普く通ずる私たちの話
木染維月
Ⅰ-私たちがこうなったのは
流行りの歌をはじめて知るのは大抵、古本屋の有線放送だった。立ち読みの合間に聞こえたワンフレーズだけが耳に残っていて、流行りが終わる頃になってから友人の会話でタイトルを知った。浜崎あゆみも宇多田ヒカルも何を歌っている人なのかよく知らなかったし、モー娘の誰々に至ってはどれが誰なのかちっとも分からなかった。とんねるずとかスマップとか、学校の友達の話題は軒並みそんなことばかりで、木村拓哉の顔と名前も一致しない私が入っていける筈もない。小学生の頃ドラマの「家なき子」が大流行りした時だって、随分長いことエクトール・アンリ・マロの児童文学の方の話だと思っていて、「エリカが例えてあげる!」という台詞が流行り始めた頃になってやっとそういうテレビドラマがあることを知った。
ただそれだけのことだった。私の人生に変わったことなんてなくて、ただちょっとだけ母親がアナログ人間で、殆どテレビをつけなかったりケータイを買い与えてくれなかったり、そういうことが多かっただけ。特段不幸な家庭事情があったりとか、特殊な問題を抱えてたりとか、そんな何かがあった訳じゃない。十分『普通』の範疇に入る、一般的な家庭だ。
──けれど、学校という小さな社会では、それが全てだった。小中学生は退屈しているのだ。次々に移ろう流行のアイドルやテレビドラマ以外に、話題なんて殆どありはしない。
だから私はずっと、学校という場において『普通じゃない』人間だった。
初めは努力もした。少ない休日の時間に本屋まで出向いて雑誌の立ち読みをしたり、いろんな店でひたすら有線放送を聞いたり、思いつく限りのことをした。
しかし、すぐに馬鹿らしくなった。他のみんなは何となく夕飯時についているテレビを眺めて、何となく好きになったものの話をしているのだ。それを私はたくさんの時間と労力を割いて情報を集めて、馬鹿馬鹿しいったらありゃしない。彼女たちの雑談に、そこまでの努力をして混ざる価値があるようには思えなかったし、好きでもないものについて情報を集める時間があったら私は私の好きなことをしたかった。
しかも、しかもだ、流行のものについて、話に混ざるに十分な情報を得る頃には、大抵流行りは廃れかけだったのだ。苦労して得た情報は、ほんの数週間から一ヶ月、雑談に参加することにしか役立たない。挙句の果てには陰で「あの子ってちょっと『遅れてる』よね」などと言われているのを耳にし、その時から私はすっぱりと流行を追うのをやめた。
──そして、それからだった。『普通』でいられなくなった私が、自ら『普通』を突き放すようになったのは。
「ははぁ、成程ねぇ。うん、我が家も似たようなかんじかなー」
「本当? まぁそうだよね、偏屈呼ばわりされるような女子高生になる原因なんて割と限られてるだろうし」
「確かにねぇ」
昼食時、屋上へと続く階段の途中に腰掛けた私たちは、弁当を食べながらそんな話をしていた。
一日中陽の当たらないこの階段は、もう夏休みも近いというのに未だ肌寒く、座っているうちにじわじわと尻から冷えてくる。それでも私たちが毎日好き好んでこんな場所で昼食を食べているのは、私たちが『普通の女子高生』じゃないからなのだろう。
「うちの場合は父親が厳しくてねー。テレビとかはすーちゃんの家ほどじゃなかったと思うんだけど、放課後に友達と遊びに行ったりとか、漫画読んだりとか、中学生くらいまでそういうのが全部禁止されちゃってて。それで話に入っていけなくなって。あとはすーちゃんと同じかなぁ」
「はー、それは確かにそうなるね」
「でもさぁ、これだけ聞くと大した話でも何でもないのに、なんであたしたちこんな所でご飯食べるまでになっちゃったんだろうね?」
「いいじゃん、人来なくて」
「でも寒いよ」
「京子寒がり? 場所変える?」
「ううん、大丈夫」
首を振ると京子は、弁当に向き直った。どちらかといえば洋食寄りのおかずが所狭しと並べられた弁当を、誰が作っているのか尋ねたことはない。きっと母親なんだろうな、と思う。
私は毎日購買のパンを買っているが、京子が羨ましいかと言われると微妙だ。母親にあまり借りのようなものを作りたくない気持ちが大きいのである。
「すーちゃん、あーん」
徐ろにタコさんウインナーを箸で摘んでこちらに向ける京子。私は素直にそれを口で受け取る。
「美味しい」
「そう? 良かったぁ」
「京子、あーん」
「え、要らない。白ご飯食べてる時に菓子パンはちょっと食べ合わせ悪すぎだもん」
私は無言のまま京子に向けた菓子パンを自分の口に運んだ。心無しか今日は一段と階段が冷たい気がする。
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