おまけのおまけ
フロリアーナのはなし ①
異世界日本出身の杏奈は、こちら世界の貴族的なしきたりに疎い。
勉強はしているが、あまたある暗黙の了解や、記載のない慣例などについてはまだまだ無知だ。
男爵という、れっきとした貴族とはいえ、軍にばかり傾倒してきたヒューゴも同様である。
その結果、平民出身でありながら貴族とも多く関わり、手広く商売をしている正妻ジュリアがセレンディア家で最も社交に精通している人物になる。
だから王城の「子ども交流会」が、頻回に開催されていることの異例さに気づいたのも、やはりジュリアが先だった。
「アルフォンス第二王子が、ハリーと手合わせをしたいって駄々をこねたらしいわ」
「そうだったのですね。私、知らなくて」
買い付け出張から戻ったジュリアが土産片手に杏奈の私室を訪れて、今日の茶会は始まった。
旅先の話題が一息ついたところで、そういえば、と思い出したように話し出したのは交流会のこと。
ライティングデスクに置いたままの、王家の紋が入った招待状がジュリアの目に入ったようだ。
これまでも子ども交流会は開かれていたが、ひと月に一度が通例。冬季などは三か月も間が空くこともあったそうだ。
それが、ハリーたちが参加してからというもの半年も経たない内に両の手で足りないくらい開かれている。
ヒューゴを通してのふんわり連絡だった日程も、きっちり招待状が送られてくるようになり、今日も二人で行っている。そしてなんと明日もだ。
相変わらず迎えの馬車に乗れるのは子どもだけだし、王宮側は交流会の内容に関してノーコメントを貫いている。
なので、ハリーたちから聞く話だけが頼りなのだが、家で上がる話題は「どんなことをして遊んだか」が中心だ。
開催の背景や回数のことまでは、杏奈は気にしていなかった。
「交流会自体は別に悪いことじゃないわ。顔も売れるし」
「ですよね……」
「あらアンナ。なにか不都合?」
二人の子の将来を思えば、今から王宮に出入りしておいて損はない。
事実、初日から圧倒的な剣の実力で男の子たちの注目を集めたハリーは、年長の子とも対等な扱いで、宮廷騎士から並んで指導を受けたりもしているという。
ドナリー師匠とはまた違う剣技を知れる、と楽しそうだ。
友達作りに躓いたフロリアーナも、今ではうまくやっている。
まだ小さなトラブルは時々あるものの、こじれる前にお互い話すなどして子ども同士で解決もできている。
仲良しのお友達と呼べる相手もできて、世界が広がったようだ。
男爵邸は王城に行きやすい場所にある。家庭学習に遅れもないし、頻繁に呼ばれても問題ない……はずなのだが、杏奈はどこか思案顔だ。
「……シーズンが終わって、王都にいた貴族のほとんどが領地に戻られたじゃないですか」
「そうね。
それもいいわね、と旅行プランを立て始めようとするジュリアに、杏奈は違うと両手を振る。
「旅行も素敵ですけれど、それはまたの機会に。交流会の参加者が減っているのが問題なのです」
それぞれの領地へは、当然子どもも連れて戻る。
その結果、今の交流会に集まるのは王子を含めて四人しかいないのだ。
「人数が減るのは仕方ないわよ」
「でも、ジュリア様。女の子がフロリアーナだけなんです」
ハリーとフロリアーナ、第二王子アルフォンス、宰相子息のオリバーがここ最近の固定メンバーになっている。
三人いる王家の子どものうち出席するのは、ハリーの一歳下である第二王子のアルフォンスだけ。
第一王子ディーンは生まれつき病弱で療養中だし、王女のヴァイオレットはまだ幼く、交流会に顔を出してもごく短時間である。
出会い頭にこてんぱんに負けて以降、ハリーをライバル視しつつ忠犬のように慕っているアルフォンス王子は、かなりやんちゃだ。
