第53話 正念場

 ルーナルーナがお妃教育としてキュリーに絞られていた頃、サニーもいよいよ正念場を迎えていた。


「サニー、今日は貴族会だな」


 アレスが軽い調子でサニーの肩に腕をまわす。サニーはそれを無視するようにして、王城内の廊下を大股で闊歩していた。今日は黒の上等なキモノを着て、腰には特別な剣を差しているという出で立ちで、気合十分なサニーである。


「アレス、いつもにも増して暑苦しい奴だな。しかも最近は前よりも馴れ馴れしい」

「そんなカリカリするなよ。ちゃんと余裕見せとかないと、死にかけたジジイや腹が飛び出た豚みたいな偉いさん達に足元掬われるぞ?」

「分かっている」


 今日は、ルーナルーナを本当にサニーの正室として迎え入れるのか、最終決定する会議が行われるのだ。サニーはキリリと表情を引き締め直すと、会場となっている広間へ入っていった。


「お、ダンクネスの紋付きか。お前がそれを着てるってことは、本気なんだな」


 サニーが充てがわれた広間前方にある席につくと、メテオがふらりと現れた。


「ルーナルーナのことに関することで、本気でなかったことは一度も無い」

「はいはい、御馳走様。で、ちゃんと策はあるんだろうな?」


 現状、サニーを始め、アレスやメテオの努力も虚しく、多数決で物事を決定するこの会議においては、まだまだ分が悪い。


「いや、事前に数人はヤっておこうかと思っていたんだが、父上とオービットに止められてな」

「そんなことしてたら、この国の貴族の大半が一度に病死か事故死したことになるんじゃないか?」


 メテオの笑いは完全に引き攣っている。サニーならば、本当にやりかねないからだ。


「そうだな。でも禁じられているのは物理的にヤることだけだ」

「つまり……?」

「これでもこの国の闇を牛耳ってきたんだ。俺はいろんな真実を知っている。後ろ暗いことをしている方達には、この場で精神的に死んでもらうことになるだろう」


 サニーの声には、すでに殺気が混じっている。すぐ隣にいるアレスも乾いた笑いしか出なかった。


「ほどほどにしとけよ」

「それは相手次第だな」


 その時、会場入口が突然騒々しくなった。一人の女性が数人の伴を連れて入ってきたのだ。


「ライナか」

「彼女はこちら側なんだろうな?」


 アレスが不安げな声を出した瞬間、ライナが急に立ち止まってしっかりとサニーの方を見据えた。浮かび上がった妖艶な笑み。


「やっぱ、喧嘩売られてんじゃない?」


 実のところ、サニーはまだライナと詳しい擦り合わせができていない。だが、少なくともルーナルーナとライナの相性は悪くなかったはずだ。


「……ただの挨拶だろう」


 アレスはサニーの痩我慢ではないかと危惧したが、それは杞憂に過ぎないと分かるのはもう少し後のこと。


 貴族会が始まる。早速、反対派の者達が演説を繰り広げる。


「他国の姫を正室にするなど、間者と誼を結ぶようなものだ!」

「ぜひ、我が娘を正室に!」

「そもそも色が白い癖に、人並みに結婚できるという考えこそが愚かなのだ!」


 これらを王はつまらなさそうに静観し、サニーは眠そうな顔でやり過ごす。そしてついに、ライナの出番がやってきた。


「それでは、教会の見解を述べさせていただきます」


 貴族達のように長ったらしい季節の挨拶や格式張った口上を述べるでもなく、いきなり本題に入るライナ。通常であればすぐに非難がましい野次が飛び交うところだが、これでも今では大巫女である。彼女の目でもある優秀な配下達は、この会議が始まるよりも前に予めを念入りに済ませていたことから、会場は静かに次の言葉を待つことになった。


「私は巫女として特別な力、所謂ステータスとも呼ばれる個々人の能力や称号を数値化して見る『真実を見抜く目』を持っています。これは、ここにいる多くの皆様方の助けにもなってきたかと存じます」


 これには一部の者が騒めいたが、ライナはふふっと小さく笑っただけだった。


「私は以前、サニウェル殿下の婚約者、ルーナルーナ様と直にお会いし、話をしたことがあります。その際に、私は確かに視ました」


 ここで、タメを作るライナ。十分に聴衆の目を引いたのを確認してから、ゆっくりと口を開いた。


「彼女は、二つの世界を繋ぐ『姫巫女』とありました。そして、闇の女神の加護を持っていたのです。つまり、この私を上回る力と格を持っているということです」


 サニーは、その時のことを思い出していた。確かにライナは、ルーナルーナをわざわざ呼び出して、『今回の件で大切な役割を果たすことになる』と予言していたのだ。


「この国で、いえ、この世界で彼女ほど高貴な女性なんて他に存在するでしょうか? 教会は今後、ルーナルーナ様を女神の化身として崇め、サニウェル殿下との婚姻には全面的に賛同することをここに宣言します」


