23章 姉弟の夢と絆
第1話 なんにでもなれる
アルバイトのある日は帰りが21時ごろと遅くなるので、時々煮物屋さんで夕飯を摂られる。実家にお住まいなのだが、家でだと母親に手間を掛けさせてしまうからだ。
確かにご家族は夕飯に適した時間に夕飯を食べられるので、梅田さんだけ遅くなってしまうと二度手間である。
家族の分と一緒に作って置いておいて、食べる時にレンジで温めるなどもできるが、梅田さんのお母さまは「できたてを食べて欲しい」とキッチンに立たれるらしい。
それは本当にありがたいことなのだが、やはり申し訳ないという気持ちが大きくなってしまう。なのでアルバイトの日は夕飯はいらない、ということにしたのだそうだ。
コンビニ食などを買うことも多いのだが、食べることが大好きな梅田さんはできるなら少しでもバランスの良いちゃんとしたご飯が食べたいと、以前から気になっていたという煮物屋さんのドアを開いたのだ。
ちなみに梅田さん、食べることは好きだが、作ることには興味無いらしい。自炊する自信も無いし外食だとお金が保たないと思ったので、大学も家から通えるところを選んだとおっしゃっている。
目的はお食事なのでお酒は飲まれない。もう成人されているのだが、そもそもあまり美味しいと思えないらしい。甘いカクテルでもお酒の味がするのが好きでは無く、やはり飲まれないのだ。なのでドリンクはいつもお冷である。
だからと言って子ども舌でも無いのだろう。いつも煮物屋さんの和食を嬉しそうに「美味しい美味しい」と頬張られる。
さて、今夜もアルバイトを終えた梅田さん、カウンタに掛けてほかほかのご飯をもりもりと食べている。良い食べっぷりだ。
食べるのが大好きな梅田さんは、とてもたくさん召し上がる。煮物屋さんで定食をしっかり食べられても腹七分目なのだそうだ。
「あ〜優しい味。私には歳の離れた弟がいて、母の味付けが弟に合わせて濃いめなんですよ。だからここのご飯が本当にほっとします」
梅田さんはお茶碗を片手に満足げに目を細めた。佳鳴は微笑む。
「お口に合って嬉しいです。たくさん召し上がってくださいね」
「ありがとうございます」
梅田さんはお茶碗を置くと小鉢に手を伸ばした。
数日後、また梅田さんはアルバイトがあったのか、21時ごろに訪れた。普段とは違い、珍しく少しばかり疲れを滲ませていた。
おしぼりで手を拭いた梅田さんは「ああ〜」と嘆く様な声を上げる。
「今日は疲れましたぁ〜。こんな時ビールとか飲めたら美味しいんでしょうねぇ〜」
「そうですねぇ。お仕事終わりのビールは確かに別格ですねぇ。でもお好きじゃ無いものを無理に飲んでもしんどいですよ。でしたら代わりにソフトドリンクはいかがですか?」
佳鳴が言うと、梅田さんは「たまには良いかも」とドリンクのメニューを手にする。
「じゃあサイダーください」
「はい。お待ちくださいね。先にお出ししますね」
佳鳴はタンブラーに氷を半分ほど詰めて、冷たいサイダーを注ぐ。しゅわしゅわと泡が上がり、ぱちぱちと弾けた。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
サイダーを受け取った梅田さんはさっそく口を付けると、ぐいと顔を起こした。ごっごっごっと喉が鳴る。そして「ぷはぁっ」と息を吐いた。
「凄っごい美味しいです! いつものサイダーと同じはずなのに」
「きっとお疲れなんですね。糖分が身体に沁みているんだと思いますよ」
「そっか、疲れた時には甘いものか酢の物って言いますもんね」
梅田さんは納得した様に頷いた。
「はい。どちらも疲れを癒してくれますね。あとは炭酸がすっきりさせてくれるんでしょうか。以前テレビで見たんですけど、お金を貯めたくて節約をしたいビール好きの方が、ビールの代わりにサイダーを飲んでおられましたよ。慣れて来たらそれで満足できてしまう様です」
「ビールの代替え品ですかぁ。私はお酒が苦手だからサイダーで充分です。なるほど〜」
感心した様に目を開く梅田さん。またごくりとサイダーを飲んだ。
そうして整えたお料理をお出しする。今日のメインは
