第10話 恋人宣言
サニーがルーナルーナとの三度目の逢瀬を楽しんだ後、慌ただしく部屋に入ってきたのはメテオだった。
「くそっ、間に合わなったか」
完全にデレたサニーの顔を見て、メテオはすぐに全てを悟った。それに追い打ちをかけるようにして、アレスが一言。
「残念だったな。確かに極上の美人だったぞ。うっかり求婚してしまうぐらい」
しかし、サニーやメテオも言われっぱなしというわけではない。
「婚約者がいる癖に……! 言いつけてやるんだ」
「せっかく重大な事を伝えに来たのに、秘密にしておこうかな」
「二人とも拗ねるなよ。まずは朝食でも食べに行こう」
そうして、今日もダンクネス王国は活動時間に入っていく。アレスがドレスについて相談するため婚約者の元へ向かい、メテオが次のターゲットの事前調査を進めるのに忙しくしている中、サニーはソワソワとした一日を過ごすのだった。意中の女性と会う約束をするのは人生初めてで、その抑えきれない高揚感はどうしようもなかったのである。
サニーが目覚めたのは、まだ十七の刻だった。いつもルーナルーナと会う頃合いまでは、まだ少し時間がある。彼女と会う頃には、もう少し引き締まった表情でありたいと願った彼は、煩悩を追い払うためにもしばらく剣の稽古に打ち込んだ。その後、風呂に入って王子として相応しい衣装に着替え、自室でその時をじっと待つのである。
(まもなく二十一の刻だ。この後、アレスの婚約者も来ることになっているというのに、まさか今日に限って会えないなんてことはないよな?)
次第に焦りを募らせたサニーは、部屋のテーブルの上にあったキプルの実を使ったスコーンに手を伸ばした。実は、酒が飲めない分、甘い物好きなのだ。物を噛みしめると、人間の心は安らぐ場合もある。
少しずつ夜が更けていく。スコーンを齧る頻度が高くなる。
そしてついに、サニーが今夜は駄目かもしれないと俯いた瞬間、視界が少しずつ白んでいったのだった。
「おはよう、ルーナルーナ」
「こんばんは、サニー」
自分の隣へ突然姿を現したサニーに、ルーナルーナは飛び上がるようにして驚いた。本当にキュリーやコメットが突撃してくるかもしれないと思った彼女は、ちょうど部屋の掃除をしている真っ最中。いつもならば自分がダンクネス王国へ行くことになるのに、どうやら今夜はサニーがシャンデル王国に来てしまったようだ。
「もしかして、お食事中だったのかしら」
サニーの口元に何かの食べかすを発見したルーナルーナは、慣れた手つきでそれをつまむと、己の口の中に放り込んでしまった。あっと思った時にはもう遅い。赤面した男女が見つめ合う。第三者からすれば、二人の頭上からは湯気が立ち上る幻影が見えるようだった。
「ごめんなさい……つい……」
ルーナルーナにとって、サニーは弟と同じ年代。さらに言えば、ここ数日で親密になってしまったことから、反射的に家族のような行動をとってしまったのだ。
「いや、いいんだ。今度俺も同じことするから……」
「へ?」
ルーナルーナが間抜けな声を出したその時、白い寮室のドアがノックされた。ルーナルーナの顔に緊張が走る。
「どうぞ」
すぐにドアは開け放たれた。そこで、呆気にとられて動けなくなってしまったのは合計三名いる。
まず一人目、サニー。
(この女達、白すぎる……シャンデル王国って、本当にこっちが主流なんだな)
次に、コメット。
(きゃー何これ、幻影?! 精巧にできた芸術品のような美しさだわ……はっ! まさか、この方は王族の隠し子?! これは大スクープだわ!)
