えっ、転移失敗!? ……成功? 〜ポンコツ駄女神のおかげで異世界と日本を行き来できるようになったので現代兵器と異世界スキルで気ままに生きようと思います〜

平尾正和/ほーち

序章

第1話 トラック事故

 年明け最初の操業日。

 カレンダー上では特に祝日を挟んだわけでもないのに、いつもより長い正月休みを経たにもかかわらず、この日の業務は半日で終わった。

 工場の休憩室では、缶コーヒーとタバコを片手に作業員の男たちが雑談している。

 近年珍しく喫煙を許可されている休憩所なので、室内はタバコの煙が充満していた。


「あー、今日も半日で終わったなぁ……」


 と、さみしげにつぶやくのは、35歳独身の工場作業員、藤堂とうどう陽一よういち

 ほかに数名の作業員がおり、みな例外なくタバコをくわえたり指に挟んだりしているが、陽一の手にタバコはない。

 そもそも彼にはタバコを吸うという習慣がない。

 にもかかわらずここにいる理由としては、第一にタバコの煙が気にならないということ、第二に終業後のダラダラとした空気が嫌いじゃないということが挙げられる。


「俺、そろそろカードの支払いヤバいかもしんないですわ」


 陽一は先輩の野口のぐちに、半ば独り言に近い愚痴を吐いた。


「だったら、とりあえず国金に相談してみなよ」

「コッキン?」

「そ、国金。俺ら一応個人事業主扱いなわけだし?」

「国金ってなんです?」

「俺も建築屋の知り合いからチラッと聞いただけだからよく知らんのだけど、国の金貸しみたいな」

「借りられるんすか? 俺もうキャッシング枠いっぱいいっぱいなんですけど」

「いま借り手がいなくて困ってるらしいぜ? 年利2パーとかで審査もユルユルなんだと」

「マジですか!? ちょっと調べてみますわ」


 そうやってダラダラと雑談を続けている休憩室の戸が開かれ、正社員の田村たむらが顔を覗かせた。


「おおーい、工場閉めるから悪いけど帰ってくれるかー?」

『うぃーっす』


 各々タバコの火を消したり、缶コーヒーを飲み干したりしながら立ち上がる。

 陽一も飲み干した空のコーヒー缶をゴミ箱に入れ、休憩室をあとにした。


○●○●


 陽一が勤める工場は、数年前に完全歩合制を採り入れた。

 数少ない正社員は無論月給制だが、非正規作業員は完全歩合制となった。

 ただし、作業員の肩書はアルバイトでも派遣でもなく、個人事業主。

 やっていることはバイトと変わらないのだが、一応個人事業主に業務を委託している、という体裁を整えている。

 なので、保険や年金は完全自己負担。

 最低賃金などというものは適用されず、仕事がなければ今日のように早めに終業となり、そのぶん報酬も減る。


 とはいえブラックかと問われれば微妙なところだ。

 繁忙期になれば時間あたりの業務量は大幅に増え、3~4時間の残業はあたりまえとなり、完全歩合制であるがゆえにそのぶんの報酬もきっちり上乗せされる。

 多いときには月の報酬が40万円を超えたこともあった。

 そのぶん、閑散期には15万円を切ることもある。

 平均すれば25万円程度になるだろうか。

 なので、決して劣悪な労働環境とは言いきれないのだった。


 ただ、この収入の波というのが恐ろしい部分でもある。

 きちんと自己管理ができる人間、もしくは、先輩の野口のようにきっちりと金銭管理をしてくれる妻がいるような者であれば問題ない。

 報酬が多いときはしっかりたくわえ、少ない月に貯えを切り崩す。

 そういうことができればまったく問題ないのだが、陽一は残念ながら自己管理が甘いタイプの人間だった。

 報酬が多いとどうしても無駄遣いしてしまい、生活レベルを上げてしまう。

 そして一度上がった生活レベルを下げるのは困難で、報酬の少ない月もうまく節制ができず、赤字になってしまうことがしばしばあった。

 その結果、クレジットカード利用分の一部をリボ払いにしたり、〝給料日までのつなぎ〟と称してキャッシングに手を出したり、というのを繰り返し、いまでは結構な額の借金ができてしまっているのだった。

 一応今月の支払いぶんくらいはなんとかなりそうだが、来月はどこかから融通しないと各種支払いが滞る可能性があり、じつは内心恐々としている。


「うぅ、寒……。国金……国金かぁ」


 工場からの帰り道、陽一はスマートフォンで『国金』とやらについて調べていた。

 歩きスマホにならないよう、信号待ちなど、足が止まったときだけ画面を見るようにしている。

 そのあたりの倫理観はそれなりに持っている陽一であった。


「政府金融……これか」


 それらしいサイトを発見し、情報を精査していく。

 陽一が求めているのは、安い金利での借り換えであった。

 しかし、この国金とやらは、借り換えでの利用はできないと明記されているのを発見した。

 公式サイト以外に、一般人が利用方法を解説したサイトを覗いてみたが、結局のところ設備投資や新規雇用等に必要な経費のみを借りられるサービスのようで、しっかりとした事業計画がなければ審査は通らないということが判明し、陽一は大きく肩を落とした


(野口さんめ……あいかわらずテキトーな……)


 先輩の野口という男、しっかりものの妻がいなければおそらくは陽一同様、いや、それ以上に生活に困っていたに違いない。

 ちょうど信号が変わったのでスマートフォンをショルダーバッグに入れ、顔を上げた。

 すると、信号を無視しそうな勢いで横断歩道へと突っ込んでくるトラックの姿が見えた。


「お……マジか!?」


 あのままスマートフォンを見ながら安全確認をせずに歩きだしていれば、あるいはトラックと衝突していたかもしれないが、幸い早い段階で気づいたのでトラックが通り過ぎるのを待つ。

 ほかの歩行者もほとんどが気づいていたので、あわてて立ち止まる姿がチラホラと見えた。

 ……が、道路の向こう側から、ひとりの子供が安全確認を怠り、信号が変わったからと半ば走るように横断歩道を横切ろうとするのが見えた。

 おそらくは子供の名前であろう名詞を叫ぶ母親と思しき女性の声。

 いま飛び込めばこの子を助けることができるだろうか?

