第20話 そして現るいつもの……

「見ぃ~たぁ~なぁ~……!!」


 おどろおどろしい声のほうへ陽一が顔を向けると、長い髪を無造作におろした和服姿の女性がこちらへ這い寄ってくるのが見えた。

 あたりは真っ暗で、女性の周りだけがほのかに光っているように見える。


「へええ。この空間、黒バージョンもあるんですねぇ」


 陽一の言葉に、女性の動きが止まる。


「う……うぅ……、もうちょっと、その、リアクションを……」


 下ろされた髪の隙間から覗く目が、いまにも泣きそうになっている。


「あ、すいません。えっと、管理人さん、なにかご用でしょうか?」


 どうやら陽一がノッてくる気配がなさそうだと悟った管理者は、よつんばいの状態から身体を起こし、正座した。

 顔を隠すように下ろしていた髪をかきあげうしろになでつけると、いつものアップの髪型に変わる。


「相変わらず無茶苦茶ですね」

「ふんっだ。藤の堂さんのいけずっ!!」


 管理者は陽一の言葉を無視し、顔を背けて口をとがらせた。


「ノリが悪くてすいませんねぇ……。で、なんの用です?」

「はぁー……」


 管理者はがっくりとうなだれ大きく息を吐くと、わすかに顔を上げ、陽一にジト目を向けた。


「……見ましたよね?」

「なにをです?」

「その……、花梨さんと実里さん、それにアラーナさんの、スキル……を」

「ああ、【健康体+】のことですか?」

「うぐっ……。な、なんで見ちゃうんですかぁー?」

「なんでって、見えたもんは仕方ないでしょうよ」

「だって、最高レベルの隠蔽をかけてたんですよ?」

「……そりゃ、管理人さんの加護のおかげで、俺の【鑑定+】に最高レベルの看破機能がついてるからじゃないですかね?」

「あぁっ!!」


 管理者は弾かれたように頭を上げると、すぐにまたうなだれた。


「そう、でした……。うぅ、私のばかぁ……」

「はぁ……。で、隠蔽してたってことは俺に見られちゃまずいんですか?」

「まずいというか、なんというか……」


 そこで管理者は、陽一の持つ『+』のついたスキルが管理者の加護による陽一だけのユニークスキルであることをあらためて説明した。


「つまり、俺以外の人が【健康体+】を持っているはずがないと?」

「……はい。本来はそのはずなんです……」

「……もしかして、俺がふたりに付与した?」

「……おそらく」

「どういう経緯で?」

「あぅ……」


 縮こまっていた管理者が顔を真っ赤にしてさらに縮こまったことで、陽一はなんとなく、やっぱり、と察してしまった。


「なんすか、そのエ○ゲ設定」


 陽一がジト目を向けて静かに告げると、うなだれていた管理者はガバッと身体を起こし、あたふたとし始めた。


「あ、いや、でも、ですね。リナさんには付与されてないんですよ?」


 陽一は本格的な異世界探索を始める前、その準備をしているとき、プライベートで偶然出会ったリナと関係を持っていた。

 そのとき、勢いでいろいろしていたのだ。


「じゃあアレをナニするのが要因のひとつってことは確かなわけね」

「はぅっ……」


 あたふたと言い訳をしていた管理者は、陽一の言葉に胸を押さえ、再びがっくりとうなだれた。


「うーん……。でも、リナちゃんとほかの3人とでなにが違うんでしょうね?」

「…………愛、とか?」


 管理者の伺うような視線に、陽一は思いっきり呆れた表情を返した。


「まじで言ってんの?」

「うぅ……、だってぇ……、いくら解析しても全然わかんないんですもんっ!!」


 と、管理人は涙目になったあと、両手で顔を覆ってしまった。


「ああ、いや、まぁべつにいいですよ。どちらかといえばありがたいし」


 通常の【健康体】ですらかなりのレアスキルだという。

 そこに管理者の加護がつき、効果を増した【健康体+】がこの先行動をともにするふたりに付与されたというのは、むしろ喜ばしいことであるのだ。


「でも、そうなると少し気になることが……」

「なんでしょうか?」


 管理者は、まだどこか力なく肩を落としている。


「なんといいますか、【健康体+】のパンデミック的なことにはならないんですかね?」


 陽一から他者に付与されたスキルが、さらに別の他者へと疫病のように広がったりはしないだろうか? という疑念である。

 いまは花梨と実里、アラーナの3人にのみ付与されている【健康体+】だが、なんらかのきっかけで――例えば玄人の女性などに付与された場合、そこから爆発的に増える、などということがあるのではないだろうか。


