006

「ほらよ」

「……なんだこれは?」

 町へ戻った三人は、入口で待っていたセッタに仕事の完了報告をし、その場で報酬を受け取った。その後、今朝も訪れた茶屋に入り、ライは同じテーブルについていたフランソワーズに報酬の一部を投げ渡したのだ。

「割り込んだとはいえ仕事したんだ、正当な報酬だよ。……まあ無理矢理だから、取り分は少ないがな」

「……そうか、では受け取っておこう」

 報酬を仕舞うフランソワーズに、ライは頬杖をついて問いかける。

「それで、まだ俺を勧誘するつもりか?」

「……いや、しばらくは様子見でいさせてもらう」

 不思議そうに見つめるライ。フランソワーズは構うことなく話を続けた。

「実力は本物だった。心情も善ではないが悪という程でもない。おまけに一瞬で巨大蜘蛛の頭上に乗り移れたあの高速移動だ。……正直、何故それだけの力を持ちながら、魔王と戦おうと思わないのかが分からない」

「分をわきまえているだけだ」

「それだ」

 フランソワーズが指を立てて、その部分を指摘する。

「私はあなた程ではないが、それでも実力の高い人間を何人も見てきた。自分達より上の実力がある者を知らない者は、総じて己が力を過信する傾向にある。……しかし、あなたは違う。まるで、自分より強い存在に会ったことがあるかのように」

「……半分は当たりだ」

 ミルズに報酬の取り分を投げ渡してから、ライは自分の珈琲を口に含んだ。そして奴隷の少女は何もなかったかのように、背を向けて茶屋を出て行った。

「俺の異能はな、父親と同じものらしい。そして、その父親に酷い目に合わされたのが、俺の育ての親とその仲間達だ。だから酒が入ると、養母エルザにその時の話を散々聞かされた。……だから過信できないんだよ」

「……話だけでか?」

「話だけで十分すぎた。……何より、同じ異能を持っているんだ。その凄さは実際に見た連中の次に理解できているつもりだ」

 百聞は一見に如かず、という言葉がある。

 話を聞くよりも、実際に見た方が理解できるという意味だが、その一見にも値する話の内容の濃さが、ライという人間の在り方を定めてしまったのかもしれない。

「すまない、辛い話をさせてしまったな」

「構わないさ。結局俺は、当事者じゃないんだからな」

 珈琲を飲み干し、ライは代金をテーブルの上に置いてから、静かに立ち上がった。

「私はしばらくこの町で働こうと思う。仲間を探し、いつの日か魔王を討つために。……偶にでいいから、また一緒に仕事をして欲しい」

「そうか、じゃあそのよしみで一つだけ教えておいてやる」

 ライは茶屋を後にした。




「俺の異能は『高速移動』じゃない」




 フランソワーズが振り返ってみると、そこにはもうライの姿はなかった。入口まで距離がある以上、おそらくはまた異能を使ったのだろう。

「……まさかな」

『姿を消す』ことでも『高速移動』でもなければ、いったい何の異能なのか?

 そう考えていたフランソワーズだが、一つの仮定を思いつき、即座に否定した。




「……別に話しても良かったんじゃないですか?」

「今は駄目だ。そう簡単に話せる訳ないだろう。……俺の異能のことなんて」

 茶屋の裏手でライはその場にしゃがみ込み、例の如く待ち伏せていたセッタと並んで話していた。セッタは立ったまま、静かにライを見下ろしている。

「ただいずれは話すかもしれないがな。……ところで、また仕事か?」

「いえ、しばらくはなさそうです。向こうも如何どうやら様子を見ているようでして」

「となると、少しは休めるな」

 それだけ言うと、ライは立ち上がって陽が沈み始めた町並を眺めた。

「そろそろ遊びに行くか。……偶にはお前もどうだ。酒くらいは付き合えるだろ?」

「……遠慮しておきます。夜遊びより趣味を楽しむ方が好きなものでして」

「そうかよ」

 立ち去っていくライに、セッタはふと何かに気付いたのか、その背中に疑問を投げかけた。

「ところで誘って頂けたのはうれしいのですが……私の正体知ってて言ってますか」

「うん?」

 その問いかけに、ライは何でもないかのように答えた。




「……とっくに知ってるよ。目的までは分からないが、精々利用させてもらうさ。……その時・・・まではな」

「そうですか、ではその時・・・までどうかご贔屓ひいきに」




 こうして、出会うべくして出会った者達が集った。彼らが魔を絶つ存在となるのか、はたまた闇にあっさりと飲み込まれてしまうのか。それは誰にも分からない。

 彼等がどのような選択肢を選び、どのような結末を迎えるのか、もう少し様子を見ることにしよう。

 ただ、少なくとも今分かっていることがある。

「……もうちょっとまかんない?」

「もちろん駄目ですよ~」

 早速遊びすぎて、ライの報酬が一晩で溶けてしまったことである。その現場を偶然目撃したフランソワーズは、ほんとにこいつでいいのかと、内心自分自身に呆れかえった程だった。




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