第27話 異世界生活の始まり
「講習、お疲れさまでした。ちょうど査定も終わったところですよ」
メリルと話しているあいだにほどよく時間は過ぎ、そのあとすぐ陽一は講習を受けた。
講習といっても、冒険者ギルドのシステムに関する詳しい説明を受けただけだが、それでもそれなりの時間がかかり、終わる頃にはそこそこ疲れていた。
座学で受ける気分的な疲労に対しては、【健康体+】もあまり効果的には働かないらしい。
「では、こちらが報酬となります」
魔物の素材を売った報酬は白金貨2枚に近い額となり、白金貨1枚と金銀銅貨を混ぜて支払ってもらった。
(いろいろハイテクなのに通貨は硬貨だけなんだよなぁ)
妙にちぐはぐな文明だと思った陽一だったが、逆にこちらの世界の人間があちらに行けばそれはそれでちぐはぐに感じるのだろう。
「ヨーイチさま、ランクアップ手続きを行ないますのでギルドカードを提出願います」
「ランクアップ?」
冒険者ランクはギルドでの依頼達成によって与えられる評価によって上がっていく。
依頼にはいろいろ種類があるのだが、ここメイルグラードでは魔物の討伐依頼が常時出されている。
これは多くのギルドでも出されているものだが、ここメイルグラードは特に常時討伐依頼が多い。
というのも、メイルグラードは荒野に囲まれた辺境であり、物資や人の往来は少なく、完全にというわけではないが、自給自足になる部分が多い。
そのために魔物の素材というのは非常に重要な資源なのだ。
さらに開拓を進めるうえで邪魔になる魔物の間引きという意味合いも大きい。
つまり、わざわざ依頼を受けなくとも、対象の魔物を倒して納品すればそれだけで評価につながり、ひいてはランクアップへと至るわけである。
対象の魔物、といってもジャナの森で確認されている魔物はほぼすべてが対象となる。
「はい、では今日からヨーイチさまはEランクとなります」
「いきなり2ランクアップ?」
「評価だけでしたらDランク分はあるんですよ? ただDランクへの昇格には試験が必要ですので。よろしければ手配しますが?」
「えっと……」
陽一が少し戸惑い気味にアラーナを見ると、彼女は無言で頷いた。
「じゃあ、お願いします」
「かしこまりました。次回のランクアップ試験枠に空きがありますので、そちらを受けられるよう手配いたしますね」
「ちなみになんですけど、ランクアップ試験ってなにするんです?」
「試験用に用意された依頼を受けていただきます。その際試験官が同行し、さまざまな行動を評価します」
「なるほど」
「日程が決まればお伝えしますので、2~3日に一度はギルドへお越しくださいませ」
「わかりました」
冒険者ランクだが、例えば騎士や兵士、傭兵等で実績があれば、過去の実績に伴い最高でEランクから始めることが可能だ。
またGランクからのスタートでも、ここメイルグラードでは当日に2ランクアップ、というのも年に1~2人は存在するので、陽一の例は特に珍しいものではない。
特に珍しくはないが、それでも全体の割合からすればごく少数であり、快挙ではあるのだが。
参考までに。
ここメイルグラードの冒険者のうち、半数はF~Hランクが占めている。
残り半数のうちの約半数、つまり全体のおよそ25%がEランクであり、さらに残りの25%の大半をD~Cランクが占めている。
Bランクは全体の1%未満で、Aランクとなるとメイルグラード所属の冒険者に限ればわずか3名のみだ。
ただ、Aランク冒険者が少ないのには事情がある。
Aランクへ至るには王都で試験を受ける必要があるのだが、アラーナを含むBランク冒険者の多くは、その手間が面倒なのでBランクのままでいるのだった。
実際、3人のAランク冒険者の中で姫騎士に勝てる者はいないといわれている。
「ヨーイチ殿、おつかれさま」
「うん、結構疲れたよ」
「では、今日のところは帰るか?」
日没にはまだまだ時間があったが、今日はなにかをしたいという気分に、陽一はならなかった。
「そうだね。ちょっと早いけど、家でゆっくりしようか」
「ふふ、いいな」
「じゃ、お金もらって――」
カウンターに積まれた100枚近い硬貨を見て、陽一はふと思う。