意地悪をされるわけではないが、言動がうるさいのでフロリアーナはできれば近づきたくないと避けている。
四人の中では年長の宰相子息オリバーもまだ十二歳。年下の女の子の相手をするよりも、同年代の同性と思い切り体を動かすほうを好む。
フロリアーナも素振りの真似事くらいなら一緒にできるが、模造刀とはいえ重さはあるし、最近は打ち合いもかなり本格的だ。
とてもじゃないが加われるレベルではなかった。
(お城の人たちも、もうちょっと融通をきかせてくれてもいいと思うけどなあ)
お絵描き道具や本など「相手を必要としない」遊具は、交流会の意義に反するとかで持ち込めない決まりだ。
そのためフロリアーナは、男子チームの手合わせをひとりでぽつんと眺めるだけの時間が延々と続くことになる。
「ふうん? 私なら、そのへんの侍女や侍従を捕まえて情報収集でもするけど」
「いやいや、ジュリア様。フロリアーナは七歳ですよ?」
「私はそのくらいの歳から商品開発や流行分析をしていたわよ」
「ジュリア様は特別仕様です」
自分なら王宮の流行を聞き込むのに、と不思議そうに首を傾げるジュリアに杏奈は苦笑いをする。
まだ人見知りもするフロリアーナは、気を利かせた侍女が話しかけてくれても上手く返せないと困っていた。
「今日も『つまらなかった』って、しょんぼり戻ってくるんだろうなって思うと、かわいそうで」
交流会への参加は強制ではない。しかし、王家から直々に届く招待状を無視することなど実質不可能だ。
とはいえ、そこをどうにかするのも親の役目。嫌なら行かなくていいと伝えている。
だが、子どもなりに大人の――貴族の付き合いというものになにか感じているのだろう。
兄は行くのに自分だけ、という意地もあるようで、絶対に「行きたくない」とは言わないのだ。
ふう、と杏奈は溜息を吐く。
「無理に休ませるのもよくない気がして」
「そうね、プライドは尊重しないと。まあ、しばらくは様子見ね」
「それしかないですよね……」
「そうよ。それより、見てこれ。どう?」
気分を変えさせようとパッと表情を明るくしたジュリアが、商品とも土産ともつかない物を杏奈の前に取り出した。
ジュリアは訪れた地域の特産品や美しい品を持ち帰り、サロンで披露するのが趣味だ。それらを杏奈には先にこうして見せてくれる。
今回の品は、仮面だった。
「わあ……! きれいです」
「でしょう!」
色鮮やかな仮面の美しい彩色に目を輝かせる杏奈に、鼻高々なジュリアが胸を張る。
(ヴェネチアのカーニバルっぽい! いや、行ったことないし本物は見たことないけど!)
派手な羽根がついた物や、目元だけ隠す物、頭全体を覆う物など種類もいろいろだ。
石膏の型に紙を貼り重ねて作った張子の仮面は、豪華な見た目に反して思いのほか軽い。
顔を全部覆っていないにもかかわらず、着けるとかなり印象が変わるのは仮面の力だろう。
「自分じゃないみたい……これを着けたら、旦那様は私だって分からないかも」
「アンナ、獣の勘を甘く見すぎよ。ヒューゴがアンナを見分けられないはずがないでしょう。ほーんと、アレのどこがいいのか分からないわ」
「世界一カッコいいです!」
「はいはい、アンナだけの特別仕様ね」
仮面によく合うマントやケープ、手袋などもある。
きゃっきゃと各種の仮面を愉快に被り合っていると、件の交流会から子どもたちが帰って来た。
今日はどうだったろう、と心配を抱きながら迎え出た杏奈たちに、フロリアーナが駆け寄ってくる。
その顔は予想に反して明るくて――
「おかあさま、わたしウサギになる!」
息を弾ませて宣言する娘に、二人の母は顔を見合わせた。
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