 一瞬迷っていると、その子供のうしろから飛び出す人影が見えた。

 どうやら若い男のようで、その男はすぐ子供に追いつき、その子の腰を抱くように腕を回したあと、身体を反転させて元いたほうへ、その小さな身体を投げ飛ばした。

 そして、その反動で男が半ばよろけつつも、結構な勢いを持ったまま陽一のほうへ飛び込んでくる。


「よし! 来い!!」


 陽一の近くに信号待ちの歩行者はおらず、また、そこはトラックの進路からも外れていた。

 うまく受け止められれば男も怪我をせずに済むだろう。

 一応工場でそれなりに肉体を使う作業を行なっているので、多少なりとも力に自信はある。

 陽一は腰を落とし、勢いよく飛び込んできた男をガシッと受け止めた。


「どもッス!」


 受け止められた男が、陽一を見て笑顔を見せる。

 なかなかの好青年のようだった。

 安堵しつつ視線を前に向けると、なぜか吸い込まれるように自分たちのほうへと向かってくるトラックが視界の大半を占めていた。


「うわあああぁぁぁ………………あれ?」


 確かにいま、トラックが目前に迫っていたはずだ。

 そのあと、おそらくは衝突するのだろうと思い、顔を伏せ身体をこわばらせていたが、一向に衝撃がこなかった。

 恐る恐る顔を上げ、周りを見回してみたが、なにもなかった。

 そう、なにもない。

 なにもない、真っ白な空間。


「これって、まさか……」


 嫌な予感を覚えつつもあたりを見回すと、ひとりの男性が立っていた。

 どうやら先ほど自分が受け止めた男のようだ。

 いつの間に陽一から離れたのだろうか。


「あの」


 陽一が声をかけると、その男性は弾かれるように振り返った。


「……あ、さっきはどうも」


 どうやら向こうも陽一の正体に気づいたようだ。


「あの、オレらさっきトラックに……」

「……ですよねぇ?」

「もしかしてッスけど、オレら……」

「死んだ……んですかねぇ」


 決定的な言葉を口にする。

 どう考えても、先ほどまでいた場所ではない。

 なにより、このようななにもないただただ白く広い空間が地球上にあるとは思えなかった。

 足元を見てみるが、地面らしきものもないのだ。

 にもかかわらず、なんとなく立っていられるという不自然さもあった。


「はああぁぁ……新年早々ツイてねぇなぁ。来月子供生まれるんスよねぇ、オレ」

「ホントですか!? それはおめでとうござ……って言ってられないですねぇ」

「ッスねぇ。まあこないだ生命保険に入ったばっかなんで、ラッキーっちゃあラッキーなんスけど」

「へええ、俺なんて県民共済だけですよ」

「いやいや、俺もそうだったんスけどね? 会社の休み時間に来る勧誘のおばちゃんに根負けして入っちゃったんスよぉ……。あ、でもそのことまだ嫁さんに伝えてないんスよねぇ」

「まぁ大丈夫じゃないですか? 保険会社から連絡行くでしょ。外交員が来るってことは旧財閥系のちゃんとしたとこだと思いますし」

「そッスかねぇ。まぁ会社の連中も見てたから、誰か伝えてくれるッスかねぇ」

「そういば来月生まれるってことですが、男の子ですか、女の子ですか?」

「男なんスよー」

「名前は決めたんですか?」

「いやぁ、苦労しましたよぉ。最近流行はやりのキラキラネームとかにならないようにいろいろ考えたんスけどね? 最終的には〝シンタ〟ってことで決まりかけてたんスけど、なんか嫁が急に反対し始めたんスよねぇ」

「シンタくん、いい名前だと思いますけどねぇ」

「ッスよねぇ!? でもなんかところてんがどうのこうのって……」

「……もしかして〝心〟に〝太い〟でシンタくん?」

「そうッス!! ぶっとい心でたくましく生きてほしいって意味で〝心太しんた〟ッス」

「あの……ところてんって知ってます? 食べ物の」

「あのツルッとしたやつッスか? オレは三杯酢で食べるのが好きッスねぇ」

「俺は黒蜜派ですけど、そのところてんです。そのところてんを漢字で書くと、〝心〟に〝太い〟なんです」

「ま、まじッスかぁあ~!!?」

「マジっす」

「ああぁ……、それでアイツ、太いじゃなくて大きいにしようって言ってたのかぁ……」

「ま、まぁそのへんは奥さんがうまくやってくれるんじゃないですかね?」

「俺の遺言だと思って〝太い〟のほうにしなけりゃいいんッスけど……。あ~、夢枕に立ちてぇッス……」


 雑談が一段落したところで、ふたりの目の前の空間が歪み始めた。


「うぉ!? なんかグニャって」


 そして、その歪みの中から和服姿の若い女性が現われた。


「すいませーん、お待たせしましたぁ!! えーっと、トウドウさんですね?」


 彼女は書類を片手に出現し、ふたりのほうを見ていなかった。


「はい」「ッス!」


 その女性はあわてたように顔を上げ、驚いたような表情を浮かべた。


「へ……?」


 白い空間に、女性の間抜けな声が響いた。

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