一章

第1話 異世界へようこそ

 拝啓、お父さん、お母さん。


「嘘ですよねえ……?」


 私の人生、ここで終わりかもしれません。



 ◇  ◇  ◇  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「眠い……」


 低血圧にはつらい朝がやってきた。


 厳密に言えば起立性調節障害という病気らしい。だが、その症状の1つに立った時の低血圧もあるから、あながち間違いではない。


「今何時……え、12時……?」


 なんで起こしてくれなかったの!? と言いたいところだが、ゆっくり寝られたので、気にしないでおこう。


 さて、まずは朝食という名の昼食を食べに行かないと。ベッドから起き上がり、ドアノブに手をかける。

 部屋の扉を開けると、部屋に冷たい風が入ってきた。



 寒っ……おお、都会だ。


「え、外!? 都会!? 何だここ!?」


 さっきまでの眠気が嘘のように吹っ飛び、思わず大きな声で叫んでしまう。

 この時点ですぐに思いついた考えはただ1つ。


 部屋の扉を開けて外の世界、つまりこれは夢だ。

 夢だと即座に気づく時点で夢ではない気もするが、これは夢だ。

 とてもリアルだけど、明晰夢と言われる夢だ。


 扉を閉めてもう1度開ける。


「……都会だ」


 目を擦る。


「……やっぱり都会だ」


 顔をつねったり叩いたりしてみる。


「……痛い」


 風が吹く。


「……寒っ」


 ため息をつく。


「……うん、息しているね」


 最悪な結論が出た。これは現実だ。


 今考えられるのは最近のラノベなどの物語でよくある異世界転移というやつか、現実の全く違う場所へ飛ばされたか、タイムスリップ。

 非現実的な話だが、夢でなければそれ以外に何だと言うのだろうか。


 きっかけなんて身に覚えがない。こういう、異世界ものとかも好きで小説をよく読んでる。二次元に行ってみたいと何度思ったことか。


 だからって……いくら私が二次元が好きとは言っても、二次元や異世界に行く方法とか、怖くて試したことすらない。昨日もいつも通りの平和な日常。いくらなんでも突然すぎる。


 とは言ってもまずは何か行動をしなければ何も始まらない。よし、まずは外に出よう。


「うわあ……豆腐だ……」


 外に出てみれば、誰もいない公園のど真ん中に豆腐小屋が建っていた。豆腐のように真っ白で直方体の小屋。明らかに不自然だ。

 大きさからしても、これは部屋ごと異世界に来た感じだな。


「はあ……私、田舎生まれ田舎育ちなんだけどなあ……」


 公園の向こうには高いビルがたくさんある。誰がどう見ても確実に都会だ。


 そもそもこんな都会でお金もない食料もない人が生きていけない。元の世界では山は近かったが、山育ちではない。ここからは全く見えないが、もし近くに山があっても食べられる物が分からない。


 ……これは人生詰んだな。



「どうしたの?」


 そうそう、ゲームとか小説ではこういう時運命の王子様が話しかけて……

 ではなく、現実は運命の王女様。でも、人生詰みは回避できたようだ。不幸中の幸いだ。


 ふと、女性の顔を見て気づく。髪の色が緑だ。羨ましい。私の好きな色は緑だからこういう髪色のキャラって好きなことが多い。


 って、髪色が緑? 格好はコスプレ……なのか? 白衣を着ている。コスプレにしてはメイクはしていないように見える。私服だろうか。


「考え込んでるようだけど、いいかな」


「あっ、すみません。どうぞ」


「こんなところに小屋なんて建てて、どうしたの?」


 こっちが聞きたい。一体どこの誰がこんな事を……どうせ、神様とかその類か?

 そもそも神様もいるか分からないけど。この世界に魔法があるならその方が可能性は高いかもしれない。だが、街の雰囲気からすれば明らかに魔法のイメージはない、現代の都会だ。


