第54話 緊急事態

 二度目のCランクダンジョンは、風属性だった。

 優斗は風を操る魔物を、次々と切り倒していく。


 まわりに罠がないということもあって、ダナンも積極的に先頭に参加した。

 ダナンの戦い方は、非常に繊細なものだった。


 隠密で気配を消し、空気に溶け込む。

 優斗が大立ち回りをして魔物のヘイトを稼いだところで、針の投擲による一撃を、眼球や首などの致命的な部位に叩き込む。


 さすがにDランクの冒険者ということもあって、魔物を一撃で倒せるほどの力はない。

 しかしそれでも、ダナンがいることで、優斗は非常に戦闘が楽になっていた。


「ダナンさん、ありがとうございます」

「なに、ユートが暴れ回ってくれてるおかげだよ。俺一人じゃなんも出来ねぇさ」


 Cランクの通常ボスを倒し、優斗はダナンと拳を重ね合わせた。

 その横で、エリスが羨ましそうな視線を向けながら、拳を上げてぴょこぴょこと跳んだ。


 その姿があまりに愛くるしかったため、優斗は反射的にエリスの頭を撫でる。


「むぅ……」


 欲しい反応と違ったか。

 エリスが頬をぷくっと膨らませるが、口元はまんざらでもなさそうだ。


 ドロップを回収し、優斗らは生成の間へと戻って来た。


(これで15万ガルド!)


 しっかりと着実に前に進んでいる。

 優斗はその感覚を、ひしひしと感じ取る。


 その時、優斗はふと神殿内に物々しい空気が漂っていることに気がついた。


「ん、なんだろう?」

「ギルドの方が騒がしい、です」

「そうだな。喧嘩でもあったのか?」


 優斗らが首を傾げた、その時だった。

 ギルド職員が生成の間に駆け込んできた。


「冒険者の皆さん、緊急指令です! Cランク以上の冒険者は直ちにギルドに集合してください!!」


          ○


 緊急指令という言葉を聞いて、優斗らは急ぎギルドに向かった。

 ギルドは既に、Cランク以上と思しき冒険者でごった返していた。


『あーあー、冒険者の皆様聞こえるでしょうか』


 ギルドの受付カウンターから、尋常ではない大声が響き渡った。

 魔道具を用いて声を拡声させているのだ。


『既にご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、現在、クロノスに正体不明の魔物が複数出現しました!』

「「「――ッ!?」」」


 職員のその言葉で、冒険者達が一斉にどよめいた。


 優斗も息を飲む。

 まさかそのような事態など、想像もしていなかったためだ。

 それともう一つ。


『緊急クエスト:クロノスに出現した魔物を討伐せよ(0/1)』


 不意にスキルボードが出現し、突発クエストが表示されたためだ。


『出現ポイントは不明。現在調査中です。集まった皆様は魔物の討伐、および住民の避難を行って下さい。魔物を討伐された方は、必ず討伐証明となる部位をギルドまでお持ちください。――以上です!!』


 職員の説明は、それだけだった。

 誰がなにをやれという指示はない。

 それでも、冒険者達は一斉にギルドを飛び出していく。


 ここに集まっているのは、ほとんどがCランク以上の冒険者だ。

 職員の説明だけあれば自分がやるべきことがわかる、プロフェッショナルなのだ。


 一斉に動き出した冒険者たちを尻目に、優斗は口を開く。


「ダナンさんはどうしますか? 緊急依頼はCランク以上の冒険者が対象です。Dランクのダナンさんは依頼を受ける必要はありませんが」

「なに馬鹿なこと聞いてんだよ? オレも行くに決まってんだろ」

「わかりました。それじゃあ……宜しくお願いします」

「おうよ!」


 ダナンが頷いて、駆け出す。

 それに優斗とエリスが続いた。


 外に出ると、ダナンがすぐに索敵を開始していた。

 ダナンが神殿が建っている丘の上から、クロノスの街をじっと眺めている。


「どうですか?」

「かなりいるぜ。20……いや、30くらいか。でも、大体冒険者が向かってるっぽいな」

「まだ冒険者が向かってなさそうな魔物はいますか?」

「ちょっと待ってくれ。いま探してる」


 ダナンがより一層深い皺を眉間に刻む。

 もし冒険者らが全ての魔物の討伐に向かっているなら、優斗は住民の避難を行おうかと考えた。


(緊急クエストがクリア出来なくなっちゃうけど……仕方ないね)


 僅かにクエストが頭に浮かぶも、最も大切なのは住民の安全だ。

 すべての魔物に冒険者が向かっているなら、クエストよりも住民の避難を優先する。

 そう、優斗は迷うことなく決断する。


「ふぅ……待たせた。1匹だけまだ誰も向かってない魔物がいたぜ」

「――どこですか!?」

「あそこだな。たぶん、古い水源のある場所だ」

「了解です。ダナンさん、エリス!」

「おう」

「はい、です!」


 二人が頷くのを確認し、優斗は全力で駆け出した。


 優斗が全力で走ると、ダナンとエリスがぐんぐん引き離されていく。

 だが、それで良い。


 最優先事項は魔物の確実な討伐ではなく、住民の安全確保だ。

 住民が魔物に見付かる前に、冒険者が真っ先に魔物の気を引く必要がある。


 そのため優斗は、仲間と歩調を合わせて速度が低下するよりも、ソロにはなるがいち速く現地に到達する方を選んだのだ。


 ダナンが指示した場所は、以前優斗がギルドの依頼で訪れたことのある水源だ。

 神殿から向かうとなると、かなり大回りになってしまう。


(なんとかならないかな…………そうだっ!)


 優斗はその場で飛び上がり、民家の屋根に飛び乗った。

 そのまま屋根伝いにまっすぐ進んで行く。


(ごめんなさい! 普段はやらないので……緊急時だから許してください!)


 足場にした家の所有者に内心頭を下げながら、優斗は水源に向かって一直線に進んでいった。


 神殿から水源まではかなりの距離があったが、屋根伝いに進んだおかげでさほど時間を掛けずに到着することが出来た。


 水源に到着した優斗は、屋根の上から魔物を確認する。


「――カオススライム!?」

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