「あ、その点はご心配なく。藤の堂さんが持つ【健康体+】と実里さんやアラーナさんが持つ【健康体+】は、わずかながら異なるものですから」

「え、そうなんですか?」

「はい。もともと藤の堂さんに最適化されたようなスキルですので、付与されたタイミングで変異したのかもしれませんねぇ」

「変異って……、病原体じゃないんですから」

「ふっふっふ。藤の堂さんが心配するようなことに私が気づかないとでも? その点についてはまっさきに調べましたよ」


 ここにきてようやく調子を取り戻したのか、管理者はドヤ顔になる。


「少なくとも他者への感せ――うぉっほん! 失礼。他者への付与に関してですが、お三方の持つ【健康体+】に限っては、その可能性がまったくないことだけは判明しております」

「……つまり、他者に付与できる可能性があるのは、俺の【健康体+】だけってこと?」

「はい」

「じゃあ、俺の【健康体+】と花梨たちの【健康体+】は微妙に異なると?」

「そうなりますね」

「ややこしい……」

「ですよねー? じゃあ名前変えときましょうかね」

「そんなんできるんですか?」

「まぁ、名前の変更ぐらいは。じゃあ藤の堂さんのやつを【健康体αアルファ】、女性陣のを【健康体βベータ】にしときましょうかね」

「ああ、ベタですがわかりやすいですね」

「ベタは余計ですベタは…………。はい、これでオッケー」


 あらためて自身のスキルを【鑑定】したところ、スキル名が【健康体α】になっていることを陽一は確認した。


「では、藤の堂さん。本日はこの辺で――」

「待った!!」

「はい?」

「まだ聞きたいことが」

「なんでしょ?」

「なんで俺って魔法や魔術が使えないんです? スキルも習得できないって話でしたけど、理由を教えてもらっても?」


 その質問に、管理者の顔が引きつる。


「えっと……」

「異世界人だからかなぁ、って勝手に解釈してたんですけど、実里は魔法も魔術も下手すりゃ現地人より使えそうだし、花梨に至っては元の能力が異世界のスキルとして発現したみたいだし?」


 管理者はうつむき加減となり、気まずそうな表情で陽一を上目遣いに見る。陽一のほうは真剣な表情のまままっすぐ見据え続けた。

 沈黙がしばらく続いたあと、管理者は覚悟を決めたように短く息を吐き、顔を上げた。

 陽一の真剣な視線を受け続けた管理者もまた真剣な表情となった。


「失礼……」


 そしてひと言ことわりをいれて膝を払いながら立ち上がると、両腕を真上に上げ、バンザイの姿勢を取った。


「もぉーしわけありませんでしたぁー!!」


 と叫びながら、管理者はバンザイの姿勢のままビターン! と前に倒れたのだった。


(ま、まさかのダイレクト五体投地ーっ!?)


 バンザイの姿勢で正面を向いたまま前に倒れた管理者は、顔面をしたたかに、地面――があるかどうか定かではない空間だが――にぶつけた。

 うつ伏せになった管理者の顔のあたりから、鼻血と思われる血溜まりがじんわりと広がっていく。


「いや、べつに怒ってるわけじゃないですから!! ちゃんと説明してくれればいいですからっ!!」

「ずび……本当でしゅか……?」


 そう言いながら、管理者はぐぐっと首だけを回して陽一に顔を向けた。

 鼻からはとめどなく血が流れ、鼻の下から口の周りまで血まみれになっていた。


「お、怒っでらっじゃいまじぇんがぁ……?」

「ええ、怒ってませんとも」

「ごれがらなにを聞いでも怒りまじぇんがぁ……?」

「え? あ、いや……それは……」

「ふぐぅっ……」


 すると管理者は鼻からだけでなく目尻や目頭からも血の涙を流し始めた。

 そのせいで、顔の大半が血まみれになる。


「うぇっ!? ああ、わかりましたっ。怒りません! 怒りませんから、その血まみれの顔なんとかしてくださいよっ!!」

「ずびび……じゃあ、怒らないど約束じてぐれまじゅね?」

「しますよ。しますからっ!!」

「ありがとうございます!!」


 と言った瞬間、鼻血や血涙は止まり、管理者の顔から、そして地面(?)に広がっていた血のあともきれいサッパリ消えてなくなった。

 そして管理人はそのままゴロンと転がり、仰向けになった状態で陽一に視線を向けた。

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