第4話
雨嶋と別れた後、僕は事務所に帰らずぶらぶら歩いていた。雨嶋が帰り際に言ったことなど僕にしてみればどうでもいいことだ。それにあれは全て僕の作り話かもしれない。なんでもこの物語は僕の主観で進行している。隠蔽し放題だ。ああいう出来事を入れることでこのつまらない物語を活気づけたかったのかもしれない。だとすると僕は後輩を勝手に利用した外道なのだがその通りだ。僕は悪人だ。善人ではない。そのことを忘れてはいけない。
ぶらぶらと歩いてはいるが目的地がないわけではなくもう少しでそこに着く。打てる手は全て打った。後は実行に移すだけだ。
目的地。それは雨嶋と共に通った人通りのない一本道。あそこならなにをしようが人に見られないだろう。
さてここからは僕、鳴宮悠斗のワンマンショーだ。悪人らしく敗北するであろう僕の姿をその目に焼き付けてくれ。
目的地に着いた。先ほど来たときよりも遅い時間になっていたせいか不気味さが増しており悪霊でも出そうな雰囲気をかもちだしていた。もっとも悪霊なんて生まれてこの方信じたことがないため恐怖などみじんもないがな。いや怖いのか悪霊ではなく今からすることが。なにせこの作戦が失敗したら僕はただでは済まない。いやこれは嘘だ。正しくは成功しようが失敗しようがどちらにせよただでは済まない。馬鹿馬鹿しい。どちらにしてもリスクを負うことになっている。自分で考えておいてなんだが何でこんな策を講じたのか不可解だ。不可解であり不愉快でさえあった。まあその気になればここで仕事を放り投げてしまうことだってできる。昔の知り合いが後でどうなろうが知ったことではない。だがここで仕事を放棄することはプロとしてのプライドに傷がつく。それだけだ。それだけのためにリスクしか負わないこの作戦を決行に移す。
「人の後ろをつけて楽しいですか?」
僕はできるだけ大きな声でそう言う。後ろにいる人物に聞こえるように。
「気づいていたか」
そう言ってどこからともなく気配を表したのは雨嶋のストーカーだ。電灯で照らされた顔は強面でこちらを強く睨んでいた。
「ああ。ついでに言うと彼女にも気づかれているぞ。ストーカー」
雨嶋と別れた後、ぶらぶら歩いている間こいつはずっと僕の後ろにいた。というかつけていた。つけられていた。これは作戦通りだ。僕が雨嶋にお供した一番の狙いはこの状況を作るためと言ってもいい。雨嶋と共に帰宅しているとき彼女と一緒に歩いている僕はストーカーの目にどう映っただろうか?そりゃあ依頼人と探偵もしくは先輩と後輩だがストーカーは僕の顔を知らない。だとするとストーカーの目には恋敵として映っただろう。意中の相手の傍に見知らぬ男がいたのだ。そう映るのも無理はない。だったらその恋敵が何者かを調べようとするのは自然なことだ。だから雨嶋にこのタイミングで警察に行かせた。ストーカーの目が雨嶋から離れているこのタイミングで。これなら警察に相談したことをストーカーに知られることはない。
「ストーカー、か。根本的には間違えているがそういった解釈もできるか。それでお前はあの女の何だ?」
根本的に間違えている?どういうことだ?それとあの女という呼び方。好意を寄せている相手をそのような雑な呼び方で呼ぶのだろうか?
「彼氏だ」
大嘘だ。一瞬、もしも僕があいつの彼氏ならどうなのだろうかと考えてしまったがそんなことはあり得ないし今は一ミクロンも関係がないことだったので頭の中から忘却した。それに探偵だとばれるよりかはましだろう。
「彼氏?あの女にお前がか?笑わせる」
と言うが男の口角には変化がない。もしかしたら外見に出ないだけで心の中では大爆笑しているのかもしれないかと思うと少し愉快な気持ちになった。だが冷静に考えて僕があいつの彼氏だと言って笑うのはおかしい。とても不愉快だ。馬鹿にしているのだろうか?
「どういうことだ?」
「お前はあの女に騙されている。もうあの女には近づくな」
雨嶋に騙されている?どういうことだ?いやどうでもいいか。僕も散々あいつを騙してきたので文句は言えない。騙すなら騙す利用するなら利用する好き勝手に使ってくれ。
「それは無理だ。そっちこそもうあいつに近づくのをやめろ」
彼氏でもないのに堂々と彼氏面をしてみたがさすがは大噓つき結構板についていた。
「なるほど。それを言うためにわざわざこんな場所までおびき寄せたのか。差し詰めここで俺がノーと言えば力ずくでどうにかするつもりだったのだろう?」
全てばれた。ばれていいところが。むしろばらしたかったところが。
「なら力ずくでも貴様に手を引かせてやろう」
おいおいマジか。こちらとしてはもう少し会話を挟みたかったのだがしかたがない。
「いいだろう。かかってこい」
盛大に格好つけてそう言った。その後、僕は盛大にぼこぼこにされ冷たい地面に仰向けで転がっていた。
「大見得を切っといてこの程度か」
清々しいほどの負けざまに男もあきれていた。僕だってあきれている。
「ふざけるな。まだ僕はやれるぜ」
ゆっくりと体を起こしつつそう言った。こういう状況でまだ虚勢を張るのは見苦しいと思った。だが今は見苦しいぐらいが丁度いい。
「強がるな。諦めてあの女とは縁を切れ」
「悪いが無理だ。まだいくとこまでいってない」
体はズキンズキンと悲鳴をあげておりこうして軽口をたたくので精一杯だ。雨嶋がこの場にいればセクハラだと言われてひっぱたかれていただろう。まあこれはひっぱたかれてもしかたがない。
「それにお前の軟弱な攻撃よりもあいつの愛情こもった攻撃の方がよく効くぜ」
嘘だ。そんなわけないだろう。ただ言ってみたかっただけだ。
「どうやらまだ痛い目にあいたいらしい」
男は僕の襟元を掴み無理矢理立てらせてくる。
もう少しだ。もう少し。
すると突然数人の男たちが僕らの戦い、否一方的な殴り合いに割り込んできた。
彼らは僕の襟元を掴んでいた手を引き離し男にとびかかり拘束した。彼らは警察官だ。
「遅いぞ」
「すいません」
数人の中の一人が答える。
「よし、では逮捕っと」
突然のことにストーカーは面食らっていた。僕はそれを見て愉快になった。愉快にならざるをえなかった。なにしろ全て作戦通りにいったのだから。
「なあストーカー。これで分かっただろう。お前は僕に勝てない。これ以上彼女に手を出すなら徹底的にやるぞ」
とりあえず最後に忠告をしておくことにした。警察を動かせる権力をちらつかせて。まあ僕にそんな権力はないのだがな。今回はたまたま都合がよかっただけだ。
「大丈夫っすか?結構ボロボロやられたみたいですけど」
先ほど僕の台詞に答えた男が慌ててこちらに駆け寄ってきた。
「僕のほうは問題ない。それよりこれからのことを頼む。じゃあな」
ここでネタバラシ。
祝、ストーカー逮捕、依頼達成、ミッションコンプリート、それにしてもぎりぎりのところで警察が通りかかってくれて本当に良かったぜ……、そんなわけないだろう。あのタイミングでしかも人通りがまったくないあの道でそんな奇跡が起こるはずがない。全部仕組んだことだ。少し前に言ったような気がするが僕は元刑事だ。その時の繋がりを利用して警察を動かした。とは言ってもいくら元刑事とはいえ僕の言うことだけで警察は動かない。だから雨嶋を警察に行かせ実際に被害者がいることを証明することで警察を動かした。後は彼女がストーカーの件を警察に報告するまでの時間稼ぎをすればいいだけだ。ぶらぶら歩いていたのはそのためである。もっともその間ストーカーがずっと僕の後をつける保証はなかったがそこは上手くいった。僕によほど興味を抱いていていたのだろう。いや憎悪か。嫉妬か。とにかくストーカーはその間ずっと後ろにいた。あとはストーカーを予め警察側に伝えていたポイントつまりはあの道におびき寄せ警察が来るまで見苦しくも必死に時間稼ぎをするだけだ。まあこれがなかなかに大変だったがな。
それに一応は解決したが疑問は多々ある。あの男は自分がストーカーではないと、それっぽい発言をしていた。それはストーカーの決まり文句でもあるがあの男が発したことに噓はないというのが僕の見解だ。だとしたら奴は何のために彼女をつけ回していたのだろう。それとあいつの彼氏だと言ったときに騙されていると言われたのもひっかかる。まあひっかかろうが疑問があろうがどうでもいいか。依頼は達成した。何度も言うが後のことなど知ったことではない。
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