(俺が持ってる財布は紙幣文化で使うのが前提なんだよなぁ)
陽一は一応【無限収納+】に自身が愛用している財布を収めていたが、それはあくまで紙幣やカードを収納するのがメインで、小銭などの硬貨を入れる部分はそれほど大きくない。
というか、向こうの世界の小銭入れであったとしても、100枚の硬貨を入れられるものなどありはすまい。
硬貨といってもそれぞれ500円玉程度の大きさはあるのだ。
(そういや、アラーナはどうしてたっけな)
朝食と夕食はアラーナに支払ってもらっており、そのときの様子を思い出す。
(なんか、巾着みたいのを持っていたような)
そんなことを考えながら陽一がぼーっとしていると――。
「革袋なら有料、麻袋なら無料でご用意できますが?」
なにかを察したのか、受付嬢が提案してきた。
陽一はその提案に乗ることにし、300枚程度の硬貨が入る少し立派な革の巾着を銀貨1枚で購入した。
「おお、重いな」
巾着に入った約100枚の硬貨はずっしりと重く、しかし同時に心地よいものでもあった。
陽一は少年時代をゲームとともに過ごしてきた。
中でもファンタジーもののRPG《ロールプレイングゲーム》を好み、名作から駄作まで数多くのゲームを楽しんできた。
少ない小遣いをやりくりしながらソフトを購入したり、あるいはクラスメイトと交換したりしながらも、それでも手に入れることができないものはあり、涙を飲んだことが幾度あったか。
そんなとき、子供ながらにいつも思うことがあった。
『その辺に敵がいて、ゲームみたいに敵を倒したらお金が手に入ればいいのに』
と。
いま、手にかかる重みを感じながら、陽一はそのことを思い出していた。
(敵倒して、金稼いじゃったよ、俺)
夢が叶ったといえばいいのだろうか。
なにやら身体の奥底から湧き上がってくるものを、陽一は感じていた。
異世界に行けるとわかったとき、陽一はそこでなにをしようかと考えを巡らせたことがある。
例えば文明の差を利用して内政的なものに手を出すとか、元の世界では安価だが異世界では高価な物、あるいはその逆の物を探して世界間貿易のようなことで稼ぐとか。
できれば危険のないことで金を稼ぎ、
そう思っていた。
魔物を倒し、それを納品して金を受け取った。
異世界生活を営むうえで、副次的にそういうことはあるかもしれないと思っていた。
しかし、この湧き上がる感情はなんだ。
――魔物を倒して金を稼ぐ。
なんとなく子供の頃に思い描いていた夢を叶え、そしてその喜びを知ってしまった。
「どうした、ヨーイチ殿? 行くぞ」
「あ、うん」
アラーナのあとについて冒険者ギルドを出た陽一は、陽の光に目を細めた。
見上げれば雲ひとつない冬の青空に、太陽が柔らかく輝いていた。
陽一は小さく心を躍らせながら、アラーナとともに町を歩いた。
○●○●
宿に戻ったふたりは、そのままグランコートへと【帰還】し、その日はなにをするでもなくゆっくりと過ごすことにした。
ふたりともラフな格好に着替え、テレビを流しながらのんびりしていると、インターホンが鳴った。
(花梨……?)
しかしいま鳴っているのは1階エントランスのものではなく、この部屋のインターホンが直接押された際に鳴る音だ。花梨にはまだオートロックの暗証番号を知らせていない。
「はい」
まったりと過ごしていたせいか、少しうつらうつらとしていた陽一は、ドアカメラのモニターを確認せず、玄関の鍵を開け、ドアノブを回した。
ガチャリ、とドアを開けると、外に立っていた人物と目が合った。
自分より頭ひとつ小さな、グレーのカーディガンを羽織ったショートボブの女性が、眼鏡の奥の瞳を潤ませながら、陽一を見上げていた。
「え? 実里ちゃ――」
陽一の顔を確認した実里は、いきなり抱きついてきた。
「――責任取ってください」
――――――――――――――――――
これにて第二章終了。
お読みいただきありがとうございます。
ここまででオシリス文庫版3巻となりますので、書籍も合わせてよろしくお願いします。
引き続き第三章をお楽しみくださいませ。
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