第30話 報復 2
「嫌よ……」
カトリーンは声を震わせて、首をふるふると振った。
あそこに戻るなんて、ましてや変態ジジイに嫁がされるなんて、絶対に嫌だった。助けを求めるようにフリージに目を向けると、彼は無表情のまま父のボーデンと妹のヘンドリーナの様子を眺めている。
「俺が送った書簡は読んだかな? ここはひとつ、カトリーンが勤めるはずだった任務に代役を──」
フリージが口を開くと、ヘンドリーナがぱぁっと表情を明るくした。
「問題ありませんわ。先程閣下に申し上げました通り、お姉様の代わりは私が勤めます。私はお姉様とは違って難なく魔法も使えますし、お姉様以上にご満足させられると自負しておりますわ」
「そうなのか?」
「はい!」
ヘンドリーナはほんのりと頬を染め、小首を傾げて膝を折る。この仕草を多くの男性は可愛らしいと感じ、庇護欲をそそられるだろう。
「何言ってるの? あなた、魔法薬の調合なんて一度も──」
あまりのことに、声が掠れてそれ以上は言葉が出てこなかった。
父だけでなくヘンドリーナまでわざわざ遠い異国のここに来た理由は、カトリーンが就こうとしていた宮廷薬師の座を横取りするため? 薬なんて『臭い』と全く興味を示さなかったのに、なぜこんな仕打ちをされるのか本当にわからなかった。
それに今、ヘンドリーナは『先程』と言った。
カトリーンがいない間にそんな話が勝手に進んでいたのだろうか。
「ヘンドリーナはこの通り大変愛らしく、カトリーン以上にご満足頂けるかと」と、父までもがヘンドリーナを推すような持論を展開し始めた。
「なるほど」
椅子に座って肘掛けに肘を預け、ゆったりとしていたフリージが足を組み直した。
「確かにその通りだな。では、そうしてもらおうか。カトリーンのお役目はきみにお願いすることにするよ」
「ありがとうございます! 精一杯お勤めさせていただきますわ」
嬉々としたヘンドリーナと、ヘンドリーナににこりと笑いかけるフリージのやり取りを、カトリーンは信じられない思いで眺めた。
(嘘……)
なんの根拠もなく、この人だけはどんなときも自分の味方でいてくれると思っていた。けれど、それは勘違いだったようだ。
(私って、なんて愚かなのかしら)
信じていた人に裏切られたと感じてじわりと目に涙が浮かんだとき、フリージが再び口を開く。
「では、話が纏まったところであなた達は早急に帰国されるとよい。トレール伯爵とやらもお待ちかねだろう。ハイランダ帝国からも先方に事情を説明する書簡を出しておこう。カトリーンはこちらで責任を持って生活を保証するから、以後、二度と関わらなくて結構だ」
「…………。へ?」
その場にいたボーデンとヘンドリーナが毒気を抜かれた顔でフリージを見つめる。フリージは落ち着いた様子で、小首を傾げた。
「カトリーンのお役目をきみが代わりに務めるのだろう? 伯爵家に嫁入りするとなれば、きっと準備しなければならぬこともたくさんあるだろう。もう戻られよ」
「ちょっ、そっちじゃなくて! 私は貴方様をお慕いして──」
「俺を慕って? 随分とおかしなことを言う。今日会ったばかりでお慕いするも何もない。君が惹かれているとすれば、それは俺の身分と肩書きだけだな」
冷たく言い放ったフリージがパチンと指を鳴らす。
「摘まみ出せ」
部屋の近くに控えていた宮殿の騎士が狼狽えるボーデンとヘンドリーナを両脇から拘束する。
「待って! お願い、話を聞いて!」
叫ぶヘンドリーナ達を、フリージはカトリーンが見たことがないような冷たい視線で見返した。
「カトリーンはあなた達への復讐など望んでいなかった。自国で大人しく書類を書いていれば、こんなことにはならなかったのに。愚かとしか言いようがないな。大人しく伯爵に嫁ぐか、縁談を断って没落するか、好きな方を選べばよい」
ボーデンとヘンドリーナはさっと表情を強張らせる。
騎士に引きずられてゆく二人を、カトリーンはただ呆然と見送るしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます