第23話

 待ち合わせ場所は学校の校門だ。互いに知っていてそれなりに距離がない場所はここしかなかった。だからここになった。


 校門は六時頃ともなると部活帰りの輩でいっぱいである。楽しそうだ。彼らは若さ溢れる力を精一杯使い仲間たちと競い合うのだ。そこでしか味わえない経験は多々あるだろう。例えば甘酸っぱい恋だとか。仲間と流す美しい涙だとか。はいはい。すごい。すごい。さぞ部活動とは良いものなのだろうな。勝手にやってろ。まあそんなことどうでもいいので堂々と校門に居座る。佳華はまだ来ていない。当然だ。今回はかなり早めに来たからな。と思ったが彼女はすでにそこにいた。黒いブラウスにグレーのロングスカート。どこにでもありそうな服装だが彼女が装うとまるで違ったものに見えた。


「遅い。もう十五分前よ」


「速い。まだ十五分前だ」


 こいつには勝てそうにない。


「では行きましょうか」


「行くってどこへ?まだ目的地を知らないんだが」


「隣町よ。まずは適当なところでご飯でも食べましょうか」


「今から歩きでか?」


「そうよ」


 ここから隣町まではそこまで遠くはない。普通に歩きで行ける範囲だ。だがわざわざ隣町まで行って何をする?こいつと出かけるならどこでもいいので文句を言うつもりはないのだが他にいい場所があるんじゃないか?


「隣町に着いてからメインイベントがあるわ」


 メインイベント?どうやら何かあるらしい。楽しみだ。


 隣町までの道中で適当な店に入った。いやそこそこの店だった。それが価値観の相違というやつなのかそれとも普段外食に行かない僕の経験不足なのか分からないが店の料理はそこそこ美味かった。そしてそこそこの金がなくなった。うん。やはりこれは価値観の相違だな。


「それにしても悠斗君。あの時何で反撃しなかったの?」


 あの時?


「どの時だ?」


「あなたが小野坂って人と戦った時。私を助けてくれた時のことよ」


 ああ。あの時のことか。


「確かにあの人は神ノ原さんでも勝てないぐらい強いみたいだけど高校生相手に本気は出さないでしょう?もちろん慢心もあったはずだわ。その状況なら少しは抵抗できたんじゃない?警察官を志しているなら多少は鍛えているのでしょう?だったらあんなにボロボロにはならなかったはずよ。まあ性癖ならしかたないけど……」


 適当にはぐらかそうと思ったがあらぬ誤解をされているらしい。仕方ない。訂正しよう。


「佳華。今からきれいごとを言う。当然噓っぽく聞こえるだろうし嘘かもしれない。だが少なくともお前の誤解よりかは真実に近いぜ」


 さて自分でも呆れてしまうきれいごとを語るとしよう。


「僕は人を傷つけたくないんだ」


「え?」


 素っ頓狂な返事が返ってきた。無理もない。僕みたいな奴の台詞ではないからな。


「僕はヒーローになりたい。誰かを笑って助けれるな。でも人を助けるために人を傷つけるのは駄目だと思う。それが小野坂みたいな奴だとしても」


「でもそれであなたが傷ついていいことには――」


「分かっているよ。それで僕が傷ついていいことにはならないって」


 分かっている。僕が傷ついたら悲しむ人間がいることは……。それを僕なんかは犠牲になってもいいと無碍にしたりはしない。それでも――。


「それでも誰も傷つけない」


「そう。ならあなたは私が助けるわ」


 と佳華は言った。無論この話は最初に言った通り嘘かもしれないが性癖よりかはかっこがつくだろう?


「で、そろそろ隣町に着くぜ。もういいんじゃないのか。メインイベントとやらが何か教えてくれても」


「まだ駄目よ。って悠斗君。デートは一旦中止。逃げるわよ」


 逃げる?何から?……まさか。


「つけられているわ。飛ぶわよ」


「ああ」


 佳華は僕の手を握り上空に上がる。上から涼しげな風が吹いてきて場違いな感想だがずっとこうしていたいと握られた手を見て思った。


「まずいわね。これだと隣町に行けない」


 確かに下に降りたら十中八九捕まるな。これは。それが判断できるぐらい多くの人間がこちらをつけていたことが上空から見て分かった。どうやら向こうも本気らしい。


「このまま空ってのもまずいだろう。向こうには小野坂がいる」


 そう。あいつに会ったら詰みだ。なにしろ神様と互角に渡り合える人間なのだから。ん?待てよ。その神様が何かを言っていたような……、……、思い出したぞ。僕は慌ててあるものを探す。よし、あれだな。もう一つ似たようなのがあるが現物を見たのだ。いや見さされたのだ。それぐらいの見分けはつく。


「佳華。あの建物に降りてくれ」


 と言ってボロボロの古い建物を指さす。


「何か策があるの?」


「ああ。あそこにはその小野坂と引き分けた神様がいる」

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