第26話 差し迫る選択の時
ルーナルーナは、気を失いそうになりながら複雑な話を聞いていた。完全に自分が場違いに思えてならない。話の内容をさておいても、テーブルを囲むメンバーが豪華すぎる。王子と、この教会の大巫女と、王家直属の影のキーパーソン。気を紛らわせようと星空を仰ぐと、そびえ立つ教会の建物に彫り込まれた文様に既視感を覚えた。
二本の蔓草が絡み合うような形の紋章が壁いっぱいに刻まれている。これはシャンデル王国の神殿にもあるもので、経典などの書物にも必ずと言って良いほど刷り込まれている。となると、一つの仮説が浮上する。
(もしかして、シャンデル王国の神殿とダンクネス王国の教会って、元は同じもの? もしくは、今も同一の存在なのかしら? 少なくとも、キプルの実の扱いを秘匿にしている時点で、互いの世界の存在は認識できているということで間違いないわね。そして、異教徒と呼ばれる人達の弾圧は不自然な程行っていない。ということは、教会としては二つの世界が一つになっても良いということなのかしら?)
教会の事情はなかなかはっきりとはしないが、サニーの事情のおおまかなところは、ここまでの道すがら教えられている。
サニーは王からの命令で、二つの世界を一つにすることを目指す異教徒の制圧を任ぜられた。これは、二つの世界が一つになれば、王家にとって都合が悪いからだ。悪い芽は早めに摘まねばならない。そこで、王城で評判の良い第二王子のオービットではなく、裏仕事でも実績があり機動力のあるサニーが抜擢された。
これは悪いことではない。ようやく王位継承権第一位の王子として、表舞台で功績を見せるまたとない機会が巡ってきたということだ。しかし、結局のところ第二王子のように周囲の人材に恵まれていないので、友人枠のメテオやアレスと共に裏仕事と同じ要領で進めるしかない。
ルーナルーナは、未だ口論のようなものを繰り広げている三人を尻目にこっそりため息をついた。
もし、異教徒なんて無視できたらどんなに良いか。サニーの心労のことを思うと、ルーナルーナにはダンクネス国王のことが恨めしく思えてならない。しかし、王の意向も甚だ私利私欲にまみれて既得権益に固執しているというわけでもないのだ。同じ大地に二つの世界が重なって存在し、それが突然一つになるとすれば、多くの混乱が予想される。単純に考えて、人口が二倍になり、生活のリズムは真逆。文化も異なる。何より、同一の領土に二国が共存するのは不可能だ。
これぐらいのことは教会や神殿も理解しているはず。にも関わらずいずれ来る二つの世界が融合へ向かっているのを止めないのはなぜなのか。ルーナルーナには、そこから教会の利益が見えてこない。
(もし、教会も異教徒と同じ願いを持っていたとしたら……そしたら大変なことになるわ。王家の庇護下にあるのに、王家への叛逆の思想を持っていることになるのだから……!)
ルーナルーナは、俯いて紅茶の水面を見つめる。ライナがなぜ異教徒を表立って認めることもなく、応援するでもなく、微妙な立場を貫いているのは、これが原因ではないかと思い始めていた。
「ルーナルーナ、ルーナルーナ!」
「……え、何?」
「大丈夫?」
ルーナルーナは、サニーからの呼びかけでようやく我に返った。ルーナルーナの顔色は、若干悪い。
「ごめんなさい。考え事をしていたの」
「今、あなたの話をしていたのよ」
「私の?」
ルーナルーナはライナの方を見た。
「えぇ。どうやらあなたは、地元では少し変わった存在なのではないかしら? ダンクネス王国のあるこの世界に馴染むことができるということは、あなたはこちらの世界の方が適性があると言えるわ」
「そうかもしれません」
元々他の人よりも夜型のルーナルーナ。肌や髪の色一つとってもダンクネス王国の方が受け入れられやすい。それもあってか、ルーナルーナはどことなく、こちらの方が息がしやすく感じるのだ。
「おそらくあなたは、今回の件で大きな役割を果たすと思う。私には視えるの。本当はこれを伝えるために、あなたをここへ招いたのよ」
「それはつまり?」
顔に緊張を走らせて言葉を失うルーナルーナに代わり、サニーがライナへ質問をする。
「もちろん、あなたにも大切な役割がありそうよ? でもそんなに肩を怒らせる程荷は重くない。闇の女神は全ての者をお救いくださるわ」
その後ティーパーティーが終わり、三人は重たい足取りで教会を出た。
「手がかりが見つかったようで、事態がさらに複雑になった気がするな」
メテオが顎に手を当てて独りごちる。それにサニーが反応した。
「教会は異教徒と無関係だそうだが、最近急激にあの思想が広まっているということは、必ずどこかに首謀者はいるはずだ。少なくともそいつを始末しない限り、この任務は達成したことにならないだろう」
メテオは、ルーナルーナと並んで歩くサニーよりも数歩先で突然立ち止まった。
「なぁ、サニー」
「どうした?」
「サニーはどうしたい? いや、質問を変えよう。殿下はどうしたい? 王家に生まれた責任を取るのか、その小さな右手を握ったまま、どこかへ逃げるのか」
サニーは、ルーナルーナの右手を握っていた。その手からは震えと怯えがサニーへ直に伝わっていく。
「サニー、今ならまだ選べる。シャンデル王国に潜伏して、彼女と穏やかに幸せを掴む道も無いことは無いんだ」
サニーはルーナルーナの手を握る手に力を込めた。
「俺は、生まれながらの王族だ。これはどう足掻いても避けられない事実だ。そして今回の騒動は、俺が収めたい。二つの世界をいきなり一つにすることは、誰がどう考えたって無謀だからな」
サニーはもう片方の手でルーナルーナの髪に触れた。
「もちろん、逃げたいって思ったことは一度きりじゃない。でも、せねばならない時はできる男でありたいし、何よりルーナルーナが俺にその勇気をくれたから」
「私が?」
サニーは頷く。
「ルーナルーナのシャンデル王国における立場は夜会の時に嫌というほど思い知った。あんな環境でも、ルーナルーナはいつも胸を張っていて、正直羨ましかった。でもそれがすぐに、誇らしさに変わったんだ」
サニーはルーナルーナを抱き上げた。
「え、重いでしょ?! 下ろして!」
「駄目」
「え?」
「俺はルーナルーナとのことも諦めない。もし、この件を無事に収めて、俺が王に少しでも認められたら……ルーナルーナ。今度は君の返事を待たずに、君を俺のものにする」
今のサニーには、ルーナルーナをダンクネス王国で守り抜き、自分だけのものにすることはできない。ここからの闘いは、この世界のためだけではない。サニーは、サニーのために立ち向かう。
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