第90話 束の間
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拳を重ねたあと、優斗はテミスの惨状を見て言葉を失った。
テミスは、全身がズタズタだった。
一体どれほど攻撃を受ければこうなるか、優斗には想像も出来ない。
「テミスさん。こんなになるまで、孤児院を守ってくれたんですね。……ありがとうございます!」
「別に……孤児院を守るために頑張ったわけじゃねぇよ。ただの、自己満足だ」
そう言って、テミスがぷいっとそっぽを向いた。
恥ずかしさを隠すような顔色はすぐに消え、テミスの表情が激痛に歪む。
「て、テミスさん、大丈夫――」
「お、おじょおおおだばぁぁぁぁああ!!」
優斗が声をかけたその時、孤児院の敷地内から猛スピードでリタが現われた。
ぼろぼろと涙を流しながら、リタがテミスに抱きついた。
「おじょうだば、おじょうだば、おじょうだばぁぁああ!!」
「い、いでででっ!! 死ぬ死ぬ死ぬ、馬鹿離せリタ!!」
抱きつかれたテミスが、涙を流すリタの肩を何度もタップした。
他人とは思えない二人の様子に、優斗は目を丸くする。
「お、お嬢様?」
「……何でもねえ。今すぐ忘れろ」
「えっ?」
「いいな?」
「あっ、はい……」
テミスに凄まれ、優斗はあっさり引き下がった。
いまのテミスからは、ただならぬ雰囲気が漂っている。
逆らわぬが吉である。
「はぁ……ふぅ……ユートさん、すごく早いで……」
息を切らしながら駆け寄ってきたエリスが、テミスを見て目を見開いた。
どういう状況か、すぐに呑み込んだのだろう。
エリスが自分の胸に手を当てると、すぐに呼吸が整った。
スタミナチャージを行ったのだ。
てってって、とエリスが素早くテミスに近づき、しかしすぐに優斗に困惑の表情を向けた。
「おじょうだばぁぁぁあああ」
エリスが回復するのに、テミスの腰に抱きついておんおん泣いているリタが邪魔なのだ。
優斗は苦笑を浮かべ、リタをテミスから引き剥がした。
「ハイヒール」
エリスの手から強く柔らかい光が溢れ出し、テミスの全身を包み込む。
テミスの治療を始めたエリスを眺めながら、ダナンが優斗に近づいてきた。
「ユート。なにがあったんだ?」
「この孤児院がオーガに襲われたようで。それを、テミスさんが守ってくれていたんです」
「おお、すげぇ……。やるじゃねぇか!」
優斗の説明で、ダナンが目を見開いた。
Dランクの冒険者が、Bランクの魔物を食い止めるということは、並大抵のことではない。
討伐出来なくとも、ただ守っただけで偉業になるほどのことなのだ。
ダナンと同じように、エリスもまた驚いた顔をした。
ヒールを続けながら、エリスが口を開いた。
「よく、持ちこたえた、です。今回だけは素直に褒めてやる、です」
「なに偉そうに言ってんだよチビっ子」
「チビじゃないです!」
ムキーッ! とエリスが毛を逆立たせた。
エリスにもテミスにも、緊張感が感じられない。
どうやらテミスは、危険な状態を脱したようだ。
優斗はほっと胸をなで下ろした。
その時だった。
――ズゥゥン!!
「「「――ッ!?」」」
大地が揺れるほどの音がクロノス中に響き渡った。
音の発生源は、外壁からだ。
「僕は外壁を見てくる。エリスはテミスさんを治療。ダナンさんは、二人を守ってください。なにかあればこれを――」
そう言って、優斗は魔道具の鈴の片方をダナンに放り投げた。
その鈴は先日、マリーから譲り受けたものだ。
『もう使わないし、あげるわ』
マリーがこの鈴をなにに使ったかは定かではないが、なにかに使えそうだからと優斗は素直にもらい受けていた。
鈴を鳴らせば、対になっている鈴が共鳴する。
これで、もしダナンたちが魔物に襲われても、優斗はすぐに駆けつけることが出来る。
「了解。無茶すんなよ」
「わかりました」
そう言って、優斗は外壁に向かって走り出した。
クロノスの外壁は、高さが二十メートル。幅が五メートルある。
この壁が、外側からの魔物の侵入を防いでくれている。
だが、
――ズゥゥゥン!!
分厚い外壁から、不吉な音が響いている。
「一体、何が起こってるんだ……」
優斗は真上を見上げ、足に力を込めた。
優斗はここに来るまで、優斗はアルセイスのブーツの使い方を、なんとなく把握出来てきていた。
二度オーガを討伐した時に、優斗は力を込めて地面を蹴り出した。
この時、優斗の体から僅かに魔力が流れ込んでいた。
それにより、オーガ討伐時にアルセイスのブーツが初めて真価を発揮した。
一度目は、石畳を蜘蛛の巣状に粉砕した。
二度目はその力を、前方に向けて加速した。
アルセイスのブーツは、ただグリップ力の優れた靴ではない。
魔力を込めると、次回の踏み込み時に跳躍力が増加する魔道具だったのだ。
優斗はブーツに魔力を込めて、力いっぱい跳躍した。
途端に優斗の体が空中を飛翔した。
途中、バランスを崩しそうになりながらも、優斗はなんとか外壁の上に到達した。
「お、おおう……。出来そうだなぁとは思ったけど、まさか本当に出来るとは……」
優斗の身体能力だけでは決して出来ない所業である。
垂直跳びで外壁の上まで登り切ったことに、優斗は自分のことながら少し引いた。
身を屈めながら、優斗は外壁の向こう側をのぞき込む。
「…………」
その向こう側の光景に、優斗は言葉を失った。
地の果てまで、黒クロくろ……。
真っ黒い粒に埋め尽くされていた。
その黒い粒は、すべて魔物だ。
おびただしい数の魔物が、クロノスに群がってきていた。
「これは不味い……」
スタンピードがまさかこれほどだとは、優斗は夢にも思わなかった。
数えるのも馬鹿らしいほどの魔物の群れを前にして、優斗はクロノスの陥落を予感せずにはいられなかった。
クロノスの外壁に殺到する魔物を、呆然として見つめている時だった。
優斗の目の前に、音もなくスキルボードが出現した。
「――これはッ!?」
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