小鉢のひとつは焼きがんも。木綿豆腐と山芋、卵と塩で種を作り、具は戻したひじきとさっと塩茹でしたいんげん豆、細切りにした人参である。小さなハンバーグの様に形作って、少し多めの太白ごま油で焼き上げた。それにすり下ろした生姜をちょこんと乗せる。表面さくっと、中はふんわりとした一品だ。
もうひとつは切り干し大根とわかめの明太サラダだ。戻した切り干し大根とわかめをオリーブオイルと明太子で和え、器に盛って青のりを振った。しゃきしゃきした歯応えが面白い一品。
ちなみに切り干し大根の戻し汁には栄養分が溶け出しているので、お味噌汁に加えた。それに合わせて今日はお揚げとかいわれのお味噌汁である。
梅田さんはさっそく焼きがんもに生姜を付けて口に運び、「んん〜」と頬を緩める。
「美味しいですねぇ〜。ふわっふわしてます」
「ありがとうございます」
佳鳴がにこりと笑うと、梅田さんも満足げに「ふぅ」と小さく息を吐いた。
「今日は高3のクラスで抜き打ちテストがあって、監視役に駆り出されたんですよ。さすがに受験生は雰囲気がぴりぴりしていると言うか。見ているこちらまで緊張しちゃいました」
「やはり受験を控えてるから大変なんですねぇ」
「そうなんですよね。受験は人生を左右しますから」
「そうですねぇ。合格してもしなくても、分岐点になるでしょうからねぇ」
「できたら全員合格して欲しいですけどね。皆何になりたいとかってあるのかなぁ。店長さんたちは夢とかってありました?」
「私は今でこそお店をさせていただいてますけど、高校の時は特にこれと言って無かったですねぇ。なので自分の学力の及ぶところで大学を選びました」
「僕は調理師免許とかそういう資格が取れる学部のある大学に行きましたよ。料理が好きだったんで」
「じゃあ今煮物屋さんを経営されていて、夢が叶ったってことなんですね?」
「結果論ですけどそうなりますね。食品会社に就職したんですけど、姉に「料理が好きならお店をやってみても良いんじゃ無い?」って背中を押されて。姉も料理が巧かったんですけど、やるなら手伝うよって言ってくれたんで思い切りました」
「私も何かをやってみたかったんだと思います。千隼が大学のお陰で飲食店ができる免状を一通り持っていましたからね。その時私は営業職だったんですけども、どうにも向いていなかったみたいで、疲れもあったのかも知れません」
「ええ〜? 全然そんな風には見えないですよ。お客さんと自然にお話とかされていて。店長はハヤさんじゃ無くて店長さんなんですね」
「実際は共同経営なんですけどもね。私はこの煮物屋さんを所定の年数経営してから、調理師免許の試験を受けました。学校に行かなくても実地経験があれば受験できるんです。実は飲食店をするのに調理師免許は必要無いんですよ」
「そうなんですか?」
「はい。必要なのは食品衛生責任者の資格です。ある程度大きなお店になったら防火管理者の資格も要りますよ。うちの規模なら無くても大丈夫ですね」
「そうなんですね。でもそうやって夢を叶えるのって凄いです。私ももうすぐ就職活動が始まるし、何か考えなきゃ」
「塾でアルバイトをされているんですよねぇ。塾講師とか学校の先生とかを目指されているわけでは?」
「では無いんです。私、大学も教育学部とかじゃ無いですしね。あ、行かなくても教師になる方法はあるんですけども。塾講師なら資格は要りませんけどね。しかもバイト内容は講師のお手伝いですから」
「ああ、そうでしたね」
「それに私、厳しくしたり叱ったりするのが苦手で」
「確かに先生だとそういう側面も必要ですもんね。でもそれでしたら、これから何でも目指せますねぇ」
「そうでしょうか」
「そうだと思いますよ。それこそ社長さんとかにだってなれちゃいますよ」
「あはは、億万長者だぁ」
「何か好きなことがあれば、それをお仕事にしてみても良いんでしょうし。なんでもできますよ」
「そうですね。ちょっといろいろ見てみますね。何が良いかな〜」
梅田さんはわくわくする様に表情を輝かせた。
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