を出る頃は、姉はまだ朝食を食べている頃合だ。


 久々の通学路、夏休み明けの第一日。

 近隣の小学校、中学校、高校も大体今日が新学期の初日なので、夏休みで人の少なかったいつもの道が、平時の人通りを取り戻す。

 うちの学校は私立中学で、生徒の多くは電車通学だ。僕の家からはギリギリ歩いて通えるというか、ギリギリ自転車通学が認められない距離で、うちの近所から通っているのは僕とレインの二人だけ。学校に近付くに連れて、自分と同じ制服を着た生徒の姿も増えてくる。


 のだけれど。


 どうも、何かしらの引っかかりを覚えた。


 視界の端に何かがちらついて、妙に気になる。

 違和感の正体を確かめようと、周囲を歩く人の姿を見渡す。

 と、一つのことに気がついた。


「何だあれ。流行ってるのかな」


 思わず口をついて出たのは、うちの学校の生徒を中心に多くの人が身につけている、妙な模様のグッズだった。

 革カバンに貼ったステッカー、首から下げているタオル、リュックのドリンクホルダーに刺さったボトル。

 よく見ると、小学生くらいの子がつけたキーホルダーにも、同じ模様が入っている。


 それが流行だというのなら、流行なんだろう。

 それでも、まじまじと見ると、やはり酷く奇妙な感覚を覚えた。


 その模様は、そう。



 糞ダサいのだ。



 え、何でこんなのが流行るの? おかしくない?


 えぇと、こう、説明するとね?

 白地に黒い線で、同心円が三重に描かれていて、その一番外側の線、四十五度傾いた正方形が外接してんの。


 家紋か。


 ダサカワ? ダサカワなの?

 カワって付ければ何でも許されると思ってるの?

 僕は今、自分の隣にレインがいないことを深く嘆いた。

 もう少し早く起きて、いつもの時間に家を出ていれば良かった。

 この感情を分かち合い、共感してくれる相手がいないことが、こうも辛く苦しいものなのか。


 僕は心持ち早足気味に校門を潜り、運動部が朝錬をするグラウンドの脇を通り抜ける。


 靴を履き替え、階段を廊下を進み、教室のドアを開き、自分の席につく。


 視界の端々に、白地に黒の模様がちらついている。


 ツッコミを入れたくても入れられない。

 そんなもどかしい気持ちを必死に押さえつけながら、ここまで辿りつき、ようやくこの気持ちを素直に吐露することのできる相手の下へ辿り付けたのだ。

 僕は言うべき言葉を推敲しながら、鞄の中身を机に移し変えてゆく。


 不意に響く「あ」という弾んだ声と共に、軽く背中を突かれた。


「サニー、おはよ! 久しぶり!」


 溜息を吐いて、振り返る。


 そこには、机上に白地に黒模様のタオルを積み上げ、白地に黒模様のラベルを巻いたボトルを並べ、ステッカーを積み重ね、あまつさえ、『安らぎ』とかいう薄いツヤ紙フルカラーの冊子の束をトントン揃える、幼馴染の姿があった。

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