第19話 ティータイム
ルーナルーナは、いつも通りに朝を迎え、いつも通りに王妃の元へ出仕していた。変わったことと言えば、キュリーの姿が無いことだけだった。
「ねぇ、ルナ。あなたは知ってるんでしょう?」
王妃のティータイム用の菓子を準備しながら、コメットは肘でルーナルーナをつつく。初めは、昨夜見たルーナルーナと美しい男性のことばかりを質問していた彼女だが、やはり同僚の不在の方が心に堪えているのだった。
「いえ、何も……」
本当に知らないのだ。前夜の夜会では、ルーナルーナの知る限りキュリーの姿は無かったように思う。キュリーは、有言実行ということで、後宮の留守をしているものだと思いこんでいたのだが、人伝てに聞いた話では、二十一の刻の時点で姿を消していたと言う。
「どこに行かれてしまったんでしょうね」
「ルナ、あなたのせいなんじゃなくって? あんなにいい男を捕まえたところを見せびらかされたら、婚約者のいる私だってすごく悔しい思いをしたんだから!」
結局話題はサニーのことへ戻ってしまう。
「あ、そういえばコメットさんの婚約者様にご挨拶するのを失念しておりました。申し訳ございません」
「いいのよ、そんなこと。それに、あなたがあんな男性連れているのだから、私は恥ずかしくって近づけなかったの。あいつももう少し顔が良ければなぁ。後せめて、もう少し色が白くて、もっと言えば筋肉もあって……」
ルーナルーナは、それはもはや別人ではと突っ込みかけた時、ちょうど来客を知らせる鐘が鳴った。
「少しお早いお着きですね」
ルーナルーナは、まだまだ夜会の話をしたがっているコメットに構わずティータイムの準備を整えると、そそくさと給仕室を後にした。
テラスへ赴くと、既に王妃の前に跪く男性の姿があった。燃えるように赤い髪の男。彼は最近キュリーの伝手で後宮に出入りするようになっていた商人だ。年の頃はルーナルーナよりも少しだけ上に見える。
「ご機嫌麗しゅう、ミルキーナ様」
「ごきげんよう、ヒート」
王妃は名前で呼ばれることを好む。この男はそれをよく知っていた。ミルキーナに促されると立ち上がり、すぐ側にあった白いテーブルに腰掛ける。
「今日も面白いものを見せてくれるのかしら?」
「はい、ご用意してございます。まずはこちらから……」
ヒートは、持ち込んだ大きな箱の中から、厳重に包装された包みを取り出す。
「これは何かしら?」
王妃の問に笑みを返したヒートは、近くで侍っていたルーナルーナを手招きする。王妃はこの国の至宝であり、王にとって唯一の伴侶である。彼女の警護上、商人が物を直接渡すことは許されていない。ルーナルーナはすぐに駆け寄ると、ヒートから包みを受け取った。
「開けてくれるかな?」
ルーナルーナは、紐を解き、覆われた厚手の布を取り去った。
(これ、サニーの部屋にあったものと、とても良く似ているわ。でも、そんなことって……)
思わずヒートの方を返り見る。それはシャンデル王国ではランタン、ダンクネス王国では灯籠と呼ばれる類のものだった。枠は木材でできているようだが、赤い漆を施され、金箔の装飾的もなされている。特に、シェードが白い紙でできているところなどは、この国では見られることの無い造形で、その朴訥でいて華やかな趣の品に、王妃が顔を輝かせたのも当然のことである。
ルーナルーナは、胸にわだかまりを覚えつつも、包みとして使っていた布を丁寧に畳み、ヒートの前に差し出してみせる。すると、ヒートは突然椅子から転げ落ちた。否、転げ落ちたように見せた。真実を知るのは、視界の角度的にルーナルーナだけ。
ルーナルーナはすぐさまヒートを庇うように手を広げ、自らもしゃがみ込む。その時だ。
「ダンクネス王国について知りたくないか?」
おそらくルーナルーナにしか聞き取れないような、極めて小さな声。ルーナルーナが目を丸くした時には、ヒートは元の表情に戻っていた。
「いやいや、失敬。可愛らしい侍女さんに目が眩んでしまって」
苦笑いしながら頭を掻くと、ヒートは姿勢を正して椅子に座り直すのだった。それを聞いた王妃が、一瞬ニヤリとする。
「ルナを気に入ってくださったの?」
「もちろんですよ。輝く黒い肌に愛らしい面立ち。彼女のファンは多いのではないですか?」
ヒートの発言に、壁際に並ぶルーナルーナ以外の侍女達が居心地悪そうにあらぬ方向ばかりを向く。王妃はクスクスと笑った。
「王城内の評判はともかく、ルナは私がこれまで出会った方々の中でも群を抜いて素晴らしい女の子なのよ」
それは暗に、ルーナルーナの扱いに関するヒートへの警告でもあった。
「それは参りましたね。引き抜こうとしていたのがバレてしまいましたか」
「見る目があるということは認めてさしあげましょう」
「恐れ入ります」
その後は、特に変わったこともなく商売の話が続いていった。だが、ヒートは帰り際にルーナルーナを呼び止め、握手ついでに彼女の掌へ小さく折り畳んだ紙を捩じ込んで立ち去ったのである。
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