最後に、キュリー。
(本当に相手を探し出してきたなんて、ルナの癖にやるじゃないの。でも、こんな美形だなんて聞いてないわ! しかもこの佇まいは、まさに上流階級のもの。私の脳内貴族名鑑の中にこんなお方はいらっしゃらないし、どこでお近づきになったのかしら? もしや、体を売ったとか?! でもこんな黒い娘、犬も食わないはずだし、不思議だわ……)
初対面した彼らが無言で探り合いをしている間、ルーナルーナはサニーを連れて逃げ出したい気分でいっぱいだった。コメットとキュリーの反応を見て、今更ながら自分の感覚が正しかったことに確信をもったのだ。
(やっぱりサニーは、誰が見ても素敵な男性なのだわ。あぁ、どうしよう。もしサニーがこの人達に取られちゃったら……)
今のところ、ルーナルーナはサニーのものではない上、サニーもルーナルーナのものではないので、これは完全に杞憂である。何せ、出会ってまだ三日なのだ。しかし、喪女とも呼ばれがちなルーナルーナのような人種にとって、未だ覚めない夢を見続けているようなものだった。
無意識に牽制し合っていた来客二名のうち、口火を切ったのはキュリーだった。
「はじめまして。私はそこにいるルナの同僚で、キュリーと申します。以後お見知りおきを」
キュリーは、貴族としての家名を出さず、あくまでルーナルーナの身近な者としてサニーに接近しようとしていた。その意図を察したコメットは、慌てて居住まいを正し、カテーシーで挨拶する。
「お初にお目にかかります。私はシャンデル王国貴族マイダー伯爵家の三女、コメットと申します。キュリーと同じく、ルナの同僚でございますわ。お会いできて光栄です」
「白を纏いしお嬢様方、私はルーナルーナの恋人でサニウェルと言う。いつも彼女が世話になっているようだね。これからもよろしく頼む」
コメットは敢えてキュリーとは異なり、貴族であることを強調した形だ。本来シャンデル王国では、女性が自分から名乗ることは少ない。しかし今回は、彼女達がサニーのことを明らかに自分より格上だと認めた故のことである。また、ダンクネス王国の王子であるサニーも、日頃その立場上、自ら名を名乗る機会はほとんどなく、たいていが自己紹介を受ける形ばかり。つまり、不思議とその場の雰囲気は格好がついたのであった。
しかし、それはこの三人だけのこと。ルーナルーナは、一人何かと懸命に戦っているのであった。
(こ、恋人……?! 確かに、夜会のエスコート役を願い出たのは私。本来その役割は、そういう間柄の人が担うのは当然だから、サニーもそのように振る舞ってくれたのだろうけど……ダメっ! 嬉しさと恥ずかしさで心臓がもたない!)
だが、内心悶絶しているのは彼女だけではなかった。サニーも笑顔の影ではこんなことを考えている。
(しまった! 今後のことを思えば、恋人ではなく婚約者だと言っておけば良かったかもしれない。だが、シャンデル王国やダンクネス王国が互いの存在を正式に認知していない今、俺が王子であると告白することも無意味だし、ここはルーナルーナに悪い虫がつかないようにするためにも、後もう一手を打っておく必要があるな)
決断したサニーの行動は早い。基本的に、興味のあることに関しては猪突猛進型なのだ。
「実は今度の夜会で、ルーナルーナが私のパートナーを務めてくれることになったんだ」
あくまで、サニーがルーナルーナを誘ったかのような言い回しを選ぶ。
「実はこの国の夜会は初めてなので、少し緊張しているよ。それに今の私はお忍びで、立場も何も無いのだからね。だから……」
見る者の腰が砕けてしまいそうな色気が、サニーから急拡散した。キュリーとコメットは生唾を飲み込み、次の言葉を待つ。
「他の男がルーナルーナを誘わないように見張っていてくれないかな? それと、当日の夜まで私のことは誰にも内緒だよ?」
そう言い終わるや否や、サニーから繰り出される魅惑のウインク。それをまともに受け取ってしまったコメットは「しかと承りました」と言いながら、気絶してしまった。キュリーは何とか持ちこたえることのできたのだが、サニーがそれで許すわけがない。
「君も分かってるよね? ルーナルーナは俺の大切な人なんだ」
言葉ヅラだけ見れば、ただの惚気である。だが、その声色とサニーから発せられる独特の高貴なる威圧には、キュリーも屈することしかできなかった。
「かしこまりましてございます」
気づけば、サニーに侍女仕込みの丁寧な最敬礼をしていたキュリー。どこか間違っていると気づくも、頭を下げたまま唇を噛み締めることしかできなかった。
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