第25話 ふたりの拠点
陽一がアラーナにつれられてきたのは、『辺境のふるさと』という、中級の宿だった。
彼女は基本的に依頼で野営することが多く、ここには最低限の荷物だけを置いている。
入浴施設はなく、頼めば湯を張った桶と手ぬぐいは貸してもらえるようだ。
その際に渡される湯はただの湯ではなく『洗浄』効果のあるものなので、それを使って身体を拭くだけでも、充分に清潔でいられるのだ。
アラーナが貸し部屋ではなく宿屋暮らしをしているのは、食事の用意や室内の清掃などをしてもらえるからだ。
(いわゆるホテル暮らしってやつね)
「その……どうぞ」
少し恥ずかしげに頬を染めながらも、アラーナは陽一を自身の部屋に案内した。
広さはビジネスホテルのシングルルーム程度だろうか。
サイドテーブルやクローゼットといった家具や調度の類も、デザインが中世欧風なだけで、ビジネスホテルと変わらない。
電子ケトルのような湯沸かしの魔道具や、電子レンジのような加熱の魔道具、冷蔵庫のような保冷の魔道具も一応設置されている。
ただし、これらの魔道具の動力源として必要な魔石は別途料金を支払うか、宿泊者が自分で用意する必要があった。
ユニットバスはないがトイレと洗面台はあり、トイレは元の世界の洋式トイレとほぼ同じで、水洗機能もついている。
ベッドにはシングルサイズのマットレスが置かれているが、寝心地はあまりよくなさそうだ。
余談だが、もう一段階グレードを上げると、シャワーつきの部屋になり、グレードを下げるとトイレや洗面台がなくなる。
アラーナは『洗浄』が使えるので風呂は不要だが、トイレを共同で、というのは避けたかったのでこのグレードを選択していた。
「へええ、綺麗にしてるね」
「まぁ、それは宿の者がちゃんとしてくれるのでな」
「じゃあ今後の活動拠点はここ? それとももうひと部屋取ったほうがいいかな?」
「あ、いや……そのことでヨーイチ殿に相談があるのだが……」
アラーナはなにやら言いづらそうにもじもじしていた。
「なに?」
「その、だな。寝泊まりは、ヨーイチ殿の部屋でできないだろうか?」
「俺の部屋?」
「うむ……。あのふかふかのベッドと、広い風呂は魅力的なのだ……」
つまり、元の世界での陽一の部屋で寝泊まりしたいと、アラーナは望んでいるようだ。
「いや、もちろん転移が負担だというのなら、無理にとは言わないが……その、たまにでもいいので」
「あー、いやそれはべつに問題ないよ。この宿って、寝心地とか悪いの?」
「えっと……そういうわけではないのだが……」
彼女は顔を赤くし、若干うつむいたまま壁際に寄り、コンコンと軽く壁を叩いた。
「ここは……壁が薄いのだ……」
「あー……」
つまりはそういうことらしい。
「じゃ、早速帰るか」
「う、うむ」
陽一の言葉に、アラーナは嬉しそうな表情で頷いた。
○●○●
(結局また戻ってきたなぁ)
陽一はアラーナの部屋をホームポイント1に設定し、【帰還+】を使って元の世界の部屋である『グランコート2503号室』へと戻ってきた。
【帰還+】の使用を誰かに見られると面倒なので、『辺境のふるさと』の部屋はそのままとっておくことにした。
風呂のスイッチを入れたあと、弁当を取り出して夕食を済ませる。
(食事のこともそろそろ考えないとなぁ)
アラーナは満足しているようだが、陽一はそろそろ弁当に飽き始めていた。
弁当の代わりに自炊をしてもいいが、外食もしたいところだ。
向こうの世界の飲食店にも興味はあるし、もう少し落ち着いたらこちらの世界の飲食店にアラーナを連れていくというのも楽しそうだ。
「アラーナ、お風呂先どうぞ」
「あ……えっと、その……一緒に……」
「え? あ、うん、そうだね。そうしよっか」
○●○●
陽一とアラーナは翌日10時ごろ起きだし、『辺境のふるさと』で少し遅めの朝食を摂った。『辺境のふるさと』はあくまで部屋貸しなので、規定人数を超えない限り料金は変わらない。
部屋の掃除は料金に含まれるが、食事や湯桶等のオプションは有料で
ちなみに宿泊費は1ヵ月で金貨1枚、食事は各時間帯に基本セットがあり、朝食が銅貨5枚、昼食が銅貨8枚、夕食が銅貨10枚となっている。
せっかくなのでこの世界の基本的なシステムを説明しておこう。
まず通貨だが、基本的なものは銅貨、銀貨、金貨、白金貨、聖銀貨、魔鋼貨の6種。
銅貨100枚で銀貨に、あとは銀貨10枚で金貨、金貨10枚で白金貨というふうに10枚ごとに上位貨幣1枚と等価になる。
(銅貨1枚100円くらいかな)
物価や相場、地域によってかなりの差異はありそうだが、モーニング500円、ランチ800円、ディナー1000円、宿屋1ヵ月で10万円と考えると、なんとなくしっくりきたので、陽一は大雑把にそう認識することにした。
ちなみに銅貨よりも価値の低い賤貨というものもあるが、これはきちんと鋳造された貨幣ではなく、状態の悪い銅貨やくず鉄のようなもので、価値も決まっておらず、店によっては取り扱っていない。
銅貨1枚未満の価値のものでも銅貨を払って差分はチップのようなかたちで渡すことが多いようだ。
さて次に
1日は24時間で時刻の刻み方も元の世界と変わらない。
朝食セットは卵のサンドイッチと野菜スープ、そしてサラダとドリンクのセットで、味はそれなりに美味しかった。
アラーナに確認したが、中世欧風ファンタジーにありがちな、調味料や香辛料がバカ高いということはないらしい。
コーヒーは少し酸味が強かった。
アラーナいわく、これが標準的な味らしい。
豆の品種のせいか、炒り方の問題か、はたまたその両方か。
一応ネルドリップで淹れているのは確認したので、淹れ方に問題はなさそうだが。
とりあえず陽一の好みではないので、次は深煎りができるかどうか確認してみようと思った。
「しかし、全然足りないなぁ」
「だろうな。まぁあとでどうせ時間はできる。ちゃんとした食事は少し早めの昼食というかたちで摂ることになるかな」
どうやら食事に関してはアラーナに考えがあるようだった。
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