「事情があるようだから今は聞かないでおくよ。ここには1人?」


「は、はい」


「うーん、このままじゃダメでしょ。どうしたものか。渚、聞いてた?」


「聞いてた。連れて行っていいだろ。この小屋も何とかしてやれ。見たところ、結構お金かけてる」


「りょーかいっと」


 全く気がつかなかったが、渚と呼ばれた男性はすぐ近くの木の側にいた。彼氏さんか何かかだろうか。リア充か。羨ましい。


 しかしこの方、フィギュアの価値が分かる方なのだろうか。いや、数で判断したのかな。

 50体以上あるフィギュアにその他多数のグッズだ。田舎で金持ちでもない高校生の私がここまで集めたことを褒めてもらいたいくらいだ。


 はっ、と気がついて男性の姿を見る。この男性の髪色は水色。格好もコスプレとは言えない、おしゃれな普通の服。さすが都会、おしゃれである。


 ここはもう、異世界で確定しても良さそうだ。



 突如、お腹がぐーと鳴る。そういえばまだ何も食べていない。というか、1円も持っていない。


 フィギュア売れば何とか……いや、そもそも売れる気がしない。

 この世界では存在しないキャラクター達なのだから、価値なんてないに等しいかもしれない。そもそも、売りたくなどない。どうしたものか。


「あれっ、もしかしてまだご飯食べてない? 近くで何か買う? でもこの家……」


「沙月、セバスさんを呼んでおいた。何とかしてくれるだろ」


「さすが渚! 仕事が早い!」


「いや、普通だろ。ほら、来た。じゃあ後は任せる。行くぞ」


「は、はい」


 セバスという名前の時点でなんとなく察してはいた。まさか金持ちだったとは……セバスといえば執事の名前という定番は、この世界でも同じらしい。


 執事らしき少し年老いた男性がこちらに向かって深々とお辞儀をしている。その側にある車はリムジン。沙月さんか渚さんのどちらかは金持ちで間違いない。羨ましい。


 リムジンに乗るのも緊張する。圧倒的場違い感が凄い。

 私の格好なんて、ジャージですよ? 起きてから着替えてないんですよ? ジャージでリムジン? 現実でこれやったら怒られそうだ。


 ……異世界でよかった。


「名前教えて、って私から名乗るべきだよね。小日向こひなた 沙月さつき。高3だよ。よろしくね。下の名前で呼んでもらってもいいからね!」


 高3!? もう少し年上かと思っていた。

 ではなぜ朝から白衣を着ているのだろうか。いや、この世界の都会ではコートの1つみたいな感じで白衣もおしゃれの1つなのだろうか。


月城つきしろ なぎさ。同じく高3。好きな方で呼んでもらって構わない」


 こっちも!? 沙月さんはギリギリ高3に見えないことはない。しかし、渚さんはどうしてもそうは見えないのだ。

 先輩後輩のカップルと思っていたらまさかの同い年とは……こういうこともあるのか。さすが異世界。


「えっと、神谷かみや ひかり、高1です。よろしくお願いします」


「おっとこれは意外。高1にしてはしっかりしてるんじゃない?」


「……お前の高1の頃がしっかりしてなさすぎだ」


「マジで?」


「ああ。セバスさんに迷惑をかけすぎだ」


 何があったんだ……と思いつつもその続きは聞けなかった。どうやら早くも目的地に着いたらしい。


「着いたぞ」


 目の前には大きな建物。これがデパートか……人生初のデパートだ。にしても、かなり大きい。想像以上だ。


「うえーい! 広ーい!」


 と言っているのは私ではない。はしゃぎたいのは私である。

 実際にはしゃいでいるのは沙月さん。こうして見ると高3というのも納得できる。

 ……いや、訂正しよう。それ以下だな。


「うう、セバスの目が痛くてはしゃげないんだよね。『お嬢様、落ち着いてください。だらしないです』だってさ。いいじゃんか。セバスもいつ居るか分からないから怖いわ。今は公園にいるから安心安心。さーて、買うぞー!」


 これじゃどっちが年下か分からないじゃないか。まるで幼稚園や保育園に通う子供である。そもそもどっちの買い物に来たんだと疑いたくなる。

 ついつい、はしゃいでない私、偉いなんて思ってしまう。それが当たり前だけど。


「落ちつけ、沙月。どうする? パンとかでいいか?」


「あ、はい。構いません」


「ならこっちだな。好きなの選んでいいぞ」


 私はバターロールパンを選んだ。バターロールパンは太りにくいと聞いたことがあるからだ。事実かどうかは知らないけど。それを聞いて最近の朝はこればかりだ。


 値段は一番安いもので6個入りで80円。単位は元の世界の日本と同じなのか。

 というか、かなり値段が安いと思うのは気のせいだろうか。


「それでいいか?」


「はい」


 いつもの癖でふと思い出す。そうだ、消費期限……


 あれ、19.12.28…?



「きゃああああああああ!」


 突然の悲鳴。店内は一気に混乱に包まれる。


「渚!」


「なっ……!?」


「で、出たぞ!」


 その言葉の直後、銃声と爆発音が鳴り響いた。しかもあちこちで何十回も。

 シャッターは閉められ、停電して真っ暗。これってまさか……


「てめえら、死にたくなけりゃあそこで土下座しやがれ!」


 アニメでよくある、ベタなテロの展開でした。餓死する前にここで死にそうです。


「嘘ですよねえ……?」


 そして現在に至るわけである。

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