 教会は基本的に、政治に直接的に介入することはほとんど無い。しかし、今回焦点となっている女性が姫巫女という立ち位置なので、こうして方針を発表したのだ。


 これには集まった貴族達もすぐには反論することができなかった。これまで何らかの形でライナの世話になり、ライナの実力を既に認めている者ばかりなのだ。そしてダンクネス王国は、シャンデル王国と比べても敬虔な信者が多い。教会の信者と名乗っている以上、教会の方針に背くことは女神に背を向けるのと同義。会場内のほとんどが、一気に賛成派へと寝返ることを余儀なくされたことになる。


 しかし、どこにでも強者はいるものだ。一人の老人が杖を振り回しながら喚き始めた。


「では、その娘を我が国に置くのは良しとしよう。だが、その忌々しき白の男にわざわざくれてやる言われはないはずだ!」


 すぐに、そうだ、そうだという声が上がり始める。この頃には、サニーもいよいよ堪忍袋の緒が切れる寸前となっていた。おもむろに立ち上がると、仲間を得て意気揚々としている老人にゆっくりと近づいていく。


「そうか。白いのがいけないのだな?」

「白は昔から死を意味するのだぞ! そんなことも知らぬたわけなのか?」


 老人はサニーを馬鹿にしたように笑う。夜に生活を営むダンクネス王国では、白いものは大変目立つ。その昔、白い衣を着ていた男が、闇から現れた刺客に殺されたという逸話があり、白は死に近いということになっているが、単なるお伽噺に他ならない。ぼんやりしていれば、白かろうが黒かろうが、死ぬときは死ぬ。そして持ち色は、その人物のひととなりを現しているわけでもないのだ。現にサニーは、側近のアレスやメテオから見ても、真っ黒な人間である。ルーナルーナに対する態度が例外なだけだ。


「ならば、黒になってやろう。その悪そうな老眼をしっかりと見開いておくがいい」


 サニーは、ルーナルーナの姿をふっと思い描いた。光に当たるとツヤツヤと煌めく黒い肌。濡れたようにしなやかな漆黒の髪。


 次の瞬間、サニーは金粉を全身に纏ったかと思うと、一瞬強い光を伴って、新たな姿をそこに現した。


「お望み通りの、黒だ。これでも不満か?」


 白の男、改め、黒の魔王降臨とでも言おうか。黒髪と黒肌になったサニーは、ただそこに立っているだけで周囲を圧倒するような威圧感と覇気で溢れていた。元々顔や体の作りは良い。それも手伝って、誰も見たことが無い程に美しい男が登場したことになる。


 そこへ、オービットが慌てた様子で駆け寄ってきた。


「兄上、本来の姿に戻られたのですね。しかし、そのお姿をこのような者達にわざわざお見せしなくとも……畏れ多すぎて、この者達の目が壊れてしまうかもしれません」


(俺の本当の持ち色は、黒であるということにしたいのか? オービット、こんな茶番もできるのだな)


 サニーは笑いそうになるのを何とか堪えた。


「いや、こんな奴らにこそ、そろそろ私の本来の力を見せてやらねばならない。どうやら、相当勘違いしているみたいだからな」


 敢えて茶番に乗るサニー。すると、オービットは突然サニーの足元に跪いた。


「大変久方ぶりに見るそのお姿、神々しいばかりです。常日頃はは白を纏うことで、わざと自らを苦境に追いやり、冷静な目でずっとこの国を見守ってこられたこと、いつも感銘を受けておりました。今この時より、不肖オービットは兄上の正式な配下として下りたく存じます」


 これには、サニーはもちろん、すぐ近くに控えていたメテオも苦笑いを禁じえなかった。


(さてはオービット様、この時を狙ってたな? この公式な場でこれだけのパフォーマンスをすれば、所謂第二王子派は賛成派に回るしかないもんな。最近はすっかりサニーへ操を立てているようだったのに、いまいち立ち回り方が地味だと思っていたら、このためだったとは……。なかなかの策士じゃないか!)


 サニーは、オービットの手を取ると、すぐに立ち上がらせて向き合った。


「オービット。お前の願い、聞き届けよう。この国はまだまだ腐った部分が多い。ついた脂肪はすぐにでも削ぎ落として、体質改善を図らねばならないのだ。ぜひ、協力してくれ。お前の力もあれば、きっと上手くいくだろう」

「はい! 兄上!」


 広間の空気は、完全に賛成派多数となっていた。サニーは、癖のある強硬派を汚い手段で捻り潰すことなく、思い通りの結果と相成ったことに内心ほっとする。


(ルーナルーナ、お待たせ。これでやっと、君を迎えることができる)


 サニーは目を閉じて、天井を仰いだ。


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